東日本の太平洋岸一帯に大被害をもたらした東北地方太平洋沖地震から4年5カ月となる。福島第一原子力発電所の廃炉作業には今後30~40年かかるとされているのをはじめ、被災地の復興には長い時間と膨大な費用が見込まれている。1995年に神戸市をはじめ兵庫、大阪、京都に大きな被害をもたらした兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)を機に発足した地震調査研究推進本部(本部長・文部科学相)は、東北地方太平洋沖地震から何を学んだのだろうか。発足後20年を迎えた同本部の地震調査委員会委員長を務める本藏義守(ほんくら よしもり) 東京工業大学名誉教授に、日本の地震対策の課題と、防災分野の国際協力で果たす日本の役割を聞いた。
―白石隆(しらいし たかし)政策研究大学院大学学長が座長を務めた「科学技術外交のあり方に関する有識者懇談会」が、5月に岸田文雄(きしだ ふみお)外務相に出した報告書が科学技術外交の重要性を強調していました。先生は科学技術振興機構(JST)と国際協力機構(JICA)との共同プロジェクト「地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)」に発足当初から関わっておられましたね。
SATREPSは2008年に発足しました。環境・エネルギー、生物資源、防災、感染症という4分野で開発途上国と課題解決・社会実装に向けての共同研究を進めるというプロジェクトです。私は、スタート時から防災分野の研究主幹を務め、毎年、新規課題の選定などに関わってきました。防災分野の初年度の採択課題は、「インドネシアにおける地震火山の総合防災策」、「ブータンヒマラヤにおける氷河湖決壊洪水に関する研究」、「クロアチア土砂・洪水災害軽減基本計画構築」の3つでした。
インドネシアとの共同研究では、日本側が佐竹健治(さたけ けんじ)東京大学地震研究所教授を研究代表者に、東北大学、名古屋大学、京都大学、富士常葉大学など多くの大学、防災関係機関の研究者たち、インドネシア側はインドネシア科学研究院の研究者たちが参加しました。研究期間は多くの共同研究が5年だったのに比べ3年間と短いにもかかわらず両国から参加した研究者の数は200人を超えています。
このほか地震、津波に関する共同研究だけでもペルー、フィリピン、チリ、トルコ、コロンビアと行っています。地震防災対策に関わる共同研究内容は、今の日本国内の地震防災、地震調査研究推進本部がやっていることが標準になっています。例えば共同研究の相手国で地震発生長期予測による発生確率を算出できない地域に関しては、震度分布地図をつくり、さらに津波の予測地図を作成するということをしました。日本でやっていることを基本に、それぞれの国の特徴を生かした共同研究を実践しているということです。
―SATREPSがスタートする前年の2007年4月に、相澤益男(あいざわ ますお)東京工業大学学長(当時)ら総合科学技術会議(現総合科学技術・イノベーション会議)の有識者議員が、同会議で「科学技術外交」という新しい視点に立った途上国との科学技術国際協力を提案しました。これがSATREPSにつながったといってよいのでしょうね。
ちょうどそのころ私は東京工業大学で副学長(企画担当)を務めておりました。相澤学長から国際関連案件などの担当も命じられ、国際化推進に向けた活動を行っていたのですが、最初は悩みました。それまでアドミニストレーション(管理・統治)の経験は、理学部長を務めたとはいえ、ほとんどありませんから。国際化に熱心な相澤学長にだいぶ鍛えられました。その経験が生きています。一つ体得したのは、「企画とは結局、何かを仕掛けなければならない」ということでした。そうした目で見ると、考えが浮かんでくるわけです。研究そのものに関してだけでなく、こういうところをいじればよいのかな、などと。
SATREPSでも、私の働きかけで具体化したことがあります。SATREPSの事業枠内で途上国から文部科学省国費留学生を受け入れるというものです。現在、年間10人程度の国費留学生枠ができています。国費留学生というのは、現地の大使館経由で応募してくるのが普通です。そのため、留学生として来日するまで期待に沿う有能な学生かどうかは分からないところがあります。こちらは科学技術振興機構の推薦が最初にあるところが、大きな違いです。機構は共同研究の相手国が推す人物を薦めるわけですから、期待外れということはありません。受け入れる日本の大学、研究機関側も共同研究の相手国の若者たちですから、きちんと面倒を見ます。留学が終われば、共同研究プロジェクトの後継者になれるような人たちばかりです。
―7月に公表された「2015年通商白書」にも、「世界中の才能を集め、人材のダイバーシティを進める」必要が強調されています。優秀な留学生に来てもらうだけでなく、日本企業へ就職し、定着してもらうことが、日本企業のグローバル経営力強化に重要だ、と。
