地学を履修している生徒が減っている。理系進学では物理や化学が重視され、文系では大学入試との兼ね合いでそもそも理系科目を選択しない生徒もいる。しかし、地震や噴火のたびに右往左往し、天体ショーには多くの人が集まり、珍しい化石が見つかれば博物館に来館する。人々の地学への関心は十分に高いのだ。メディアを通して地学の意義を説く火山学者で京都大学名誉教授の鎌田浩毅さんに、災害対策としての学問の重要性を聞いた(取材は7月18日)。

地学の専任教員、在籍は全高校の1割以下
―地学は選ばれない科目になりました。なぜでしょうか。
結論から言うと、大学受験では物理・化学・生物を科目として指定していることがほとんどだからです。そのため、高校で地学を開講しない学校が増えました。高校で開講しないと地学教員も減り、地学離れが加速します。今では1割以下の高校にしか地学の専任教員はいません。
地学を学ぶことができる学部は理学部や工学部や農学部なのですが、学科として「地学」を標榜しているところはほとんどありません。地球や惑星や環境と絡めた名称になっていることがほとんどです。地学の中でも、宇宙や天文になると天文学科や宇宙物理学科が学べる場所になります。これらの大学も受験科目は物理であることが多いです。
しかし、地学は「科目横断型」の科目です。地球を構成する要素は互いに結びついて地球全体の関係性に影響を及ぼし、安定を図っています。プレートも、火山も、大気も、単独で動いてはいません。これを「地球惑星システム」と言います。それぞれの高度な専門性がその研究を脱して、文理融合のように相互に関係していく――今でこそ他分野にも見られますが、地球科学の分野はその先端を行くものでした。

地学は大きく、固体地球、岩石・鉱物、地質・歴史、大気・海洋、宇宙の5分野に分けられます。地学は化学・物理学や生物学、そして数学と様々な分野の上に成り立っています。だからこそ地学を生かすことができる仕事も実は多いのです。地球環境、エネルギー資源、大気、海洋、宇宙開発、防災……。就職を考えると非常に多彩な分野につながります。
津波ではサーフィンできない
―地学を学ぶことが、どう生活に役立つのでしょうか。
まず人の命を守ります。2004年のスマトラ島沖地震の後、「津波が来たらどうするか」と海辺のサーファーにインタビューしているテレビ番組がありました。「サーフィンには自信があるので、津波に乗りたい」と答えていました。
津波の最高速度が時速100キロメートルを超え、高さ30メートル以上になることを知らないのでしょう。ウケ狙いかもしれませんが、自然の怖さを知らないと命が助かりません。これは東日本大震災の後も、状況はあまり変わっていません。世の中には知らなくても良いことがありますが、知っておかないと命に直結することがあるのも事実です。
―大学を「卒業」して、メディアなどに出演されるのは、そのような「無知な」人々の命を守るためなのですね。
学問は人に幸せをもたらすから、学ぶのだと私は言っています。しかし、大学の中の人だけを幸せにしてはいけません。研究費を国からもらっていましたからね。約500人の全世界の火山学者に向けて論文を書くことも大切ですが、それよりも一般の方への啓発活動が非常に重要です。2021年3月に最終講義を行いましたが、その後は全国を回って講演しています。さらにネットメディアに出演したり、地学にとどまらない勉強法などの本を出版したりしています。
2000年に北海道の有珠山が噴火したとき、解説のためにテレビに生出演しました。しかしその放送後、学生らに「難しかった」と言われました。視聴者に安心してもらおうと出演したのに、緊張のせいか恐い表情で不安をあおっていた。感想を聞くと真逆の受け止めをされていました。いい研究をしても、一般の人に伝わらなければ意味がない。正しい知識であっても、伝えるだけでは人は動きません。「頑張れ」と言う精神論も解決にはつながりません。

そのためには、人間が非常時にどのような行動をとるか、を知らなければなりません。南海トラフなど、近い将来、大きな地震は確実に来ます。例えば今から約10年後だとして、それを想像してもらうために、学生たちに「今の年齢に10年足してごらん。大災害で職はなくなるし家族も大変だ。それを守るのは地学、生き延びるための学問だよ」と言うと、やっと「自分事」として受け止めてもらえるようになりました。
私は「科学の伝道師」になりたいとずっと思ってきました。防災に敏感になってほしいし、意識改革をしてほしい。幸い大学に職を得ましたが、専門の火山学を追求するだけでは不十分だと思ったのです。何とか自分の学問を社会へ還元したい、と。
実はよく知られていなかった地学の全貌
―学生が「自分事」にすることで、学びが深まると。

私が大学で教え始めた頃、学生からの授業の評価は散々なものでした。英語をバンバン使う、板書の文字がヘタで読めない、専門用語が説明なしで出てくる……。その後、あまりにも不評だったので、録画して自分の話し方を振り返ると、多くの気付きがありました。
理系の授業では数式のたくさん入った専門書を使うことが多いのですが、私は縦書きで分かりやすく説明する新書を作りました。初学者にも理解できることにこだわったのですが、おかげで講義内容が整理されるメリットも生まれました。なお、私は「先生の本を読んだが分からなかった」という学生には、「難しい本を書いた著者が悪い、ごめんなさい」と言っています(笑)。
新書を教科書にすることで、担当していた「地球科学入門」の講義は立ち見が出るほどの盛況になりました。多くの学生とのやり取りの中で、地学がどういう学問か、その全貌が実は良く知られていないことに気付きました。確かに、高校ではまったく学ぶ機会がなかったのです。
学びを深めようにも、ベーシックな入門書がない。では自分で書こうと思い、できるだけ日常の言葉で、地層や化石からマントル、地震・火山まで解説する本を出しました。最近出版した『大人のための地学の教室』(ダイヤモンド社)は、4万部が売れ、45パーセントは女性読者だそうです。

