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いつでもどこでも理科実験―お茶の水女子大学でパッケージ開発

2021.03.25

小学6年生用の減災どこでも理科実験パッケージ。何種類もの実験教材が入っている。(SEC提供)
小学6年生用の減災どこでも理科実験パッケージ。何種類もの実験教材が入っている。(SEC提供)

 被災地では学校の場所も機材も失われ、理科実験をするのはなかなか難しい。そこで、お茶の水女子大学サイエンス&エデュケーションセンター(SEC)では、いつでもどんな場所でも実験できるコンパクトな「減災どこでも理科実験パッケージ」を開発。コロナ禍の今、休校期間中の理科教材としても注目を集めている。

合言葉は「不思議?発見!感動*」

 「わぁ、すごい!」

 モニタースクリーンにミジンコの拡大像が大画面で映し出されると、大人でも歓声を上げてしまう。細かい毛が生えた触角や心臓の鼓動、食べ物が通る消化管の内部……。大きく映し出されたミクロの世界に引き込まれ、その繊細な造形に思わずため息をつく。実はこのミジンコの映像は、通常の顕微鏡を使って撮影したものではない。使っているのはなんと、カメラ部分に小型レンズプレートを装着したタブレット端末だ。

小型レンズプレートの装着によりタブレット端末で拡大したミジンコを見ることができ、スクリーンでも共有可能(SEC提供)
小型レンズプレートの装着によりタブレット端末で拡大したミジンコを見ることができ、スクリーンでも共有可能(SEC提供)

 「ただのタブレット端末ですが、大したもんでしょう」
そう言って笑うのは、お茶の水女子大学サイエンス&エデュケーションセンター(SEC)センター長の千葉和義さんだ。「現物・実物には人を引きつける力があります。実際に自分の目でミジンコを見たり、自分で手を動かして豆電球をつけてみたりすると、感動しますよね。それが科学への入り口になります」

 感動は人間を動かし、成長させる原動力になる。SECは科学における感動を重視し、「不思議?発見!感動*」を合言葉に2005年から活動を続けている。活動の目的は、理科教育と、科学の内容をわかりやすく伝える科学コミュニケーションの振興だ。

 大学教員が小・中学校や高校に出向いて頻繁に授業を行うのは難しい。そこで千葉さんたちは、全国の理科の先生に科学コミュニケーションの担い手として活躍してもらおうと、さまざまなプログラムを展開している。その中でも特色ある活動が、東京都北区との連携だ。

 「小中高に行った時、大学教員はサポートに徹します。実際の授業では先生に前に立って実践していただきます。先生に授業の内容を自分のものにしていただきたいと考えているからです」

 北区とは長く続く協力関係を築き、モデルケースとなっているという。SECで千葉さんと活動を共にする貞光千春さんは「実験支援のご要望は、毎年、対応しきれないほどいただいています」とうれしい悲鳴を上げる。

2020年12月に北区立王子桜中学校で実施した液体窒素の実験の様子。超伝導体のピン止め効果を観察中(SEC提供)
2020年12月に北区立王子桜中学校で実施した液体窒素の実験の様子。超伝導体のピン止め効果を観察中(SEC提供)

豪雨、台風の被災地でも教育支援

 千葉さんたちが被災地の理科教育支援に携わるようになったきっかけは、東日本大震災だった。震災後、交流があった岩手県教育委員会から「理科教育こそ支援が必要だ」という切実な声を聞き、被災地の理科教育の悲惨な状況を知って衝撃を受けた。

 東日本大震災のような大災害でも、学校そのものは1カ月程度で復旧する。しかし、特別教室や器具を必要とする実験や実習は数カ月以上再開できないのだ。間借り校舎などでは場所がないことも多く、1年以上通常の授業が行われていない学校もある。「子どもたちにとってその1年は一生に1度だけの大切な1年です。長期間にわたる理科教育の中断は何とか避けたいと思った」と千葉さんは言う。

