インタビュー

東日本大震災を伝承し、「事前復興」に取り組みたい―東北大災害研所長を退任する今村文彦氏

2023.03.30

内城喜貴 / 科学ジャーナリスト

 高さ10メートルを超えるどす黒い大津波が多くの尊い命を奪った東日本大震災から12年の月日が流れた。津波が襲った沿岸部は防潮堤や公園が整備され、災害公営住宅も建った。だが、かつては多くの人たちが行き交った海岸沿いの地域コミュニティの復興は道半ばだ。多くの被災者は悲しくても忘れられない、忘れてはいけない記憶を伝え続けてほしいと言う。

 地震・津波の研究者として長く防災の在り方も考えていながら、大震災では多くの犠牲者を出してしまった――。そんな無念を抱きながら復興にも尽力してきた東北大学災害科学国際研究所所長の今村文彦教授が3月末で所長を退任する。3月10日から3日間、仙台市で開かれた「第3回世界防災フォーラム」では国内実行委員長を務めた。「追悼の日」の同月11日、津波防災の今後の課題などについて聞いた。穏やかな物腰で静かに語られる言葉から、今後想定される大地震や大津波による犠牲者を少しでも減らしたいとの思いや覚悟が伝わってきた。

インタビューに「事前復興」の大切さなどを語る今村文彦氏(3月11日、第3回世界防災フォーラムが開かれた仙台市内の仙台国際センターで)
インタビューに「事前復興」の大切さなどを語る今村文彦氏(3月11日、第3回世界防災フォーラムが開かれた仙台市内の仙台国際センターで)

反省、教訓を若い世代に伝えることが大切

―2万人以上が犠牲になったあの大震災から今日でちょうど12年を迎えました。この間、復興にも関わってこられました。今どのようなお気持ちで、どのようなことを感じていますか。

 10年も大きな節目でしたが、12年というのも同じ干支(えと)の年であり、日々の時の流れの中でやはり大事な節目だと思います。(津波防災に関わる)私も日々仕事をし、さまざまな情報が入ってくる中であの震災の記憶はどうしても薄れがちですが、この日を迎えるとたくさんの犠牲者を出してしまった当時のさまざまな記憶が鮮明によみがえります。私も含めて人間は忘れやすいですが、大切なことは忘れないようにしなければなりませんし、そのためにも大震災の反省、教訓を次の世代に伝えていかなければならないと改めて感じます。大学では若い人とも接していますが、彼らは知る機会があれば彼らなりの新鮮な考えや工夫をたくさん出してくれます。若い発想だなと感心します。小中学生も大人が驚くようなユニークで新鮮な発想を出しています。そうした世代に大震災の教訓や防災の大切さを伝えていくことが大切だと思います。

―この12年の間に沿岸部は防潮堤が整備されました。津波の研究者として復興にどのように関わってこられたか改めて伺います。

 大震災の後、国の復興構想会議の検討部会に津波研究の専門家として参加しました。想定をはるかに上回る津波に襲われた後にどのような町づくりをするかを考えた場合、重要なポイントは早急なインフラ整備であり、やはり防潮堤の建設でした。防潮堤の建設に際しては数値シミュレーションを使い、住民の方々とも対話して合意を得ながら(高さ、規模などを)決めていきました。限られた時間でしたのでさらに対話が必要な場所もあったと思いますが、インフラに関する問題では国土交通省と、防災教育の問題では文部科学省と、また大きな被害を出した津波火災に関しては消防庁と、それぞれ協議しながら復興計画と進行に関わってきました。

「最悪のシナリオ」を考える必要

―津波防災の点でこれからの課題は何ですか。

 12年前の大震災と大津波は最悪の結果を生んでしまいましたが、今後も「最悪のシナリオ」を考える必要があります。これを出さないと避難計画もつくれません。新しい科学的知見として過去の大津波の堆積物のデータがあります。そのような堆積物を改めて解析し、最新の地震学の知見を学際的に研究していかなければいけません。これまでは大きな津波被害はないだろうと考えられていた場所の住民の皆さんは、どうしても防災意識が低くなります。しかしそうした場所にも大きな津波が来る可能性はあるので、想定被害を考えながら(関係機関、関係者は)対策を進めていただきたいと思います。

