レポート

シンポジウム「震災からの復興を「活力ある街・地域」創りにつなげる〜地域の「潜在力」を引き出す社会技術〜」

2011.10.06

社会技術研究開発センター企画運営室) / 増田 愛子 氏(科学技術振興機構

 東日本大震災に際し、「社会技術」は津波防災、罹災証明の迅速な発行や被災した方々の生活再建支援など、一次対応に役立てられた。今後の復興にあたっても、地域のニーズや期待を踏まえ、多様なステークホルダーと連携しつつ具体的な問題の解決を目指す「社会技術」の取り組みは、有益な視点を提供するものと考えられる。

 災害に対する強健性や市民生活・環境・財政面での持続可能性に配慮した「活力ある街・地域」を実現するために社会技術に期待されることは何か——。科学技術振興機構・社会技術研究開発センター(以下RISTEX)は、2011年8月、シンポジウム「震災からの復興を『活力ある街・地域』創りにつなげる〜地域の『潜在力』を引き出す社会技術〜」を仙台で開いた。

 七夕祭りの週末を目前に控えた8月4日、東北大学の川内キャンパスに近い「仙台国際センター」に、約150人の参加をいただいた。奥山恵美子・仙台市長の来賓あいさつの後、シンポジウムが幕を開けた。

 午前の部は、RISTEXで研究開発を行いながら被災地・被災者のために尽力されている2人の研究代表者の講演から開始した。

 林 春男 氏(京都大学防災研究所 巨大災害研究センター 教授)はRISTEXの「情報と社会」領域で開発した「被災者台帳を用いた生活再建支援システム」を紹介した。2007年の新潟県中越沖地震で実装し大きな役割を果たしたこのシステムを、現在は岩手県沿岸部12市町村、内陸2市で使えるようにカスタマイズしており、「一人の被災者も取り残さない生活再建支援」を目指している。

 続いてRISTEXの「地域に根ざした脱温暖化・環境共生社会」領域のプロジェクト代表者で、大阪府・橋下知事の特別顧問でもある永田 潤子 氏(大阪市立大学大学院 創造都市研究科 准教授)に、「関西広域連合の支援の取り組み」についてお話をいただいた。関西広域連合は阪神・淡路大震災での支援経験を生かし、今回も各自治体が相手先を定め、震災直後から支援を継続している。復興推進の新たな枠組みとして、基礎自治体業務や県の災害復旧事業の代行や、緊急特例措置の導入が必要なのではないかとのご提案があった。

 その後の第1セッションは、RISTEX「東日本大震災対応・緊急 研究開発成果実装支援プログラム」の4件のプロジェクトが取り組みを報告した。プロジェクトは全部で6件あり、5月から災害復旧・復興に即効性のある研究成果を被災地域に実装している。

 丹波 史紀 氏(福島大学 行政政策学類 准教授)は、福島県で建設されている応急仮設住宅の生活環境改善を目指し、ハード・ソフト両面からさまざまなプログラムを展開している。実装対象約3,500戸が福島県産の木材を使用、ソフト面では入居後、孤独死を生まない支援体制の整備やコミュニティのつなぎ直しなどを行う。

 中井 裕 氏(東北大学大学院 農学研究科附属先端農学研究センター長・教授)は、被災農家が農業を続けながら農地を修復することを支援するため、塩害に強い菜の花を農地の塩分濃度に合わせて栽培する「菜の花プロジェクト」を展開。収穫されるナタネから生産される菜種油は灯油用、またはディーゼル燃料として利用する予定である。

 「無水屎尿(しにょう)分離トイレの導入による被災地の衛生対策と災害に強い都市基盤の整備」(実装責任者:清水芳久・京都大学大学院工学研究科 教授)のプロジェクトメンバー、原田 英典 氏(京都大学大学院 地球環境学堂 特定助教)は、下水道システムが崩壊した被災地に、水を使わずに尿と便を別々に回収する簡易トイレの導入を図っている。被災地での当面の簡易トイレの需要は終息に向かっているが、このトイレの構造などについては会場から大きな関心が寄せられた。

 大成 博文 氏(徳山工業高等専門学校 教授)は、大船渡湾で、水質浄化と水産業の復興支援を目的として、超微細な泡、マイクロバブルの特性を活かした活動を行っている。マイクロバブルは水中に豊富な酸素と窒素が供給できるため、夏場の高温による赤潮や貝毒の発生を防ぎ、海中の環境改善に効果が期待される。

 最後に「研究開発成果実装支援プログラム」の冨浦梓・プログラム総括から、6件のプロジェクトは今年度(2002年3月末まで)に、目に見える成果をまずは実装対象地で実現し、その後実装対象地以外の被災地にも広げて行くよう期待されていること、またこれらの活動は成果の受け手となる社会の人々の協力がなければ社会の役に立つ成果を十分に発揮することができないため、ぜひ皆さまのご協力をお願いしたい、とのお話があった。

 また、会場別室では全6件のプロジェクトの活動紹介展示・実演が行われ、こちらも高い関心を集めた。

 昼食休憩を挟み、午後の部冒頭は、阿部 博之 氏(元東北大学 総長、科学技術振興機構顧問)に専門家の倫理と、復興の基本理念に関してご講演いただいた。原発の安全性などについて科学者が統一した声を社会に発信することの大切さや、今後の復興は、歴史の評価に耐え、世界の共感を得るものとなるべきだとのお話があった。

