インタビュー

「健康、産業、教育…有人宇宙開発は人類に貢献」ISS船長務めた星出さん

2022.02.10

草下健夫 / サイエンスポータル編集部

 国際宇宙ステーション(ISS)の日本人2人目の船長を務め、昨年11月に地球に帰還した星出彰彦さん(53)が9日、サイエンスポータルの取材に応じた。9年ぶり3回目の飛行を通じ「ISSは良い意味で手垢(てあか)が着き、どんどん改良されていると感じた」と振り返った。有人宇宙開発の意義について「健康や産業、技術革新、教育など人類に貢献する大きな活動だ」と強調した。

 星出さんは昨年4月23日に地球を出発し、ISSに6カ月半滞在。11月9日に帰還した。4月末から約5カ月間、ISS船長を務め、現場責任者として米露欧の飛行士を統括した。9月には自身4回目の船外活動を行い、太陽電池パネルの取り付け準備などを実施。日本実験棟「きぼう」では、細胞が重力を感知する仕組みの解明を目指す実験、哺乳類の受精卵が無重力で分化するか調べる実験、宇宙での野菜の大量栽培につながる「袋型培養槽」の実証実験、タンパク質の試料を船内で解凍して結晶化させる実験などに従事した。日本の40件を含む、127件の実験・研究に携わった。

 取材はコロナ禍を受けオンラインで実施。帰還後、これまでに行われた記者会見と合わせ、主な一問一答は次の通り。

船外活動を行う星出彰彦さん。右に日本実験棟「きぼう」や米宇宙船「クルードラゴン」が見える=昨年9月12日(JAXA、NASA提供)

多くの人が宇宙に行く時代、遠くない

―野口聡一さん(56)に続き、米国の新型宇宙船「クルードラゴン」で地球とISSの間を往復した。乗り心地は。

 過去に乗った米スペースシャトルやロシアのソユーズと比べると、野口飛行士がうまいこと言っていたが、黒電話からスマートフォンになったようなものだ。21世紀の技術が採られ、自動や、地上の管制で飛行し、飛行士自ら手を下す仕事が格段に減った。一般の方々が宇宙に行く時代につながっていると感じた。一握りの飛行士だけでなく、多くの方が行く時代は遠くないと本当に思っている。

 クルードラゴンの地球帰還の特徴は、海に着水すること。パラシュートを開いて降下するまでは(着陸する)ソユーズで経験したが。着水は柔らかく、大きな衝撃もなかった。飛行士4人で「おお、すごいね」と、ちょっと状況を楽しんだり、雑談しながら思い出に浸ったりする余裕もあった。救助隊がすぐ駆け付けてくれた。

サイエンスポータルの取材に応じる星出さん=9日、東京都千代田区のJAXA東京事務所(オンライン画面から)

―2008年、12年に続き3回目の飛行となった。宇宙開発の進展を、現場でどう肌に感じたか。

 ISSの変遷を見て、どんどん改良されていると感じる。今回到着してまず、物が増えていると思った。先に滞在していた野口飛行士に連れられて「きぼう」内部を見たが、装置類が増え、使いやすいように道具が置かれ、ケーブル類が増えて「使われている」と感じた。経験を積み重ね、良い意味で手垢が着いている。「きぼう」の運用のノウハウも蓄積し、改善もされている。

―船長を務めた手応えは。

 経験豊富な優れた飛行士ばかりで、私がどうこう言う前に自ら動き、他の人をすぐ助ける素晴らしいチームだった。そこで、いろんなリーダーシップのスタイルがあると思うが、今回は率先して引っ張るより、全体の環境を整える観点で臨んだ。あとは地上のチームとの調整や計画の立案。日々の作業は決まっているが、例えば1カ月後の作業の方向性など、こまめに連絡を取り合った。

