自然科学と人文・社会科学の知の融合(=総合知)による社会課題解決や新たな社会設計への期待を受けた、人文・社会科学系有識者への連続インタビュー企画。
4回目は、ニート・ひきこもりの若者やその家族などへの支援を行う「認定特定非営利活動(NPO)法人育て上げネット」理事長の工藤啓さん。若者をめぐる複雑化・複合化した諸問題を、社会で問題として認識させていくためには、アカデミアとの連携が重要と期待を寄せた。
タックス・イーターからペイヤーに
―「育て上げネット」の活動内容や目標を教えてください。
コアバリューは就労支援です。少年院を出院した若者や、ひきこもりの若い人たちが、その人に合った形で働けるようになることをサポートしています。近年は問題が複雑化・複合化しているので、ピボット(方針転換)しながら活動しています。
―具体的にどんなサポートをされているのでしょう。
主には、若者に就労基礎訓練プログラムを提供しています。そのほか、お子さんのことで悩んでいるご家族のサポートや、小・中・高校生を対象とした学習スペースの運営もしています。
―若者の支援において大切にしている視点はありますか。
保護は権利であることが大前提ですが、25歳の人が生活保護で一生暮らしていくのと、正社員として生きていくのでは、最大で1億5000万円の所得差が生まれるという推計があります。生活保護を受ける「タックス・イーター」から所得を得る「タックス・ペイヤー」へと、貨幣的価値ではかりにかけていく視点も必要だと思っています。ただ、これは社会的なコミュニケーションといえるでしょう。
もっと個人に根差したところでは、所得を得られるようになったことで弁当にプラスしてプリンも買う余裕ができたり、仲間と遊びに行けたりするような、ささやかな自由を得てほしい。ひきこもっている人は、極力ご飯を食べない、部屋を暗くして電気を使わないなどの形で、家族に迷惑をかけないように生きています。
これは欲をなくしてしまうことでもあるんです。人間、欲がなくなると、働くことも、人と会う気持ちもなくなってしまう。食べたい、会いたい、行きたいという小さな欲を喚起していかないといけないと思っています。
画面の向こうのリスクが見えない
―近年大きく変わったことはありますか。
コロナ禍でオンライン化が進んだことで、家から出ずに働く人が出てきたことですね。10年ほどひきこもっていた方が、就労支援プログラムやシステム開発業者でのインターンシップをオンラインで受けて、今はフルタイムで採用されています。ひきこもっている状況は変わっていませんが、「収入があって幸せです」と言っている。
働いている、稼いでいる、でもずっと家にいる。家族はそれをよしと思えるのかどうか。価値観と科学の進展のズレが、今とても興味深いです。
―オンライン化が進む状況をどのように捉えていますか。
「メタバース」などのテクノロジーを使って、人と関わる選択肢がこれからもたくさん出てくると思うんです。仮想空間であれば、自分の相談をしやすい若者もいるかもしれません。また、現実の自分とは別の自分(キャラクター)を作り、仮想空間のコミュニティをひとつの居場所としていくことも考えられます。現実世界の自分と、仮想空間上の自分が同じである必要もありませんので、誰かを頼ったり、生きやすくなるための選択肢が増えたりする可能性があると考えています。とはいえ、すぐに誰もがそういう行動ができるわけではないので、長い目で考えています。
―不安に感じていることなどはありますか。
私たちが培ってきた支援の実践理論は基本的に「会うこと」からスタートしているので、今はニーズがあることを理由に、理論や科学的根拠がないまま走っている状態です。本当はリモートでやってはいけないかもしれない。1回は会ったほうがいいのか、会わなくてもいいのか。正しいかどうかがわからない。
たとえば対面なら読み取れた情報が、関わり方の選択肢が増えるほど読みにくくなってくる。画面の向こうで倒れているかもしれないとか、連絡が取れないのは命に関わる何かが起こっているのかもしれないとか。このあたりのリスクが全く見えないんです。
