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グローバル時代にふさわしい土地ルール整備を - 森林買収で見えてきた制度の盲点(吉原祥子 氏 / 東京財団 研究員兼政策プロデューサー)

2011.03.07

吉原祥子 氏 / 東京財団 研究員兼政策プロデューサー

東京財団 研究員兼政策プロデューサー 吉原祥子 氏
吉原祥子 氏

 「戦後社会は、倫理をもふくめて土地問題によって崩壊するだろう」
1970年代半ば、そう警鐘を鳴らしたのは司馬遼太郎であった(注)。それから30数年を経た今、司馬が嘆いた日本の土地制度の不備が、外国資本による森林買収をきっかけに、あらわになりつつある。

 長引く林業低迷とグローバルな資源争奪戦を背景に、山林売買が増加している。国際的な山林売買は実態把握が困難な状況が続いていたが、2010年、北海道などで外国資本による森林買収の事例が公表され、ようやく現実のものとして社会に認識されるようになってきた。買い手は中国、シンガポール、英国領バージン諸島(香港資本)などだ。

見えてきた土地制度の課題

 東京財団は山林売買の実態と政策課題の分析に2008年から取り組み、これまで3度にわたり政策提言を発表してきた。その中で明らかになったのは、国土の4割を占める私有林について、そもそも売買状況を把握することさえ困難であり、その根底にわが国の土地制度の根本的課題があることだった。

 実は、わが国では、国による地籍調査(土地の面積、所有者、境界などの把握)がいまだ49%しか完了していない。中でも林地は約6割が地籍未確定で、不動産登記簿にも正確な情報が記載されていない。土地売買では、1ヘクタール以上(都市計画区域以外)の場合、国土利用計画法によって、都道府県または政令市への事後届出が義務付けられているが、登記簿は法務省、土地売買届出は国土交通省の所管で、両者の情報管理上の連携はない。違法ではあるが、無届出でも登記は可能だ。

 一方で、日本の制度は土地所有者に対し、極めて強い所有権を認めている。地権者の合意が得られずいつまでも道路や空港が完成しない事例が多数あるように、所有権は行政の土地収用権に対抗しうるほどに強く、この点は諸外国と比較しても際立っている。土地の売買・利用面でも、水源地域の森林、国境離島や防衛施設周辺といった、重要な社会インフラや安全保障上重要な地域を含め、公益の観点から売買・利用を調整するルールが十分に整っていない。森林の場合、農地のような売買規制はなく、保安林(私有林の22%)を除けば開発規制も緩く、1ヘクタール未満の開発であれば特段の規制はないといえよう。

国、自治体、住民それぞれに必要な取り組み

 経済が縮小する中、多様な人や投資を地域に呼び込むことは欠かせないが、グローバル企業が目指す短期収益の回収と、地域の公益とが常に一致するとは限らない。今後、水源地域の森林保全など土地の公益性をめぐって、グローバル企業と地域住民との間で調整が必要な場面が増えることも想定されるが、土地の適切な所有・利用にかかわるルールが未整備のまま山林の所有者が多様化していけば、そうした調整は、言語や文化の壁に加え、国内制度の不備ゆえに長期化・複雑化する可能性もあろう。

 所有者が海外も含む遠方に所在することによる、課税と森林管理上の課題もある。今後、香港やバージン諸島などのペーパーカンパニーを相手に、徴税や森林管理について、市町村長が指導、勧告を行うケースも想定される。投資家の間で山林の転売が繰り返されていけば、所有者を追跡する行政コストは増大する。そうした土地はやがて所有者を特定できない「不明資産」となり、国土でありながら行政が容易に関与できない土地になる可能性も否定できない。

 地域への適切な投資促進のためにも、こうした問題を未然に防ぎ、公益的観点から国土を保全する制度整備が急務である。具体的には以下を提言する。

<国が行うべきこと:国土を保全する総合対策>

 まず、国においては、土地所有者のさらなるグローバル化を視野に入れ、立地条件ごとの適切な管理計画を策定し、それに沿った所有と利用のルールを整えることが必要であろう。このうち、安全保障や公益の観点から重要であると判断される国土(国境離島、水源地域の森林など)については「重要国土」として位置づけ、諸外国の土地制度も参考にしながら、売買・利用にかかるルールを急ぎ整備すべきと考える。