 千葉さんたちは、2011年9月には岩手県の被災地に現地入りし、11月には、これまでSECで開発した教材を使って研修会を行った。被災地での研修や出前授業、教材支援を行ううちに、災害時でも学習指導要領や教科書の内容を実現し、いつでも・どこでも・だれでも理科の実験を行うことができる、コンパクトな理科実験パッケージの必要性を痛感した。

 2016年度からは小学校3年から中学校3年までの学習指導要領の単元に対応する実験教材を開発し、各学年の実験をまとめた「減災どこでも理科実験パッケージ」を開発するプロジェクトを立ち上げた。プロジェクトが立ち上がってすぐ、熊本地震が起こった。SECメンバーは開発中のキットを携え、被災地に急行した。その後も、実験キットの開発と並行して西日本豪雨や北海道胆振東部地震、令和元年台風19号の被災地に足を運び、理科教育を支援した。

「減災どこでも理科実験パッケージ」の実験キットを手にするSECのメンバー。左から大﨑章弘さん、千葉和義さん、貞光千春さん、里浩彰さん
「減災どこでも理科実験パッケージ」の実験キットを手にするSECのメンバー。左から大﨑章弘さん、千葉和義さん、貞光千春さん、里浩彰さん

 しかし、被災地から現地入りを断られることもあり、平時から災害時の理科教育の重要性を知ってもらう必要性を痛感。そこでSECは、南海トラフ地震で甚大な被害が予想されている高知県など、まだ災害が発生していない地域にも積極的に働きかけ、災害時の理科教育の重要性を伝えるための地道な活動を続けている。

コンパクトで手軽に準備できるキット

 SECで開発した実験・観察キットは、いずれもコンパクトで場所を取らないことはもちろん、楽しんで学べる工夫が凝らされている。今回はその中から4つピックアップして紹介しよう。

(1)タブレット顕微鏡

 この記事の冒頭でも触れた通り、専用のレンズプレートを装着することでタブレット端末は顕微鏡に早変わりする。タブレット端末は支援物資として比較的早期に届けられることが多いため、被災地における理科教育で活躍する。このタブレット顕微鏡を使うことで、プランクトンなどの生物や結晶成長の様子などを観察することができる。

 100円ショップで売っているマクロレンズでも十分観察が可能だ。また、画面共有アプリなどを活用すれば、簡単に画面を見せ合うことができて楽しいと子どもたちからも好評だ。

2016年7月に益城町立木山中学校で実施したタブレット顕微鏡を使ったメダカの血流の観察。熊本地震後、当時間借りしていた隣の益城中央小学校の理科室で行った(SEC提供)
2016年7月に益城町立木山中学校で実施したタブレット顕微鏡を使ったメダカの血流の観察。熊本地震後、当時間借りしていた隣の益城中央小学校の理科室で行った(SEC提供)

(2)カラフルな磁界観察ケース

 カラータイ(袋の口をとめるビニール付の針金。100円ショップなどで入手可能)を長方形になるように切り、シャーレなどの透明な容器に入れて容器のふたをセロハンテープでとめる。磁石を近づけると、カラータイが磁力線に沿ってキラキラと連なる。

 このカラフルな磁界観察ケースには、災害にあった子どもたちが少しでも明るい気持ちになればという千葉さんたちの願いが込められている。

カラータイを切って作った磁界観察ケース
カラータイを切って作った磁界観察ケース

(3)回路カード(マグネット版)

 ハガキサイズの金属シート(表面絶縁)に銅箔(どうはく)テープ貼った台紙。そこに磁石シートと一体になった豆電球や乾電池などを置くことで、回路ができる実験教材。どことどこがつながっているのか見た目にもわかりやすい。

 この回路カードは拡張性が高く、豆電球、モーター、コンデンサー、プログラミング部品などさまざまな部品と組み合わせ、小学3年生から中学2年生まで幅広い学習が可能になる。

