インタビュー

世界中のパートナーと「連携」して挑む―ゲイツ財団・柏倉美保子さん<国際保健の課題解決に向けて>

2021.12.20

鴻知佳子 / フリーライター

「第7回日経・FT感染症会議」にモデレーターとして参加する柏倉美保子さん(手前)(2020年撮影、本人提供)
「第7回日経・FT感染症会議」にモデレーターとして参加する柏倉美保子さん(手前)(2020年撮影、本人提供)

 「すべての生命の価値は等しい」世界の実現を目標に掲げ、特に国際保健の分野で様々な支援を続ける世界最大規模の慈善基金団体、ビル&メリンダ・ゲイツ財団(以下、ゲイツ財団)。米マイクロソフト創業者のビル・ゲイツと前夫人のメリンダ・フレンチ・ゲイツによって、2000年に創設された(日本拠点は2017年開設)。新型コロナウイルス感染症のパンデミックという困難克服に向けても、世界中のパートナーとの連携を促進すべく、様々な支援の枠組みの立ち上げに関わっている。こうした支援の中からどんな課題が見えてきて、今後はどんな貢献を考えているのか。同財団の日本常駐代表、柏倉美保子さんに聞いた。

多国間主義に基づく世界組織を立ち上げ

―世界は今、新型コロナ対策という困難を抱えています。その中でゲイツ財団はどのような取り組みをされてきましたか。

 コロナ禍が顕在化した2020年4月、私たちは世界保健機関(WHO)などとともに「ACTアクセラレータ」という世界組織をいち早く立ち上げました。ワクチンや治療薬を必要とする全ての国に届ける、公平性を重視したマルチなプラットフォームです。コロナの世界的な収束を戦略的に考えていく上で、ゲイツ財団が非常に重要視している「マルチラテラリズム(多国間主義)」を体現しました。世界全体を公平に、かつ科学的に検証しながら、必要な国に必要な量のワクチン、検査キット、治療薬を届ける流れを作ろうとしています。

中国の海南島にある三亜市を訪問した時のビル・ゲイツ(最左)とメリンダ・フレンチ・ゲイツ(左から2人目)(©ビル&メリンダ・ゲイツ財団/Lou Linwei)
中国の海南島にある三亜市を訪問した時のビル・ゲイツ(最左)とメリンダ・フレンチ・ゲイツ(左から2人目)(©ビル&メリンダ・ゲイツ財団/Lou Linwei)

―グローバルな規模の課題に対して、日本はどのような貢献をしていますか。

 「ACTアクセラレータ」の重要な柱の1つはワクチンで、新型コロナウイルスワクチンの公平な分配を目指す国際的なスキーム「COVAXファシリティ」を作ったばかりの2020年9月ごろ、先進国でいちばん最初に手を挙げて参加表明をしたのが日本政府でした。今では190以上の国や地域がCOVAXに参加していますが、他の先進国がワクチンナショナリズムに走る中、マルチラテラリズムを重要視した日本政府が実は重要なプレーヤーだったんですね。

 今年6月、日本政府共催で開催された「COVAXワクチンサミット」では、日本は昨年の2億ドルに追加して8億ドル、合計10億ドルの拠出を発表しました。こうした日本の働きかけがあって、2022年初頭までに低中所得国の成人人口の30%分のワクチンについて資金的な見通しに目途がつき、各国が年内に資金を送金する流れとなりました。日本が外交政策として世界を主導したことが、COVAXを軌道に乗せるのに貢献したと感じています。

 また、日本の政府と製薬企業、私たち財団などが資金を出し合って、国際保健分野の研究開発に積極的に投資をしていこうという理念で2012年に設立した「グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)」というものもあります。このファンドは官民が連携する世界初のモデルケースで、多くの国が関心を持っています。日本発で世界初のものもあるということをぜひ知っていただきたいと思います。

先進国でも理解された危機意識、社会課題を自分ごとに

―コロナ禍で、感染症に対する世界の危機意識は変わりましたか。

 ワクチンがない、治療薬がない、病院に行けないなど、低中所得国では常にある怖さや苦しさを初めて先進国も体感し、2021年は公衆衛生や感染症対策への理解が広まった年だと思います。

 一方で、2020年にコロナで亡くなった人は全世界で150万人以上ですが、マラリア・結核・HIV(ヒト免疫不全ウイルス)では毎年250万人が亡くなっています。マラリアのワクチン開発には30年ほどかかりましたが、コロナワクチンは1年以内にできました。先進国や経済大国が関心を持つとそこが注目され、資金が投入されます。