―具体的な対策として例えば何があるでしょう。

 南海トラフ巨大地震や日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震を含んだ大地震を想定した避難計画をつくる場合、避難する場所としてのタワーやビルがまだ足りません。あっても耐震性に問題があったりします。しっかりした避難施設をどのように確保するかは大事な課題です。季節や発生時間を考慮して避難計画を詰める必要もあります。

第3回世界防災フォーラムで発言する今村文彦氏
第3回世界防災フォーラムで発言する今村文彦氏

前もって災害に強い町づくりを

―大震災の翌年、東北大学に防災の総合的な研究拠点として災害科学国際研究所ができました。2代目所長としてこれまで9年間研究所の運営を先導してこられましたが、これまでの研究や実績などを教えてください。

 この研究所をつくる時のミッションの一つは災害科学を深化させることでした。従来は地震・津波の現象を研究する専門家が多かったのですが、人文社会分野に加えて医療、福祉の分野の専門家にも入ってもらいました。震災時に「人の命を救う」ことが重要ですから、文理融合にとどまらず、災害医学分野の研究者にも入ってもらうことで災害時に必要な医学・医療の課題を考える研究が進みました。

 大震災から10年以上経つ中でも当時の(悲惨な)記憶がフラッシュバックしたり、新しい災害公営住宅での新しいコミュニティに入れなかったりしてメンタル不調を起こす例が増えています。こうした問題にも対応できるようにしています。心理学のほか、脳科学の専門家にも入ってもらい、脳の動きを客観的に調べることで災害時の行動研究もしています。こうした分野は今後も力を入れていきます。

―災害科学国際研究所の今後の課題は何ですか。

 大震災の被害に見舞われた東北地方以外で「事前復興」をいかに進めるかは大きな課題です。(南海トラフ巨大地震など)今後予想される大きな地震については想定被害が出され、対策も提案されていますが、具体的な進展はあまり見られません。被害を想定した事前復興の計画を持っていないと対策もばらばらになります。事前に復興の目標を持っていることが大切です。こうした事前復興の問題にも取り組んでいくことも課題です。

―事前防災と事前復興はどう違うのですか。

 簡単に言いますと、事前防災は災害が起きた場合の被害軽減と緊急対応をどう適切に迅速に行うかを前もって考えることです。一方で、事前復興は前もって災害に強い町づくりをすることです。例えば被害を想定して重要な公的施設、商業施設、住宅施設をどうつくるか、少子高齢化時代、人口減時代にあったコンパクトな防災に強い町をどうつくるかも考える必要があります。国土交通省や内閣府も事前復興を提唱はしていますが、我々研究者にとっては事前復興計画を推進しやすいプログラムを提案していくことが重要です。今こうしたプログラムも提案していきたいと思っています。

難しい「都市津波」の対策

―昨年末に日本海溝・千島海溝で巨大地震の前兆かもしれない地震を観測した場合、「後発地震注意報」を出して避難準備などを呼びかけ、注意を促す制度ができました。運用上の課題はありますか。

 実際に地震が来るかどうかは明確でない、あいまいな情報になりますので、その情報を受ける住民や自治体、あるいは企業は実際にどう行動したらよいか迷うと思います。ですから具体的にどう対応するかを地域ごと、会社ごと、組織ごとに詰めて検討する必要があります。このような議論はまだ始まったばかりです。住民の方の属性や環境、所属する組織などによって避難などの対応が異なってきます。高齢者の方は避難の指示がなくても避難した方がいい場合もあります。そのような場合に行政側がどのように避難所を開設するか、などさまざまな課題があります。