―どういった対策が考えられるでしょうか。
専門家にしかわからない定性的な判断ではなく、たとえば受講生にウェアラブル端末などをつけてもらって、科学的・医学的な知見を得ながら、その人が一番心地よい学びの形をつくるといったことなどですね。
大きな事件、政権交代、黒船…
―近年、若者を取り巻く問題は一層の複雑化が指摘されています。
「こども家庭庁」の新設などが予定されていますが、支援の多くは家庭が成立している状態を前提に考えられています。でも、この5年ぐらい少年院の支援に関わってわかったのは、虐待やネグレクトがあったり、そもそも親がいなかったり、適切な養育を受けていないケースが多いということ。家庭向けの支援は家族の受援力にも左右されるので、家族がいてもいなくても最低限の社会的な養育が受けられるような、予防的なサポートが一丁目一番地になると思っています。
NPOだけでは予防的な解決ができないので、企業や行政と連携して複合的な問いを解いていく必要がある。バックキャストの視点で、どうしたらそういう人が生まれないか、エビデンスや科学的知見を政策に生かしながら取り組んでいかなくてはなりません。
政策や法体系のような社会システムについては、文化・風土の問題もあります。「問題の社会化」といって、みんなが問題を問題として認識しないと社会問題にはなりません。問題と関心のない人をどうつなぐか。
―「問題の社会化」はどのように起きるとお考えでしょうか。
1つは「大きな事件」です。神奈川県にあった障害者福祉施設「津久井やまゆり園」で起きた痛ましい事件は、皮肉にも障害者福祉のあり方が社会で問われるきっかけとなりました。
2つ目は「政権交代」です。新しい総理大臣の所信表明演説で繰り返し発言された理念などは、追い風を受けることになる。それを意識したロビーイング活動なども、現実問題として必要になるでしょう。
最後は「黒船」、つまり海外の動向ですね。イギリスが世界で初めて「孤独担当大臣」を設置したのはとても大きくて、日本でも社会的孤立・孤独の予防が重要視されるようになりました。ジェンダーの問題やダイバーシティなども、海外から遅れを取っていたことが大きく作用したので、黒船来航の一事例でしょう。
この3つに共通するのは、どれも計画しづらいこと。私もYahoo!ニュースで発信をして社会のリアクションを得ていますが、意図的に問題を社会化することは現状とても難しい。課題ですね。
キャンペーンではなく、イシューに集まれ
―なぜこの課題に取り組まれているのでしょう。
最近は8月末から9月の頭頃に、不登校や子どもの自殺を防ぐためにメディアが集中してキャンペーンを打っています。これって、コミュニケーション上の定性的な戦略であって、科学的ではないと思うんですよ。
もちろん、こういったキャンペーンを打つことは、問題を風化させないためにも重要です。ただ、人間が何を問題として認識するのかが科学的に解明されてくると、社会の流れとは関係なく自分たちで努力がしやすくなりますよね。
このあたりは研究者の力を借りないといけないし、できない。中立性の高いアカデミアとの連携がとても重要になってきます。
―アカデミアとの連携に必要な方法論があれば教えてください。
共通のイシューに向かって集まることが大事ですね。ただ、我欲がないと集うのは難しい。お互いのイシューと我欲を最初に出し合って、そこからチームビルドをすると上手くいくと思います。このプロセスには非常に時間と手間がかかりますが、「総合知」を考える上でも重要になるでしょう。
関連リンク
- 認定特定非営利活動法人育て上げネット ホームページ
- Yahoo!ニュース 工藤さん寄稿記事一覧「若者と社会をつなぐ」
- 科学技術振興機構社会技術研究開発センター(RISTEX)「SDGsの達成に向けた共創的研究開発プログラム(社会的孤立・孤独の予防と多様な社会的ネットワークの構築)」(工藤さんがアドバイザーを務める)
- JST報告書「15人の人文・社会科学系有識者が語る現状と未来-2050年の日本へ、そのプロセスを問う。」(工藤さんインタビューも掲載)