 コロナによって証明されたことの一つに、自利と利他が一体化するくらい地球社会は一体化している点があると思うんです。ワクチン分配のシミュレーションによると、先進国がワクチンを買い占めると、人口に応じて公平に分配した場合と比べて死者数は2倍に増え、コロナの収束が遠のいてしまうことが分かっています。こうしたデータがあるにも関わらず、身近な課題だけに目を向けてしまう難しさがあると感じています。

 ただ、今回ワクチンが1年でできたのは、数年前からパンデミックに備えた取り組みがあったからこそです。次のパンデミックに備えるためには、世界各国が巨額な投資をし続けることが重要だと考えています。

―危機意識を共有するために「社会課題を自分ごとにする」、その意識改革には何が必要でしょうか。

 意識改革の課題はすごく悩ましいとずっと思っています。私は個人の活動として、困窮世帯が多い東京都足立区で子ども食堂から始めて現在はシングルマザーなどを中心に宅食事業の活動をしているのですが、日本の貧困問題は顕在化されない、人々の困窮実態が隠されている難しさがあります。困窮世帯に食糧を届けに行くときれいな家で驚くこともあり、課題の背景が複雑化していることに気づかされます。日本人は自己責任を意識するあまり、助けを求める声をあげられないのではないかと感じます。

東京都足立区で宅食事業のボランティア活動を行う柏倉さん(右)(2021年撮影、本人提供)
東京都足立区で宅食事業のボランティア活動を行う柏倉さん(右)(2021年撮影、本人提供)

 もうひとつ言えるのが、日本はNGO(非政府組織)セクターが欧米に比べて規模が小さく、苦しい思いをされている市民の視点や声が、政策提言を通じて政府に届きにくいことです。本来は民主主義を作る上で健全で重要な役割を果たすべきNGOセクターが、その役割を果たし切れていない現状があるように感じます。日本の貧困や社会課題は隠されやすいため、NGOへの寄付が欧米に比べると桁違いに少なく、日本の文化や国民性に合った寄付モデルがまだ見つかっていないのではないかと思うんですね。いろいろなボトルネックが重なり、日本は身近な社会問題が見えにくい構図になってしまっているんだと思います。

 まずは日本でも身近な社会課題が数多くあることを知るために、多くの方にNGOの様々な活動について知っていただき、参加いただくことが社会課題を自分ごとにするきっかけになるのかもしれません。

データや科学的な根拠を踏まえた計画立案が強み

―社会課題を解決するためには、様々なステークホルダーとの連携が必要になると思います。ゲイツ財団だからこそできる連携とはどんなものでしょうか。

 国際保健の課題は、財団単体や一組織、一セクターでは解決できない、時間のかかる大きな課題だと考えています。そこで、世界中のパートナーと連携しながら現場のニーズやデータを吸い上げ、パブリック・セクターや民間企業などいろいろなセクターをつないで、インパクトが高い研究開発にリスクマネーを投じています。

 私たちの組織が少し珍しいのは、ビル・ゲイツ自身がビジネスマンだった観点から、結果を求めるビジネスライクな戦略や、データや科学的な根拠を踏まえた計画立案がそのまま組織の強みになっていることかと思っています。

 財団ができた2000年、ビル・ゲイツも関わり、世界の6割の子どもたちに様々なワクチンを届ける「Gaviワクチンアライアンス」が設立されました。それまでの国際協力と異なるのは、Gaviは各国政府、民間企業、国連機関やNGOが連携してアライアンスを作った新たな官民連携モデルであるという点です。

 それまでは低所得国政府それぞれが各製薬企業と個別にワクチンの価格交渉をしていましたが、Gaviによって世界の低所得国73カ国のワクチン市場が形成され、政府にとっても民間にとってもウィンウィンとなり、ワクチン銘柄によっては価格が37%近く下がりました。各国の経済発展度合いにあった価格帯でワクチンを届けるための最適な市場形成モデルを作るには、やはり民間企業との連携が重要だったと思います。

 製薬企業側は中長期的なワクチン開発に取り組めるようになり、利益を生みにくい低価格のワクチン銘柄であっても研究開発資金を投資できるようになりました。こうした経緯も踏まえて、これからもマルチセクターによる連携を通じて国際保健の課題解決ができるのではないかと考えています。