 リーダーシップが人それぞれなら、チームのカラーもさまざま。ただ、自分の長所をしっかり持ち、打ち出すことが大事だ。それは飛行士だけの話ではない。国としても(国際月探査の)アルテミス計画などの将来の探査で、日本の独自性や強みをしっかり打ち出し、その分野のリーダーシップを取って計画を引っ張ることが大事だ。

星出さんが搭乗し、離脱するクルードラゴンから撮影されたISS=昨年11月9日(JAXA、NASA提供)

―船長在任中の7月末、ロシアの新実験棟「ナウカ(科学)」が到着し結合したものの、ナウカのエンジンが予期せず噴射しISSが540度も回転するトラブルが発生。一時はISSが姿勢制御不能に陥った。どう乗り切ったか。

 当時、私はロシア側の作業状況を確認していた。回っていることは警報が鳴るまで全然、気づかなかった。他の飛行士がいるところに戻ると、パパッと状況を把握し、地上と連絡を取り始めていた。地上と飛行士の作業のバランスについて、密に連絡を取って作業した。姿勢制御が崩れた時の回復手順は、もちろん地上で訓練していたので、それを踏まえ実行した。

船長の任期を終え、交代式でフランスのトマ・ペスケさん(手前左)に船長就任の証である「鍵」を手渡す星出さん(同右)=昨年10月5日(JAXA、NASA提供)

有人宇宙開発はSDGsに貢献

―米国がISSの運用を現計画の2024年から30年まで延長する方針を示した。各国が参加継続を検討している。またISSを31年に廃止するとの、NASA(米航空宇宙局)の計画が報じられている。思いは。

 ISSは20年以上経過して古くなったとよく言われるが、中身はアップグレードされ、新しい技術を採り入れている。太陽電池パネル、ネット回線など機能がどんどん向上していると感じた。インフラが整い、より多くの方に使ってもらえるISSになっていることが、強く印象に残っている。いろいろな実験や研究が進み、民間企業の活動も活発になりつつある。私は、まだまだ使えると思っている。(廃止は)あくまでNASA内の検討中のことで、まだ何も決まっていないのが実情だ。

―国連が2015年に「SDGs(Sustainable Development Goals、持続可能な開発目標)」を採択した。人類が諸課題を克服してより良く生きるため、有人宇宙開発はどう貢献するか。

細胞が重力を感知する仕組みの解明を目指す実験を進める星出さん=昨年8月13日(JAXA、NASA提供)

 宇宙開発自体が、究極には人類のための大きな活動だ。ISSの各種の実験が、健康や産業、技術革新に役立つ。無重力環境を使い、例えば生物学・医学分野ではタンパク質の結晶を生成する実験を続け、また飛行士の体も使って寝たきりや骨粗しょう症に関わる知見などを蓄積している。教育機会の提供も重要だ。例えば今回の長期滞在では、(学生がISS内の)ロボットを動かすプログラミングコンテストや、(国内外の大学などの)超小型衛星の放出などを行った。

 またISSの運用自体、サステナブルエンジニアリング(持続可能性のための工学)でもある。電力は太陽エネルギーで賄い、飛行士の尿を水に再生して利用するなどして、できる限り地上から物資を運ばないための技術を磨いている。(月探査に向け)より効率化しなければならない。ごみをなるべく出さない工夫、食料自給に向けた技術開発もある。これらの成果は地上に還元でき、SDGsに貢献できると個人的には思っている。

政府の「GIGA(ギガ)スクール構想」の一環で、全国の子どもたちに実験を見せる星出さん=昨年7月6日(JAXA、NASA提供)

 ISSの実験は地上の人々に役立つことが究極の目標だが、(月や火星へと)より遠くに行くためのテストベッド(試験環境)としても活用している。例えば二酸化炭素除去や水再生、トイレなど。新技術が、ISSより遠くに行って問題なく働くのかを確認する。行ってからうまくいかなかったら大変だ。より良い物を将来につなげることは、非常に意義がある。

