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京都大学名誉教授 地球環境戦略研究機関シニアフェロー 松下和夫 氏「持続可能な開発目標(SDGs)とパリ協定実施に具体的進展の年に 〜長期脱炭素発展戦略の構築を<1回目>」

2017.01.10

松下和夫 氏 / 京都大学名誉教授 地球環境戦略研究機関シニアフェロー

松下和夫 氏
松下和夫 氏

はじめに〜求められる社会と経済のイノベーション

 ここ数年の年頭に当たっていつも自問している問いがある。

 それは、「持続可能性はまだ実現可能なのか」それとも「時すでに遅し」なのか、という問いである(注)。

 2015年の9月には国連総会で「持続可能な開発目標(SDGs)」が採択され、12月には気候変動に関する「パリ協定」が採択された。これらは世界の持続可能性に向けた明確で力強い指針を示すものであった。ところが、近視眼的かつ排外主義的なポピュリズムのまん延と、その風潮をあおり、かつ温暖化の科学を否定する米国大統領の登場は、持続可能性の前途に暗雲を漂わせている。

 現在の社会経済システムを大幅に転換し、あらゆる施策を動員してインフラや技術を環境負荷が格段に少ないものに転換することができれば、持続可能な社会への移行はまだ可能である。

 幸いにしてパリ協定は大方の予想よりも早く、協定採択後1年にも満たない昨年11月4日に発効した。モロッコのマラケシュで開催された気候変動枠組み条約第22回締約国会議(COP22)では、会期中に選挙期間中温暖化否定論者だったトランプ氏がアメリカの次期大統領に選出されるという事態があったものの、多くの締約国からパリ協定を堅持し進めるとの力強い意思表明が相次いだ。政治的不確実性はあるものの、パリ協定採択以降培われた政治的意思と機運が保持され、ゼロ炭素の世界への移行はもはや覆すことはできないと考えられる。果たして2017年は持続可能性への着実な歩みを記すことができるだろうか。

図1 SDGsの17の目標(出典:国際連合広報センター)
図1 SDGsの17の目標(出典:国際連合広報センター)

SDGsの達成に重要なパートナーとしての産業界の取り組み

 SDGsは、17のゴール(図1)と169のターゲット、230の指標から構成される。ミレニアム開発目標(Millennium Development Goals:MDGs)(2000年に国連で採択され2015年を目標達成年とした)が、途上国のベーシック・ヒューマン・ニーズ(BHN)充足を中心とした開発目標として定められたのとは異なり、SDGsは、途上国だけでなく先進国も対象とする普遍的かつ革新的な目標である。経済発展の3つの側面(経済、社会、環境)に統合的に対応することを主眼としていることが特徴である。その背景には、人間の生存はあくまで健全な地球環境が基盤であり、その基盤が限界に直面しており、持続可能性の観点を開発目標に組み込んでいくことが必要との認識がある。

 SDGsの実現には、政府のみでなくあらゆるステークホルダーの参画が必須である。これからの課題は、各国・地域・地球規模で持続可能な開発目標達成のための行動を起こし、それらをフォローアップし、レビューをしていくことだ。産業界ではすでにSDGsを受けた取り組みが始まっている。グローバル・リポーティング・イニシアティブ(GRI)(注1)、国連グローバル・コンパクト(注2)、および持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD)(注3)が共同でSDGsの企業行動指針である「SDGコンパス」(注4)を作成している。企業はSDGs達成の重要なパートナーであり、それぞれの中核的な事業を通じてSDGsの達成に貢献できる。「SDGコンパス」は、企業がSDGsを経営戦略と統合し、SDGsへの貢献を測定し管理していく際の指針を提供している。

 そこには、企業がSDGsを企業経営に組み込むことのメリットが段階的に書かれ、地球環境の制約の中での企業活動へ移行するための方法として、SDGsがビジネスチャンスに繋がり、市場開拓の機会になるとしている。グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン(GCNJ)(注5)は、SDGsを活動の軸に据えた国内企業ネットワークであり、学会やNGOsとの連携を強化しつつ、国内でのSDGs普及に努めている。

 具体的事例として、例えば伊藤忠商事は、アマゾンの生態系保全のため、フィ−ルドミュージアム構想として哺乳類のアマゾンマナティ一野生復帰事業を支援している(注6)。この取り組みは、SDGsの目標15で定められている生物多様性の喪失の阻止につながる。またこのブロジェクトは、科学技術振興機構(JST)と国際協力機構(JICA)が共同で実施している、地球規模課題解決と将来的な社会実装に向けて日本と開発上途国の研究者が共同で研究を行う3〜5年間の研究プログラム、SATREPS(サトレップス)プロジェクトの1つでもある。