 昨今、森林買収問題をきっかけとして、地籍調査の重要性が認識されつつあるが、限られた時間の中で公的投資を効果的に実施するため、地籍調査は上記のような地区区分や効率的な国土管理に資する土地集約化など、明確な目的のもとに促進される必要があろう。

 また、現在、国土交通省、法務省、総務省、林野庁などでそれぞれに所管されている土地関連情報について、一元的管理と効率的利用を図っていくことも重要である。さらに、本来あるべき土地利用・管理からはずれた所有不適格者に対する保有税の引き上げと、望ましい管理を計画的に行う所有適格者への保有税減税の導入も検討が必要であろう。

<自治体が行うべきこと:山林の「不明資産化」防止対策>

 自治体においては、森林の「不明資産化」の防止対策が急務である。山林の6割がいまだ地籍未確定の中、所有者の高齢化による相続や売買増加などに伴い、今後、行政で所有者を特定できない「不明資産」となる私有林が増えていく可能性が高い。

 そうした状況を踏まえ、自治体では、部門間で連携して山林所有状況の把握を進めるともに、「林地売買相談窓口」といった相談機能を持つ組織を創設し、山林所有者が売買や相続について日常的に相談や情報交換できる場を提供することが求められよう。森林組合や地方銀行などとも連携しながら、そうした機能を自治体が果たすことで、山林売買が第三者の目に見えやすくなり、山林の適切な所有・管理を促進することにもつながると期待される。そうした事業の財源として森林環境税を活用することも考えられよう。

<住民・NPOができること:新しい公共による国土管理>

 過疎化や市町村合併により山間部の国土資源の管理体制は手薄になる傾向にあることを勘案すると、今後の効率的な国土管理には、山林所有者や行政のみならず、多くの主体が関心を持って土地、水、森林に接していくことが不可欠である。現在、さまざまな自発的基金が森林の管理トラスト、管理ファンドとして生まれつつあるが、そうした取り組みがさらに発展するとともに、NPOなどによるいわば地域の「総有的資産」が出現し、地方銀行などの参加も得つつ、それらが地域資産として幅広く活用管理されていくことが期待される。こうした取り組みに対しては、寄付などにかかる減税措置など最低限の行政支援も必要であろう。

土地の公益性を担保するルールの整備を

 以上述べてきたように、わが国の制度は、土地情報の現状把握が十分でなく、土地の公益性を担保するルールも整備されているとは言い難い。現在、目の前に見える現象として、外資による買収事例ばかりがクローズアップされているが、根本的課題は土地制度の不備にあり、そのことこそ強調されなければならない。山林の買受人が「外資か否か」にとらわれているばかりでは、問題の本質を見失ってしまう。

 わが国は森や水という点では「資源国」だ。その価値を再認識し、「守るべきところ」(売買規制)と「守るべきこと」(行為規制)について、単純な二元論ではなく、公益の観点から解決していくための議論を急ぐことが重要であろう。グローバル時代にふさわしい土地の所有・利用のルールを、国、自治体、住民それぞれが考え、実行するときが来ている。

  • (注)司馬遼太郎『土地と日本人』(中央公論社、1976年)
  • 参考文献:東京財団『グローバル化時代にふさわしい土地制度の改革を〜日本の水源林の危機Ⅲ』(2011年1月)
東京財団 研究員兼政策プロデューサー 吉原祥子 氏
吉原祥子 氏
(よしはら しょうこ)

吉原祥子(よしはら しょうこ) 氏のプロフィール
神奈川県立横浜緑ヶ丘高校卒。東京外国語大学タイ語科卒。在学中、タイ国立シーナカリンウィロート大学へ国費留学。米レズリー大学大学院(文化間関係論)、米Institute of International Education(IIE)バンコク支部を経て、1998年東京財団政策研究部、2004年4月-2007年3月国際海事大学連合へ出向、09年から現職。

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