―津波が都市の地下街に流れ混むリスクも指摘されています。対策はありますか。

 都市に押し寄せる「都市津波」の対策は難しいです。地下に津波が流れ込むだけでなく、河川の流れが逆流してきたり、排水溝があふれたりする問題もあります。時間帯や人の数によって避難誘導の仕方も異なってくるので具体的対策は簡単ではありませんが今後、早急に、具体的に考えていく必要があります。

まだ復興が「道半ば」の印象を与える宮城県名取市閖上(ゆりあげ)の高さ約6メートルの日和山から市内方向の風景(3月13日撮影)
まだ復興が「道半ば」の印象を与える宮城県名取市閖上(ゆりあげ)の高さ約6メートルの日和山から市内方向の風景(3月13日撮影)

海外や南海トラフ被害想定地域から来てもらいたい

―東日本大震災の教訓を伝える「3.11伝承ロード推進機構」の代表理事もされていますね。活動の成果と今後の課題をお聞かせください。

 活動を始めて3年になりました。活動の一つに沿岸部の遺構や伝承施設の活動支援があります。個々の施設で異なる目的と活動内容に関する情報を集めて、より多くの方が訪問しやすい施設になるようマップを作るなどしてさまざまなアドバイスをしています。施設間の情報共有と相互のコミュニケーションが進むようネットワークをつくる支援もしています。

 新型コロナウイルス感染症も収束の可能性が見えてきたので、今後は海外の人たちに東北の沿岸部に来てもらいたいです。豊かな自然環境や歴史文化、そして美味しい食べ物を楽しみながら地震・津波防災の大切さも知ってもらえればと思います。

 コロナ禍でも東北地方の地元の小中学生はある程度遺構・伝承施設に来てくれていますが、国内、特に南海トラフ巨大地震の被害想定地域から修学旅行生にももっと来てもらい、大震災の教訓と防災の大切さを学んでもらえればと思います。それが国民全体の防災意識の向上につながります。

一研究者として研究し続ける

―災害科学国際研究所を3月末付で退任されますが、その後はどうされますか。

 一研究者として広く防災に関する研究はし続けます。最近トルコ・シリアで大地震があり、多くの犠牲者が出たのはたいへん残念でした。被害が大きくなった要因として技術的問題よりも社会構造的課題が大きかったと思います。巨大地震も今後想定される中でこれからはこうした社会構造的課題にも取り組むつもりです。具体的には先ほどお話しした事前防災から事前復興までの災害対応サイクルをしっかり広く理解してもらい、地域の特性にあった効率的な災害対策をつくるお手伝いをするつもりです。

 防災が新しい産業になる必要もあります。災害のタイプや被害形態は異なりますが、指標を作って防災力や総合防災対策を標準化する必要があります。健康度の指標がある健康診断のように防災に関する指標を作って、防災力の強さを測ることにつなげていきたいと考えています。そういった指標ができれば企業も防災の分野に参画しやすくなります。防災がビジネスになると参入企業も増えます。規格化や標準化により、関連装置・機器や施設の価格が下がり、性能も良くなり、利益が出れば投資も増えて次の開発につながります。そういう良いサイクルが生まれます。防災分野でのこうしたサイクルづくりも考えていきたいです。

今村文彦(いまむら・ふみひこ)

1984年東北大学工学部土木工学科卒。同大学助教授、京都大学防災研究所客員助教授などを経て2000年東北大学大学院工学研究科教授、08年日本自然際学会会長。東日本大震災の教訓を生かすために文・理・工・医学系の各分野の研究者を集めて12年に設立された東北大学災害科学国際研究所の開設、運営に尽力し14年4月から2代目所長に就任。現在「3.11伝承ロード推進機構」代表理事、復興庁復興推進委員会委員長。地震、津波、台風など、広く自然災害に対する防災意識を高めるための活動を主導している。23年3月末で同研究所所長退任。著書多数。

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