―連携の最適なパートナーはどうやって探すのですか。

 財団では色々なバックグラウンドを持つ人を採用しています。HIV、マラリア、そのワクチン開発などのエキスパートが、一番大きなインパクトがありそうな研究をしている研究者が誰かをグローバルにモニターできているというイメージです。

 逆に、先進国や高所得国の医療課題には取り組まずに、低中所得国の課題だけに特化しているからこそ、最新のトレンドをトラッキングできているのかなとも思います。

 基本的には3年から5年の周期で、財団の各部署から、共同議長であるビルとメリンダを含む財団のリーダーシップに中長期の戦略を提示します。戦略がきちんとデータに基づいて検証されているか、ボトルネックが何で投資すべき分野は何か、その結果、例えばこの地域のマラリアはこれだけ減らすことができる、この地域の栄養不良はこれぐらい改善することができる、といった数値目標を含んだ明確な戦略を出します。

 その戦略がどれだけしっかりしたものかによって、承認されるか否かと予算が決まるわけですね。何に投資して何に投資しないかは明らかで、その目線で「ベストオブサイエンス」を探しています。

「世界をどう良くするか」に取り組む研究者を支援

―様々な連携の中で、日本の研究者との好事例があれば教えてください。

 例えば、長崎大学の吉田レイミント教授がベトナムで進めている小児用肺炎球菌ワクチンの臨床疫学研究プロジェクトに研究費約19億円を拠出しています。

 肺炎球菌感染症は小児の主な死因の1つですが、ワクチンは1本当たりの価格が高い上に、日本だと4回、英国は3回と接種回数も多く、Gaviや低中所得国にとっては大きな支出となっています。吉田教授はワクチンの効果と効率を両立させる研究をしています。

 途上国にワクチンを届けるのは財源的にもロジスティックス的にも大変な挑戦ですが、この研究を応用して様々なワクチンの接種回数を減らせることになれば、世界に大きなインパクトを与える資産になります。

 また、インフルエンザ研究の世界的権威である東京大学の河岡義裕特任教授のプロジェクトも支援しています。インフルエンザは今世紀最大の感染症と言っても過言ではありませんが、毎年、各国がウイルスを集めて流行株を予測し、ワクチンを準備している状況です。河岡特任教授は1回の接種で幅広い株への免疫を獲得できるユニバーサルワクチンの作製を目指しており、この研究も非常にインパクトの高いものだと考えています。

河岡さんが開発したリバースジェネティクス法の概略図。ウイルス遺伝子を発現する8つのプラスミドとウイルスタンパク質を発現する4つのプラスミドを細胞に導入してウイルスを産生させる(河岡さん提供)
河岡さんが開発したリバースジェネティクス法の概略図。ウイルス遺伝子を発現する8つのプラスミドとウイルスタンパク質を発現する4つのプラスミドを細胞に導入してウイルスを産生させる(河岡さん提供)

 他にも財団は、NPO法人ETIC.(エティック)が実施している、自らのビジョンで世界の現状を描き変えようとする人を支援する「ビジョンハッカーアワード」にも協賛しています。ビルとメリンダもそうですが、表彰される方々もどういう未来を作りたいかというビジョンを実現していて、世界はみんなの思いで形作られていると心から思います。

―最後に、科学コミュニティーや若手の研究者に向けてメッセージをお願いします。

 ゲイツ財団が支援している研究者の方々は、自分の研究が世界をどう変えていくかという視点をはっきりお持ちです。若い研究者の方々にも、世界をどう良くするか、常に思い描きながら研究を進めていただけると、いろいろな企業や団体との連携が始まる可能性が高くなると思います。

 そのような研究者をずっと生み続けてきた日本に、財団としてもとても期待があります。研究者の方々には社会課題の現場を肌感覚で知っていただき、早い段階でグローバルに知見を共有し合えるような連携をしながら、日本の強みを世界で発揮していただければと思います。

柏倉美保子(かしわくら・みほこ)

ビル&メリンダ・ゲイツ財団日本常駐代表。慶應義塾大学総合政策学部を卒業後、ケンブリッジ大学ジャッジ・ビジネススクールでMBA、世界経済フォーラムでグローバル・リーダーシップ・フェローのエグゼクティブ・マスターを取得。投資銀行、責任投資でキャリアを積んだ後、2013 年から世界経済フォーラム日本事務所初の職員として地域戦略を担当。2017年7月から現職。途上国が抱える課題へ日本からのソリューションを最大限増やす役割を担う。

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