「未来型医療を被災地から」

増える一方の長期療養者や国民医療費に対して、有効な手が打てず、治療薬や予防法の開発でも、先行する欧米に太刀打ちできない―。日本学術会議が8月に公表した提言「ヒト生命情報統合研究の拠点構築―国民の健康の礎となる大規模コホート研究」には、日本の医療の現状に対する危機意識が強く出ている。国内の学術研究だけでなく産業界にも大きなイノベーションをもたらす方策の一つとして提言されているのが、100万人規模のゲノムコホート研究だ。この先遣部隊として期待される15万人を対象とするコホート研究が、東日本大震災の被災地、宮城県と岩手県で始まる。研究を指揮する東北大学 東北メディカル・メガバンク機構長 山本雅之 氏に、世界でも最先端を走るという3世代コホートをはじめ、機構の新しい取り組みについて聞いた。
―東北メディカル・メガバンク機構のもう一つの重要な目的である人材育成について伺います。これは医療制度を変えることにもつながる大きなチャレンジではないかと思いますが。
その通りだと思います。チーム医療をやろうとするのならば、良いチームをつくる必要があります。サッカーで言えばフォワードの選手もいなければならない し、ゴールキーパーも必要です。チーム医療の担い手として必要な高度医療系専門職業人の養成に、これまで私たちは十分に取り組んできていませんでした。看 護師については、4年制大学の看護学部や保健学科でも養成されるようになった段階です。しかし、その他の多くの専門職は、まだ高度な専門職業人、専門家と して養成する体制になっていないと思います。ここに問題点があると思っています。
―これはこうした専門職のモチベーション(やる気)にも関わることでしょうね。
モチベーションにも関わることですが、好循環に持ち込むことがより大事なことと思います。高度の教育を受けた人たちがいて、その人たちに良い仕事をしてい ただき、それが患者さんの幸福や医療の発展に役立つというサイクルをつくらなければいけないと思うのです。これに対して、なるべく短い期間の教育で資格を 与え、安上がりで専門家を養成してしまおうという正反対の考え方があります。これは先進国の医療にはなじまないと思います。
―医療には、例えば遺伝カウンセラーなど、新たに養成しなければならない専門職も増えているように見えますが。
その通りです。特に、東北メディカル・メガバンク機構で取り組む事業には、多くの新しい医療系職業人に参加していただく必要があります。それらの専門職 は、何といっても新しい仕事を担いますので、養成するためには、まず教えることのできる人から探さなければならないという、試行錯誤の状態にあります。し かし、こうしたところから変革しないと、新しい取り組みはできないと思います。
―医師の偏在が大きな問題になっていますが、地方に行きたくないという医師の気持ちも分かるような気もします。医師の本来の仕事以外のことをたくさんやらさ れて、消耗してしまうのではないでしょうか。こうした医師がやらされている仕事を担う高度医療専門家がいる地域なら、その地域に根付いて仕事を続けてもよ いという医師がいそうですね。
ありがとうございます。私は、チーム医療が必要ということの一面は、まさにそういうことなのだと思います。チーム医療に役立ってくれる専門職業人が手厚く いるような病院では、例えば、医師に医療秘書やデータマネージャーがついて、紹介状の返事や電子カルテの入出力、また、いろいろな申請書類、行政文書を書 いてくれるでしょう。また、医学物理士や臨床工学士などの方々が専門性を発揮していると思います。医師は、専門医療のところとチーム医療のリーダーに特化 することが可能です。チーム医療のリーダーとして全てに目を配るけれど、細かいことまではしないですみます。私たちは、本来、時間と手間をかけて、そうい うリーダーとしての医師を養成しているのです。ところが現実は、現場に行ってみたら、自分でなくてもできるようなことに、多くの時間と労力を費やさざるを 得ません。これでは困ると思います。
―そのあたりは、例えば米国などではうまく行っているのでしょうか。
米国は米国でまた別の問題を抱えていると思いますが、医療に医師以外の高度職業人がたくさんいるのは確かです。こうした高度医療職業に対する資格も、ちゃ んと認定されています。資格の問題などを安易に言い出すと、議論噴出で混沌(こんとん)とした状況になってしまいかねませんから、とにかく、多彩な高度医 療系職業人を系統的に養成して行くという最初の一歩を踏み出すことが大事と考えています。結局、誰かが手を付けないと始まりません。たとえ不十分だったと しても、それがよいとなれば、後から誰かが追いかけてくれるだろうと信じています。
(続く)

(やまもと まさゆき)
山本雅之(やまもと まさゆき) 氏のプロフィール
群馬県みなかみ町生まれ。渋川高校卒。1979年東北大学医学部卒、83年東北大学大学院医学研究科 修了、医学博士。米ノースウエスタン大学博士研究員、東北大学医学部講師、筑波大学先端学際領域研究センター教授を経て、2007年 東北大学医学系研究科教授。08年東北大学副学長、 大学院医学系研究科長・医学部長、10年東北大学Distinguished Professor、12年から現職。02-07年科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業(ERATO)「山本環境応答プロジェクト」研究総括。