インタビュー

第5回「移植と免疫寛容の大きな可能性」(田邉一成 氏 / 東京女子医科大学 教授、同病院 副院長)

2013.03.29

田邉一成 氏 / 東京女子医科大学 教授、同病院 副院長

「大きく変わる医療の姿」

田邉一成 氏(東京女子医科大学 教授、同病院 副院長)
田邉一成 氏(東京女子医科大学 教授、同病院 副院長)

国民皆保険や国民一人当たりの医療費の安さなど日本の医療の実態には優れた面が少なくない。一方、基礎研究成果を医薬品や医療機器といった実用につなげることに関しては欧米の主要国に明らかに見劣りする。IT(情報技術)やロボット技術の急速な進歩で医療の形が急速に変化すると予測する東京女子医科大学 教授、同病院 副院長 田邉一成 氏に、医療の近未来像と対応を迫られている課題について聞いた。

―先生のご専門の泌尿器医療、臓器移植免疫研究についての今後の展開について伺います。前立腺の手術は今後減少するのではないかということですが、腎臓病はいかがでしょう。

泌尿器科の中で当分手術として行われ続けそうな疾患の一つは、臓器移植、腎不全ですね。糖尿病の治療が確立されてしまえば激減しますが、糖尿病というのはなかなか難しく、そう簡単には無くならないでしょう。遺伝子の異常に起因するがんは、科学技術の進歩によって、減少していく可能性が高いと考えられます。しかし、生活習慣病は難しいのではないかと思います。

腎臓の機能が悪くなる人は、まだまだこれから増えるものと考えられます。なぜかというと、腎臓が悪くなる病気はたくさんあるからです。高血圧でも、糖尿病でも放置して未治療のままの場合、腎機能が悪化します。高血圧と糖尿病は多くの場合、両者が合併してしまうことも少なくありません。糖尿病は日本人の6人に1人が糖尿病患者予備軍と言われていて、これは大変な数です。

腎臓病は高齢化すればするほど増えてきます。透析が必要になると、年間で10%の人が亡くなりますから、ある意味では、がんに罹患するよりも死亡率は高いともいえるのです。

―こうした状況を抜本的に改善する道はないのでしょうか。

いったん腎不全となると根本的治療は腎移植しかないですね。医療費の観点から言っても、透析には1人年間約500万円前後の医療費がかかります。国内には30万人の患者がいますから、直接医療費だけで1兆5,000億円です。医療費の総額が約36兆円ですから、1兆5,000億円がいかに大きいか分かるでしょう。移植手術が増えれば、これらの医療費は大きく減少します。例えば年間1万人の臓器提供者がいれば、1年で腎臓移植を望んで登録している人に全て移植手術することが可能です。移植希望の登録者は15,000人で、腎臓は二つありますから1万人の提供で2万人に腎移植が行えるわけです。せめて透析を受けている患者さんの30%でも移植できれば、医療費は3,000億円近く減少する可能性があります。

いろいろ難しい問題はありますが、例えば「臓器提供カードを持てば、医療費の自己負担額を5%差し引きます」といったシステムが構築できるならば、かなりドナー登録者が増える可能性があります。これにより臓器移植が増加し医療費を大きく抑制できるのであれば、十分試みる価値はあると思います。

いずれにしてもみんなでいろいろな知恵を出し合って医療費が抑制できる、そしてよりQOLの高い医療が行えるような実効性のある方法を考える必要があります。

―iPS細胞が臓器移植の代わりになるという可能性はいかがでしょう。

iPS細胞から臓器を作る方法は大いに期待できます。ただ、実は自分の細胞で臓器をつくっても、作成した臓器にもともとの疾患が再発してしまう可能性のある病気がたくさんあります。腎炎などは免疫系の異常が関与している可能性が高く、多くの場合再発するものと考えられます。

膠原(こうげん)病という難病がありますね。リウマチ、全身性エリテマトーデス、強皮症などいろいろな病気がありますが、特にリウマチは高齢化すると増えます。免疫システムが破たんし、うまく機能しなくなって暴走し始めるのです。このような疾患はiPS細胞から臓器が再生できても、移植後に疾患が再発してしまう可能性が大きくなります。

薬で治療するという方法のほかに、体の中の免疫細胞を入れ替えることで、こうした暴走を抑える治療法の実現が期待されています。

―それが、先生が進められている研究ですか?