地学はミクロからマクロまで幅広いのですが、分野ごとのつながりが結構分かりにくい。よって、最初は宇宙・岩石・気象と個々の分野ごとに勉強して、最後に全体を統合して見直してほしい。また、日常のニュースで天気予報や、宇宙や地球関連のテレビ番組を見たり、自然現象を紹介する雑誌を手に取ったりなど、様々なアプローチが有効な科目です。自分が興味のあるテーマから始めて、地球全体、宇宙全体へ理解を広めていったら良いと思います。
人口の半分超に被災の恐れ、巨大地震は「来る」
―近い将来に必ず地震が来ると様々なメディアで発言されています。
起こりますよ。東日本大震災が起こったことで、日本列島は1000年ぶりの「大地変動の時代」に突入してしまいました。マグニチュード(M)9の巨大地震によって地盤は東西に5メートルほど引き延ばされました。伸びた地盤は元に戻ろうとするので、その過程で地震や噴火が起こります。もし「首都直下地震」が起こったら、約100兆円の経済被害が出ると予測されています。なんと1年の国家予算に匹敵する額です。首都圏でM7クラスの地震は、今後30年以内に7割の確率で起こると考えられています。
そして、東日本大震災とは独立して起きる南海トラフ巨大地震は、2030年代に発生が予測されています。すなわち、今から5年後の30年から警戒時期が始まり、15年後の40年までの間のどこかで確実に起きるという話です。ちなみに、地震を起こしてきたプレート運動は何千万年も休んでいませんから、地震学者たちは皆、「確実に起きる、パスはない」と警告しています。

そして南海トラフ巨大地震の経済被害は290兆円で、東日本大震災の15倍です。犠牲者の予測は30万人で、東日本大震災で亡くなった約2万人の15倍です。つまり、東日本大震災15個分の災害がこれから日本列島を襲い、被災者の数は6800万人に及ぶのです。これは日本の総人口の半数以上なので、みんなが自分事として対処しなければなりません。
こう聞くと非常に怖い感じがしますが、今から準備すれば犠牲者の8割、経済被害の6割を減らせるという国の試算もあります。だからこそ、この話を知った人は直ちに防災準備を始めてほしいのです。日本は地下の動きを観測する技術が発達しており、それを基に避難する計画も着々と準備が進んでいます。災害が多いがゆえに、未然の防止や大幅な減災も可能なのです。
SNS情報に一喜一憂せず、防災対策を着実に
―地震だけでなく噴火も起こりますか。
身近に考えられるのは富士山でしょうか。富士山が噴火すれば、火山灰は山梨、静岡だけでなく神奈川、千葉、茨城の遠方まで降り注ぎます。火山灰には鋭いガラスが含まれます。スキーのゴーグルのようなものがなければ目を痛めるでしょう。富士山はいつ噴火してもおかしくない状態ですが、気象庁をはじめとした各研究機関の地震計や傾斜計が多く設置されているので、もし異常を感知すれば広くメディアなどで報じられるでしょう。
ライフラインや交通機関にも大きな影響が出ます。登山中に噴石が当たれば命の危機です。活火山では不意打ちを食らったときに被害が大きくなるのが自然災害ですから、真っ先に逃げることが大切ですね。火山の地下で起きている地震や地殻変動の状況を、ネットなどで知っておく。そしてハザードマップ(火山災害予測図)をダウンロードして、どこが危険かを確かめておく。そういうことを知っておけば、「備え」につながります。
―トカラ列島の悪石島でも地震が続き、九州での噴火も起こっていますが、どのように受け止めていますか。
トカラ列島近海で頻発している地震に加え、桜島や、鹿児島や宮崎にまたがる霧島火山・新燃岳も噴火を繰り返しています。トカラ列島で起きている群発地震との関連や、巨大地震を疑う声は一般の方のSNSにもあふれていますが、九州とトカラ列島は200キロメートル以上離れています。一般に、30キロメートル以上離れた活火山のマグマだまりは独立に活動するので、いずれも九州の噴火とトカラ列島の地震とは関連ないと考えられます。しかし、先ほど述べたように、巨大地震に備えることは今日とても大切なことです。
災害のときは「助け合おう」という思いやりが湧いてくるものです。もし島外に避難したいという方がいたら受け入れる心のゆとりがあるといいですね。ニュースなどで知ったことを自覚し、行動に移すことにつながるのは、科学が持つ力です。とりわけ過去の大きな地震を経験した人は、自分事として感じるのではないでしょうか。
SNSの情報に飛びついて一喜一憂するのではなく、いつ地震や噴火が起きてもおかしくないと情報を得ながら、防災対策を着実に行うことが大切です。「これから地震が来るから勉強してみよう」という考えも良いと思います。このサイエンスポータルに載っているような若い研究者の成果を分野横断的に眺めたり、YouTubeで科学者の解説を聞いたりして、様々なメディアへのリテラシーを高めることも、立派な地学の勉強ですよ。
関連リンク
- 新版 鎌田浩毅のホームページ
- 京都大学YouTube 2020年度退職教員最終講義 鎌田 浩毅 (人間・環境学研究科 教授)「地震・噴火・温暖化は今後どうなるか?」2021年3月10日
- 平成12年(2000年)有珠山噴火の記録 北海道 胆振総合振興局