回路カードと主な部品(SEC提供)
回路カードと主な部品(SEC提供)
プログラミング部品と組み合わせ、豆電球のON/OFFをコントロールしているSECの里さん
プログラミング部品と組み合わせ、豆電球のON/OFFをコントロールしているSECの里さん

(4)3Dプリンターによる地域の立体地形

 今や3Dプリンターは数万円で手に入る時代。既に導入している学校も多く、3Dデータからの作成依頼も低価格で可能となっている。そこでSECの大﨑さんは、3Dプリンターを用いたキットも製作している。まず、国土地理院が公表している立体地図※の3Dプリンター用データを活用して近隣地形の模型を作成し、それにプラスチック粘土を押し付ける。地形が転写されたプラスチック粘土に紙粘土を押し付けることで、近隣地形を複製できる。1人1つずつ地形模型を配布すれば、ハザードマップと重ね合わせて避難経路や想定される危険について学ぶことができる。これは減災授業に適している。

※国土地理院>地理院地図>立体地図>「立体模型を作る(地理院地図編)」

3Dプリンターで出力された地形を鋳型として作った紙粘土の立体模型
3Dプリンターで出力された地形を鋳型として作った紙粘土の立体模型

 これらの教材は、全て簡単に安く手に入る材料で作れるように工夫されている。上で紹介した4つ以外にも豊富な教材の準備・活用の仕方がSECのウェブページに案内されている。

コロナ禍の今こそ、教材の活用を

 現在、世界中で猛威を振るう新型コロナウイルスは、理科教育にも暗い影を落とした。学校の閉鎖期間中はもちろん、再開後も感染症予防の観点から従来のように観察・実験ができていない学校も多い。通常、災害の影響を受ける地域は一部に限られるが、新型コロナウイルスの影響は世界中に及んでいる。これは未曾有(みぞう)の大災害である。

 「全国的な災害にも理科教育を途切れさせないための新たなシステムが早急に必要です。その基盤として、これまで積み上げてきた災害時の理科教育キットが活用できると考えています」(千葉さん)

 既に千葉さんたちは、2020年5、6月に、文京区立第六中学校の川島紀子教諭とともに、自宅でできる「だ液による食物の消化実験」※などの教材を開発し、コロナ禍で休校・分散登校中の子どもたちを対象に、オンラインを使って自宅での実験授業を行った。直接顔を合わせることができなくても実験は可能だという手応えを感じたという。

※この取り組みは2020年度東レ理科教育賞を受賞した。

新型コロナウイルス感染防止対策のために、学校で実施が難しかった「だ液による食物の消化実験」を自宅で行うことができる実験キット(SEC提供)
新型コロナウイルス感染防止対策のために、学校で実施が難しかった「だ液による食物の消化実験」を自宅で行うことができる実験キット(SEC提供)

 また、一般的な理科教材にはない本教材ならではのメリットもある。理科実験の教材は班に1つか2つしか準備がなく、一人当たりの実験時間は少なくなってしまうが、SECの教材の場合、1人1つ配布することができるので自分で最初から最後まで実験でき、学びを深めることができるのだ。

 コロナは理科教育の重要性を再認識する機会にもなったと、千葉さんは言う。連日テレビでは抗体、PCR、実効再生産数など、科学の素養を必要とする単語が飛び交い、今日の社会では誰もが科学とは無縁でいられない。さまざまな情報を適切に判断するために科学的な知識は必要であり、また、科学的な知識だけでなく、実験から身に付く探究的な姿勢は、将来どのような職業につくとしても役立つものだ。人生を豊かにする、それこそが科学の果たす役割といえるだろう。

千葉和義(ちば・かずよし)
お茶の水女子大学サイエンス&エデュケーションセンター センター長。
お茶の水女子大学人間文化創成科学研究科教授。

専門である発生生物学の研究と並行して、理科教育と科学コミュニケーションの振興のための活動を行っている。

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