そうです。免疫寛容といって、考え方自体は臓器移植が始まった時からありました。免疫抑制剤を使わなくても、移植した臓器がちゃんと機能する状況が理想的ですから。しかし、50年たってもまだ確実で安全な方法は確立できていません。われわれはマウスの実験で、薬を最初だけちょっと使えば、後は何も使わなくても臓器がうまく着いたままになる状況が作り出せそうなところまで来ています。

骨髄細胞を移植することで白血病を治療する方法は、米国のエドワード・トーマスという人が確立し、1990年にその業績でノーベル医学生理学賞を受賞しています。ただ当初、この治療法で助かるのは半数で、残りは治療中に亡くなりました。今でも後遺症の課題を抱えています。

私たちが開発した方法は、ほとんど生体に影響なく、短時間で骨髄細胞を入れ替えられます。最初は自分たちでもデータを信じられなかったくらいです。

―どうしてそのような魔法のようなことができるのでしょう。

実はまだよく分かっていないのです。提供者から入った免疫(骨髄)細胞から分化した細胞によって暴走を抑える細胞ができたのではないか、と考えていますが。

―最後にこの研究がうまく行けば、今後どのようなことが期待できるかお話し願います。

現在の腎臓移植の10年生着率は95%です。これは免疫抑制剤を使っての数字です。免疫抑制剤を使わずに100%近い生着率を実現できるのが望ましいのですが、これはiPS細胞によってもうまくいくかどうか疑問です。自分の細胞から作った臓器でも、膠原病のような自己免疫疾患の人は、再度膠原病が再発してしまう可能性があるのです。骨髄細胞を移植し膠原病でない人の血液に入れ替えてしまうことで、自己免疫疾患の人でも臓器移植がうまくいくようにできるのでは、と期待しています。

さらに糖尿病の治療への応用も期待できます。今、行われている膵(すい)島移植は、膵臓からランゲルハンス島という部分を切り取り、肝臓へ送り込むと、肝臓の中にインシュリンを分泌する膵臓と同じ組織ができる、というものです。亡くなった方の膵臓をいただき、一つの膵臓から5人分くらいのランゲルハンス島を採って、それらを提供者の骨髄細胞と一緒に肝臓に入れてやればインシュリンを作り出せるようになる、と期待できます。

このように新しいコンセプトに基づく免疫抑制ができるようになれば、非常に大きな治療法の進展となり大いに期待されます。

(完)

田邉一成氏
(たなべ かずなり)
田邉一成氏
(たなべ かずなり)

田邉一成(たなべ かずなり) 氏のプロフィール
福岡県うきは市生まれ。福岡県立浮羽高校卒。1982年九州大学医学部卒、九州大学医学部泌尿器科入局、84年東京女子医科大学腎臓病総合医療センター入局、戸田中央総合病院泌尿器科部長、米国クリーブランド・クリニック泌尿器科 泌尿器腫瘍学研究室リサーチフェローを経て、2004年東京女子医科大学 泌尿器科大学院医学研究科、腎尿路機能置換治療学分野教授。06 年から東京女子医科大学 泌尿器科主任教授、診療部長。08年から東京女子医科大学病院副院長も。腎臓移植、泌尿器科ロボット手術、移植免疫、腎血血管性高血圧、腎血管外科、泌尿器腹腔鏡手術、腎がん、慢性腎不全、一般泌尿器科など基礎から応用まで専門分野は広い。医学博士。

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