―ISSは成果の歩みが遅いと指摘されることがある。2000年に飛行士の長期滞在が始まって以降、基礎科学の興味深い成果が上がるものの、社会還元、つまり具体的に地上の人々の暮らしを豊かにしているか。役に立ちますという“約束手形”ばかりでは。

 おっしゃる通り、基礎的な研究が中心だ。ただしその成果は、一足飛びに即座に役立つものではない。例えば「薬ができました」と明日すぐに広くお届けするような話ではない。薬を作るための研究の一環だ。成果の先でさらに、いろいろな研究、実験を繰り返さないといけない。そのような、ベースを積み重ねていく中での成果は上がっている。

 一方、ここ数年のことで、また今回の滞在でも強く感じたのだが、民間企業の活動がISSを含む低軌道に広がっている。ビジネスの新しい試みが今後、よりスピード感を持って広がっていくだろう。

―アルテミス計画では国際協力により月を探査する。ISSが周回するなど地表に近い低軌道ではなく、遠い月で活動することで人類が豊かになれるか。

 たかだか高度400キロのISSに比べ(38万キロ離れた)月は片道3日かかり、技術的にハードルが1段も2段も高い。チャレンジすることで技術やノウハウを得られ、人類全体がレベルアップする助けになる。月探査により、逆に地球のことが分かるという面もある。

日本にはリーダーシップを取る責務がある

―日本は有人宇宙活動の実績が乏しかったがISS計画に参加し、星出さんら船長を送り込むまでになった。意義は。

サイエンスポータルの取材に応じる星出さん=9日、東京都千代田区のJAXA東京事務所(オンライン画面から)

 日本が参画する段階で「そこまで役に立つのか」という指摘もあった。われわれは真摯(しんし)に受け止め、取り組んできた。国際プロジェクトの中で後発の日本が、(ISS運用開始から)20年あまりで経験を通じて得た知見やノウハウ、価値観は、ものすごくある。「きぼう」を運用して貢献し、物資補給機「こうのとり」が全9機、成功を収めている。関係者の努力、創意工夫、熱意があったからこそだ。この過程で得たことを、社会に還元していかなければ。そして蓄積した技術に裏打ちされ、次のアルテミス計画に参加することになる。ここで日本は、分野によってリーダーシップを取る責務がある。

 日本の得意分野は例えば、生命維持関係の装置や、「こうのとり」の技術を使った物資補給が柱になる。日本も月面探査を行っていくので、着陸の技術もだ。今後も「日本はこんなこともできる」という分野が出てくるだろう。

―小学4年で「宇宙飛行士になりたい」と作文に書いた夢を実現した。今、新たな飛行士を宇宙航空研究開発機構(JAXA)が13年ぶりに募集している。

 懐かしい。3度目の挑戦で飛行士になれた。1度目は学生時代で応募資格がなく、当時の宇宙開発事業団(現JAXA)に郵送せず、あえて持参したが受領してもらえなかった(笑)。これまで3回の飛行を通じて、宇宙という未知なる領域を経験させていただいて光栄だ。国際チームの一員として関係者と知り合い、一緒に活動できたことは非常に幸せだ。

 飛行士募集は宇宙にチャレンジしたい方に応募してもらい、試験を楽しんで受けてほしい。私も応募の経験や出会った方々が大切なものになっている。一緒に試験を受けた方々が応援してくれ、自分の大きな力になっている。出会いが、大きな財産になる。

星出彰彦(ほしで・あきひこ)

JAXA宇宙飛行士。1968年、東京都生まれ。92年、慶応大学理工学部機械工学科卒業、宇宙開発事業団(現JAXA)入社。H2ロケットなどの開発、監督業務、宇宙飛行士支援業務に従事。97年、米ヒューストン大学航空宇宙工学修士課程修了。99年、宇宙飛行士候補者に選抜。飛行歴は3回で、過去の2回は(1)2008年6月、スペースシャトル「ディスカバリー」に搭乗しISS滞在、(2)2012年7~11月、ソユーズ宇宙船に搭乗しISS長期滞在。

関連記事

ページトップへ