 パリ協定は、産業革命以来の全球平均気温の上昇を2度より十分低く、さらには1.5度に抑えることを目標としている。今世紀後半には、世界全体の人為的な温室効果ガス排出量を、生態系が吸収できる範囲に収める目標を掲げている。これは脱化石燃料文明への経済・社会の抜本的転換を意味する。

 さらに、継続的・段階的に国別目標を引き上げる仕組みとし、5年ごとの目標見直しを規定した。各国は、既提出の排出量削減目標を含め、2020年以降、5年ごとに目標を見直し、原則的にそれまでよりも高い目標を掲げることとされている。

パリ協定が企業活動に与えるインパクト:広がる脱炭素ビジネス

 パリ協定はゼロ炭素排出の未来社会を示す。目標を達成するために世界全体で排出が許される温室効果ガスの量には限界があり、その限界は近付いている。残された時間は、現状の排出量が続くとすると、あと20〜30年しかない(図2)。

図2 (環境省提供)
図2 (環境省提供)

 パリ協定の目標達成には、温室効果ガスを排出しない「脱炭素社会」への移行という根本的な発想転換が必要だ。排出をしない産業構造・経済社会への転換に向けた政策と制度の設計、そして事業活動の見直しが求められている。今後は企業にとって、気候変動の解決策の提供とそのスケールアップは経済的な機会である。

 脱炭素社会への抜本的転換はすでに始まっている。再生可能エネルギーコストは急速に下がり、爆発的な普及が続いている。2005年末から2015年末までの10年間で、世界の風力発電導入量は約7倍(59GWから432GW)(1ギガは109)、太陽光発電導入量は約46倍(5.1GWから234GW)に拡大した。2014年、15年は世界の石炭消費が前年比で減少し、石炭時代の終焉(しゅうえん)の始まりを象徴している。

 国連環境計画(UNEP)によると、2015年の大規模水力以外の再生可能エネルギーに対する世界全体の投資額は2,860億ドルとなり、2004年時点比で6倍以上に拡大している。同時期の化石燃料発電への投資額は1,300億ドルと再生可能エネルギー全体の半分以下にとどまる。

 新たな脱炭素ビジネスモデルも世界で拡大している。自社エネルギー資源を100%再生可能エネルギーに転換することを宣言した企業(RE100)(注7)は、イケア、ブルームバーグなど83社に上る(2016年11月現在、図3)。RE100にコミットしているグーグルやフェイスブックは、この転換は「社会貢献ではなく採算を踏まえたものだ」としている。科学的根拠に基づくCO2削減目標を推進するScience Based Targets Initiative(注8)への加盟企業は急増し、COP22の時点では200社に達した。

 日本では、脱炭素社会の実現を目指し、気候変動対応に対する経営層への働きかけを行っている「日本気候リーダーズ・パートナーシップ」(Japan-CLP)(注9)が、大幅なCO2排出削減に向けた経営手法(科学的目標設定、企業内部での炭素価格付け等)や協働ビジネスの検討などの活動を行っている。

図3出典:(環境省提供)
図3出典:(環境省提供)

(注)ワールドウォッチ研究所の「地球白書2013-14」(日本語版2016年12月発行)は、「持続可能性はまだ実現可能なのか」を中心テーマとしている。
1. https://www.globalreporting.org
2. https://ungcjn.org/gc/index.html
3. https://www.wbcsd.org/
4. https://sdgcompass.org/wp-content/uploads/2016/04/SDG_Compass_Japanese.pdf
5. https://ungcjn.org/
6. 環境省主催第1回ステークホルダーズ・ミーティング発表資料参照
7. https://there100.org/
8. https://sciencebasedtargets.org/
9. https://japan-clp.jp/

松下和夫 氏
松下和夫(まつした かずお) 氏

松下和夫(まつした かずお) 氏のプロフィール
京都大学名誉教授、東京都市大学客員教授、(公財)地球環境戦略研究機関(IGES)シニアフェロー、国際協力機構(JICA)環境ガイドライン異議申立て審査役。1972年に環境庁入庁後、大気規制課長、環境保全対策課長等を歴任。OECD環境局、国連地球サミット(UNCED)事務局(上級環境計画官)勤務。2001年から13年まで京都大学大学院地球環境学堂教授(地球環境政策論)。環境行政、特に地球環境・国際協力に長く関わり、国連気候変動枠組み条約や京都議定書の交渉に参画。持続可能な発展論、環境ガバナンス論、気候変動政策・生物多様性政策・地域環境政策などを研究。主要著書に、「地球環境学への旅」(2011年)、「環境政策学のすすめ」(07年)、「環境ガバナンス論」(07年)、「環境ガバナンス」(市民、企業、自治体、政府の役割)(02年)、「環境政治入門」(2000年)、監訳にロバート・ワトソン「環境と開発への提言」(15年)、レスター・R・ブラウン「地球白書」など。

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