2015 年6月2日、政府の長期エネルギー需給見通し小委員会事務局から「長期エネルギー需給見通し(案)」が公表された。震災前のような原発に過度に依存したエネルギー構造は事実上不可能という状況の中、2014年4月11日に閣議決定した第4次エネルギー基本計画に記された方針に基づき、将来のエネルギー構成の案が示されたわけだが、エネルギー構成を考える上では忘れてはならない大事な視点がいくつかある。
各電源が抱える課題とその対処策セットで提示を
まず、考慮しなければいけないのは実行可能なエネルギーミックスを考えるということだ。
ともすれば机上のエネルギーポテンシャルや発電効率、設備容量などの数値のみから数合わせのようにしてエネルギーミックスを導き出しまうことが懸念されるが、机上論ではない実行可能なものでなければ意味が無い。公表された「長期エネルギー需給見通し(案)」においても「実行可能なものであることが求められる」と記載されている。だが、これまでの日本のエネルギー政策を振り返ってみると、せっかく計画を立ててもそれが見込み通りに実行できず、結果として目的を果たせていないという事例が少なくない。
例えば、国際的に割高な日本の電気料金を引き下げるため電力小売市場を開放し新規参入を増やし価格競争を促すことを目的に、2000年3月から進められてきた「電力小売事業の自由化」である。新規参入者に当たる新電力のシェア(2012年4月時点)は、自由化部門の需要のわずか3.5%にとどまっており、自由化したにもかかわらず新電力の参入は進んでいない。その結果、日本の電力料金はいまだ内外格差を解消できない状況にある。
これは、電源立地地域対策交付金など新規参入者にとって不利な制度が残っていたことや、新規参入者に課せられる送電費用(託送料)、インバランス料金といったコストなど、新規参入に当たり直面するさまざまな課題の解決を置き去りにして政策を発動した結果、十分な政策効果を得ることができなかったといえる。エネルギーミックスを構築する上でも、各エネルギー源が抱える課題を明らかにするとともに、その解決を図っていかなければ計画通りの導入は進まないだろう。
そうした視点から考えてみると、エネルギーミックスを構成するエネルギー源のおのおのには対処しなければならない課題がある。「長期エネルギー需給見通し(案)」では2030年の電源別発電構成において22〜24%を担うとされている再生可能エネルギー(以下再エネ)については、これまで政府のさまざまな政策文書にその普及を進めることが示されてきた。にもかかわらず、昨年9月には電力会社が再エネの接続を保留するなどその普及は今現在に至るまで思うように進展していない。
これは、再エネを普及する上で直面する系統の安定化対策、送電網の中立化対策、電力の広域運用対策などの具体的な課題を無視してきたことが原因だ。再エネ導入の政策方針を決定したにもかかわらず、それが十分に実現できていないということが課題の一例として挙げられる。
同じく2030年の電源別発電構成において20〜22%を担うとしている原子力については、「立地自治体等関係者の理解と協力を得るよう、取り組む」ことが記されている。そのためには原子力施設の技術的な安全対策だけではなく、原子力事故災害時の地域住民の安全確保、原子力事故災害の損害賠償対策、放射性廃棄物の処理対策といった課題に対処することが重要であろう。
石油・石炭・天然ガスなどの化石燃料火力では燃料調達先、調達方法の多元化、温暖化ガス排出対策、燃料の安価な調達といった点が課題になるだろう。こうした課題がある以上、少なくとも各電源の構成比を提示するに当たっては各電源が抱える課題を明確にし、その対処策と具体的にどのように対処を進めていくかを示したロードマップをセットにして提示すべきだ。
考慮すべき電力自由化の影響
また、将来の電力自由化の影響という点も大事な視点だ。政府が進めている電力システム改革により2020年までには電力市場の完全自由化と発送電分離が達成される。それは、これまでのような電力10社による大規模集中型発電を主とした発電から小売りに至るまでの垂直統合、そして地域独占と総括原価方式による価格決定という体制とは全く異なる。需要・供給の両面にわたり多様なプレイヤーが参入し、自由化市場の中で地域を越えた競争が行われるようになることからさまざまな影響が考えられる。
既に、九州電力が出光興産、東京ガスと共同で、千葉県袖ケ浦市に100万キロワットの高効率石炭火力発電設備を2基建設するための特別目的会社を設立することを2015年3月に公表している。また、中部電力が東京電力とアライアンス(連合)を組み、東京電力常陸那珂火力発電所内において、新たに建設する石炭火力発電所の運転・保守および発電した電力の販売を行う発電事業会社を2013年12月に設立するなど、電力自由化を見据えた石炭火力発電の新設の動きが活発化している。