先日、APEC(アジア太平洋経済協力会議)関連会議出席のためにフィリピンを訪ねました。ホスト機関のフィリピン科学技術省の高官から「SATREPSはとてもよい制度だ」と褒められました。SATREPS枠で日本に留学した人たちはもう50人ほどに達していることになります。日本で活躍の場を見つけてもらえれば日本の研究水準向上に力になりますし、帰国してもいずれその国のリーダーになって、日本との協力を推進してくれる人たちばかりです。
共同研究のよいところは、相手国が非常に好意的に受け入れてくれるところにもあります。人材育成にもなるし、科学技術の普及にもつながります。日本の学生、院生たちもまた現地で鍛えられますから、日本の人材育成にもなります。さらに相手の国が災害に強くなり、経済も発展すれば、日本にも十分なメリットが期待できるでしょう。SATREPSのような国際協力は、今後も発展させるべきだと思います。
科学技術振興機構が担当している国際科学技術共同研究推進事業には、SATREPSのほかに戦略的国際共同研究プログラムというものもあります。SATREPSは、科学技術振興機構と国際協力機構(JICA)が共同で進めてきたことからも分かるように途上国の開発援助という目的が込められています。一方、戦略的国際共同研究プログラムは、イコールパートナーシップに基づく、より多面的な国際共同研究を支援するのが特徴です。相手国・地域のファンディング機関とも連携し、国際共同研究における相手国の研究機関に対しては、相手国ファンディング機関から科学技術振興機構と同様の支援が実施されます。共同研究の相手国は、途上国に限っていないのもSATREPSとの大きな違いの一つです。
私は、こちらの方の研究主幹も務めています。つい最近も今年度の新規課題として「日ASEAN科学技術イノベーション共同研究拠点−持続可能開発研究の推進」を採択した選考作業に関わったばかりです。中核研究機関として京都大学、研究代表者は京都大学東南アジア研究所の河野泰之(こうの やすゆき)教授が務め、共同研究機関はタイ国立科学技術開発庁、インドネシア科学院、マレーシア日本国際工科院と日本の6つの国立大学が加わります。
共同研究の対象分野は、環境・エネルギー、生物資源・生物多様性、防災に焦点をあてます。特にバイオマス廃棄物のエネルギー化、有用熱帯植物高度有効利用、大規模自然災害の早期警戒システムなどの先端的な技術開発と実用化に取り組む計画です。中心となる共同研究拠点をタイ、インドネシア、マレーシアにそれぞれ置きます。日本とASEAN(東南アジア諸国連合)がそれぞれ取り組んでいる個別研究プロジェクトの連携を促し、成果をASEAN諸国全体に波及させるのが狙いです。
思えば私の国際共同研究との関わりは1981年に始まります。トルコとの地震調査研究共同研究でした。小規模な2年間の科学研究であり、しかもすべてを自力で行わなければなりませんでした。それだけに現在のSATREPS事業がいかに素晴らしいものであるかを実感しており、その推進を担うことの重要性も認識しています。
一方、科学技術外交という観点からは、相手国政府組織の関与が極めて重要です。SATREPSでは現地におけるJCC(Joint Coordination Committee)メンバーとして相手国関連機関が参加するという形となっており、JCCにおいて研究計画の承認、共同研究実施状況や成果などの報告がされています。共同研究の全体像が政府機関レベルで認知されることになるわけです。こうしてSATREPSの認知度が高まり、社会実装と人材育成を含めた科学技術共同研究の成果への高い評価につながっていると思います。
日ASEAN共同拠点は2国間を越えた広がりを持つはずであり、科学技術立国としての日本のプレゼンス向上に貢献することが期待されます。
(小岩井忠道)
(完)
本藏義守(ほんくら よしもり) 氏のプロフィール
広島県生まれ。1969年東京大学理学部卒。74年東京大学大学院理学系研究科地球物理学専攻博士課程修了。東京大学地震研究所助手、東京工業大学理学部助教授、教授、理学部長を経て、2004年東京工業大学理事、副学長。11年同名誉教授。12年から地震調査研究推進本部地震調査委員会委員長。専門は固体地球物理学。96年には気象庁地震防災対策強化地域判定会委員を務めた。科学技術振興機構と国際協力機構(JICA)が共同で実施している地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)の研究主幹(防災分野)も。
関連リンク
- 科学技術振興機構「SATREPS」
- 外務省プレスリリース「『科学技術外交のあり方に関する有識者懇談会』の報告書の提出(結果)」
- 総合科学技術会議「科学技術外交の強化に向けて」(平成20年5月19日)
- 科学技術振興機構プレスリリース「国際科学技術共同研究推進事業(戦略的国際共同研究プログラム)『国際共同研究拠点』平成27年度新規課題の決定について」