 続いて、第2セッション「社会技術に求められること」が開始された。まず「復興ビジョンと広域連携システム」をテーマに、3人の方にご講演いただいた。

 鈴木 浩 氏(福島大学 名誉教授)は福島県復興ビジョン検討委員会座長の立場から、福島は原発事故をきっかけに人口流出、産業の縮退、就職雇用の喪失などが起こり、「縮んでしまった」と指摘。原発と向き合いつつ、原子力に依存しない、安全・安心で持続的に発展可能な社会づくりの必要性、また福島の避難生活は特に長期にわたることが想定されるため、2次災害を防ぐための配慮や心のケアについての対策の重要性が強調された。

 植田 眞弘 氏(岩手県立大学 宮古短期大学部長、同大学 地域政策研究センター復興研究部門長)は岩手県東日本大震災津波復興委員会委員の立場から、被災県の大学として行っている専門的支援活動や復興研究について紹介した。水産業の強い地域では水産業を核とした水産加工業の“再編”を、水産業の復興が困難な地域では雇用吸収力の高い製造業の立地を中心とした“ものづくり産業”の新規立地を考えるべきであり、地元で人材育成を中心とした受け入れ体制を整備することが重要であるとの提言があった。

 石川 幹子 氏(東京大学大学院 工学系研究科 教授、宮城県震災復興会議委員、宮城県岩沼市復興会議 議長)は、中国・四川大地震の際、特定の地域同士が1対1で責任を持って支援を行う「対口(ペアリング)支援」を行った結果、3年という短期間で復興が成し遂げられたことを紹介。復興計画はで現実的な議論や検討を行うために文章だけでなく図面に表わすことが重要であることや、地域の将来を見据えた明確なグランドデザインに基づき被災地域の住民が自主性を持って行動することの大切さを話された。

パネルディスカッション

 続いて「ロバスト(強健)かつサステナブルな地域コミュニティ・産業の復興・構築」をテーマに、2人の方にご講演いただいた。

 小林 悦夫 氏(財団法人ひょうご環境創造協会 顧問)からは、今回の震災での水産業の被害は1兆2,300億円であり、復興まで10年以上の期間が見込まれることから、「里海創生」概念を反映した水産業の復興についてのお話をいただいた。

 また佐藤 哲 氏(長野大学 環境ツーリズム学部 教授、RISTEX 研究開発プログラム「科学技術と社会の相互作用」プロジェクト代表者)は、復興の先の地域におけるビジョンを描くにあたり、科学的知識を地域のために生かす役割を果たすレジデント型研究者の活躍と、従来のインフラを含む巨大システムのセイフティネットとしての地域生態系サービスの活用を提案された。

 休憩を挟み、総括のパネルディスカッションが行われた。パネリストは「復興ビジョンと広域連携システム」に登壇いただいた鈴木 浩 氏、植田 眞弘 氏、石川 幹子 氏に加え、堀尾 正靱 氏(龍谷大学政策学部 教授、RISTEX「地域に根ざした脱温暖化・環境共生社会」領域総括)、目黒 公郎 氏(東京大学生産技術研究所 都市基盤安全工学国際研究センター長 教授)の5人、モデレーターはRISTEXの有本建男センター長が務めた。

 ディスカッションは、地域やコミュニティ、そして産業を「再生」させ、さらに「新生」につなげていくためにどのように計画を立て遂行していくべきか、また被災地域がもともと抱えていた社会の問題(人口減少・少子高齢化など)に加え、震災によって生まれた新たな問題(復興、地域の作り直し、エネルギー問題についての考え方、雇用の創出、被災者の心の問題など)に対しての解決方法などについて、パネリストそれぞれの立場や経験から示唆に富んだ活発な議論が交わされた。

 質疑応答では、会場の皆さまから、国ではなくコミュニティが主体となって復興を行っていくことの難しさや、人材育成の必要性、教育や情報伝達・科学コミュニケーションの大切さなど、多数のご質問・コメントが寄せられ、限られた時間ではあったが活発で有意義な意見交換を行うことができた。

 今回のシンポジウムの目的は、震災復興における「社会技術」の役割を考えることであり、さまざまな立場の多数のご登壇者、そして会場の皆さまから多角的な視野でのご意見やご提案をいただいた。「安心・安全」かつ「強健」な社会に向けて「社会技術」に何が求められるかについても、いろいろな発想や示唆をいただくことができたように思う。

 また、現在展開中の「東日本大震災対応・緊急 研究開発成果実装支援プログラム」にも強い関心が寄せられ、会場のアンケートでは高い期待と評価をいただいた。発表を聞いた企業の方が、後日協力メンバーとして加わってくださったプロジェクトもあり、実装活動を社会により広げるための橋渡しを行うこともできた。

 ご来場いただいた多くの方の心に響いた言葉を紹介してこの報告を終わりにしたい。鈴木浩氏が講演の中で紹介された、古代ギリシャのアテネ人が新たに市民になる際の誓約の言葉「私たちは、この都市を、私たちが引き継いだ時よりも、損なうことなく、より偉大に、より良く、そしてより美しくして、次世代に残します」——。復興には長い時間がかかり、気の遠くなるような努力や忍耐も必要だが、次の世代に誇りを持って渡すことができる社会や街づくりにつながる歩みを踏み出せればと感じた。

別室で行われた緊急実装PJの発表展示

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