
一昨年(2008年)から、国際基督教大学(ICU、International Christian University)では学術交流協定を結んでいる南アフリカ・ケープタウン大学(UCT、University of Cape Town)と共同して、初等中等学校におけるESD(Education for Sustainable Development、持続可能な開発のための教育)のモデルの国際共同開発に取り組んできました。
その発端になった契機はいくつかありますが、一つには、ICUの近隣にある三鷹市立大沢台小学校、羽沢小学校、第七中学校は連携して「おおさわ学園」を形成して地域の特色を生かした総合的学習の小中一貫教育を既に進めており、特に環境や地域産業についての学習を行っていました。特に、近くを流れる「野川」とその周辺は、武蔵野の自然を残していて、自然環境について学ぶ場所として貴重な存在です。ICUでも新しい専修分野として「環境研究」が2009年度から立ち上がったところで、全学的な関心が高まっているところでした。
さらに、国連大学におけるESDA(Education for Sustainable Development in Africa)も立ちあがり、ICUの教員が深くかかわっておりました。さらに、日本学術会議では、21世紀の時代にふさわしい市民の基礎的素養としての「科学技術リテラシー」の策定を終え、その中で水、食料、気候変動などの課題を重要テーマとして掲げ、三鷹地域で市民への定着化に向けた「サイエンスリテラシーカフェ」の活動を行っているときでもありました。さらに、2009年度からは、三鷹地域で「東京国際科学フェスティバル」が開催され、科学を通して身の周りのことを共に考える市民の活動が高まって来ております。
一方、UCTには、学校教育支援部が置かれていて、近隣の初等中等教育、特に理科教育、環境教育を支援する活動が行われていました。三鷹とケープタウンの双方において既に大学と地域との連携による環境教育が進められていたという実態がありました。
では、なぜこれら二つの距離的にも、歴史的にも、文化的にも,さらに自然環境の条件も、全く異なるところでの教育の共同開発に挑戦したのか、ということですが、われわれには、一つの仮説がありそれを検証したいと考えたからです。その仮説とは、持続可能性はローカルな課題であると同時にグローバルな課題であり,ESDにおいて最も重要なことは、地球上には自然環境も、社会も、文化も全く異なる人々が一緒に住んでいるということを子どもたちが実感を持って理解することである、ということです。交通手段と情報技術の発達により、一国、一地域の変動が、たちまち全世界に広がるという時代にわれわれは生きています。最近の新型インフルエンザ、また、世界的な金融危機は、一地域の変動が急速に世界中を巻き込んでしまうことを思い知らせるものでした。
また、温暖化ガスあるいは国際河川を巡る問題も一国一地域で閉じない課題であることを思い知らせるものです。三鷹とケープタウン、すなわち、日本と南アフリカの児童と教師が共に学ぶことのできる教育プログラムを、その開発から共同作業として構築して実践する、ということに挑戦し、われわれの仮説を検証したい、と考えたのです。
実際には、2008年秋UCTが現地の対応校を選定し、2009年3月に日本から7名のチームを派遣しました。ICUの教員1名、大学院生2名、おおさわ学園の小学校教員2名、中学校教員1名、カメラマン1名から成る日本チームは、現地の小学校2校、中学校1校を訪問し、またケープタウン大学の学校教育支援部の活動を調査しました。さらに、ステレンボッシュ大学の持続可能性研究所も訪問しました。そこで、南アにおける持続可能性の教育における意識の高さ、ならびに研究の進展について垣間みることができました。特に持続可能性研究所では、実際に循環型の街造りを行っており、科学技術と社会科学を総合した研究を実践的に行っていたのが印象的でした。
南アにおける持続可能性の概念は、自然環境の保全、資源やエネルギー源の維持も重要なことではあるが、それと同等に重要なのは、格差社会をどう是正するか、ということでした。すなわち、自然と人間の調和的発展だけでなく、人間同士の調和的発展を目指すものです。このように実際に現地に行って現地の小学校、中学校の教員、南アの文部省の担当官などを交えてのワークショップを開催し、ESDのモジュールの国際共同開発に向けたコンセプトについて討論を行った結果、自然と人間、人間と人間の調和というコンセプトが共有でき、具体的には、「土と水」をテーマとする共通教育プログラムを開発することとなりました。
2009年度に入って、「土と水」をテーマとして、数回分の授業として展開し得るプログラムを検討し、異なる自然環境にある中で、土と水について、生活、生命、産業などとの関連で、双方で共通点、相違点を意識させるような総合学習プログラムの開発を目指してきました。2009年7月に、南アから2名の小学校教員、ケープタウン大学教員1名が来日し、おおさわ学園の教育を視察し、また共通モジュール開発のためのワークショップを開催し、2009年8月には日本からの南アに教員を送りそこで初めて日本と南アの教員がチームで実際に南アの子どもたちを教え、そのあと参観した教員を交えて「授業研究」を行いました。実に驚くべきことでしたが,チームティーチングと授業研究という日本では自然に行われている授業改善活動は、南アでは歴史始まって以来のことでした。このように日本の教育システムの良い点が南アに評価されたことも大きな発見でした。
2009年12月には、おおさわ学園において、研究成果としてまとまったESDプログラムを公開で実施し、それを巡ってシポジウムを開催しました。さらに、その成果を踏まえて、ことし2月25日ビデオを通じて双方の児童が学んだことについて直接語り合う機会を持ちました。児童たちはICUの学生・院生による通訳を交えながら、また一部は自ら英語の台本を読み、初めて直接話す遠い国の児童と、自然環境を互いに紹介しあい、自然に対して一人一人何ができるのかを共感を持って語り合うことができました。
この一年半でまとめた「水と土」の教育モデルを改善しつつも広めていくこと、さらに中学校におけるESDモデルの構築と実践、さらに高校、大学の教育プログラムへと進めて行きたいと考えています。


(きたはら かずお)
北原和夫(きたはら かずお)氏のプロフィール
新潟県立長岡高校卒、1969年東京大学理学部物理学科卒、74年ブリュッセル自由大学で理学博士号取得、米マサチューセッツ工科大学研究員、76年東京大学理学部助手、79年静岡大学教養部助教授、84年東京工業大学助教授、89年同教授、98年から現職。東京工業大学名誉教授。2002~03年に日本物理学会会長、2003~05年に日本学術会議会員、2006年から同連携会員。専門は理論物理学(統計力学、熱力学)。著書に「プリゴジンの考えてきたこと」(岩波書店)など。若者の理科離れに対する関心が高く、05年度に科学技術振興調整費による「科学技術リテラシー構築に向けた調査研究」、引き続き06~07年度に「日本人が身に付けるべき科学技術の基礎的素養に関する調査研究」(科学技術の智プロジェクト)の研究代表者、委員長として報告書をまとめた。