「長期エネルギー需給見通し(案)」では2030年の電源構成における石炭火力は発電電力量で2,810億キロワット時に相当する26%とされているが、電力自由化を見据えた新設の動きが影響し、2013年度の石炭火力発電量は既に2,850億キロワット時に達し早くも2030年の発電量を超えるという状況になっている。
また、電力市場の自由化が進んだ欧州では、市場取引の結果が電力構成に影響を及ぼす事態も起きている。2014年11月30日、欧州で第4位の発電規模を誇るドイツの電力会社E・ON(エーオン)社が、これまで自社の発電の約9割を担ってきた原子力発電と褐炭や石炭等による火力発電事業を採算悪化により本社から切り離して分社化し、本社は再エネとスマートグリッド事業等を基幹事業にするという方針に大きく転換することを公表した。
電力自由化市場において電力卸価格は、メリットオーダー(merit order)がその決定要因になる。メリットオーダーとは、原子力、各種火力、各種再エネなどさまざまな種類の発電所を限界費用(マージナルコスト)1の安い順に並べたものを指す。電力自由化市場において、刻々と変化する電力の需要に対応して供給を行うには、限界費用の安い発電所から順番に運転することが最も経済的である。そのため電力会社は特別な理由がない限り限界費用の安い順に発電を行うのが通常であり、電力市場においても限界費用が安いものから順に並べられ取引される2ことになる。
実際の市場では燃料費がかからず限界費用がほぼゼロの再エネから取引されることになり、他の電源と比べ限界費用が安い再エネが増えるほど市場取引価格が低下するとともに他の電源は市場から押し出されるという“メリットオーダー効果”と呼ばれる事態が起きている。自社の発電の約9割を原子力発電と褐炭や石炭等の大規模発電に依存していたE・ON社は、こうしたメリットオーダー効果によりドイツの電力市場で厳しい状況に立たされたことから再エネとスマートグリッド事業等に基幹事業を移す経営判断をしたということだ。
これから電力市場の自由化が進む日本においてもドイツと同様の事態が起こる可能性は否定できない。エネルギーミックスを決定しても実態は市場取引の結果がその構成を決定づけていくということも考えられることから、電力市場自由化がどのような影響をもたらすのか十分考慮する必要がある。
状況の変化に応じた柔軟な対応を
前述したようにエネルギーミックスを実行可能なものにするためには各電源が抱えている課題への対処が必要だ。課題を置き去りにしたままエネルギーミックスの構成に組み込むことは後々にその崩壊を招く要因となりかねない。各電源が抱える課題への対処状況を常に把握し、進捗が思わしくないようであれば柔軟にその構成比を変えていく必要がある。
また、電力自由化の影響も考慮する必要がある。電力自由化市場における取引状況とその影響に注視し、エネルギーミックスが実態から離れていく際は、構成比を調整する必要がある。
3.11福島原発事故以降、日本、および世界のエネルギーシーンは目まぐるしく動いている。
「長期エネルギー需給見通し(案)」では「少なくとも3年ごとに行われるエネルギー基本計画の検討に合わせて、必要に応じて見直すこと」とされているが、前述した課題への対処状況や市場での取引状況、さらにはエネルギー分野の技術革新の動きを常に注視し、3年ごとという期間に縛られることなく、文字通り「必要に応じて見直す」ことが重要だ。
- 限界費用とは生産量の増加分1単位当たりの総費用の増加分。発電では、発電量を1単位(1キロワット時)増加させるのに要する増加費用で発電量を増加させるため火力をたき増すのに追加する石炭、石油、天然ガスなどの燃料費が限界費用の主なものとなる。
- 発電におけるコストについては変動費である限界費用のほかに設備投資などの固定費があるが固定費は埋没費用(サンクコスト)となるためメリットオーダーは限界費用でなされる。
平沼 光(ひらぬま ひかる)氏のプロフィール
東京都生まれ。1990年明治大学経営学部卒、日産自動車株式会社に入社。2000年に政策シンクタンクの公益財団法人東京財団に入団。同財団の研究員兼政策プロデューサーとして外交・安全保障、資源エネルギー分野のプロジェクトを担当する。また、日本学術会議 東日本大震災復興支援委員会 エネルギー供給問題検討分科会委員、科学技術振興機構 低炭素社会戦略センター客員研究員も務める。著書に「日本は世界一の環境エネルギー大国」(講談社プラスアルファ新書)「日本は世界1位の金属資源大国」(講談社プラスアルファ新書)、「原発とレアアース」(日本経済新聞出版社)。