インタビュー

第1回「一人一人に合った医療目指し」(山本雅之 氏 / 東北大学 東北メディカル・メガバンク機構長)

2012.12.18

山本雅之 氏 / 東北大学 東北メディカル・メガバンク機構長

「未来型医療を被災地から」

山本雅之 氏
山本雅之 氏

増える一方の長期療養者や国民医療費に対して、有効な手が打てず、治療薬や予防法の開発でも、先行する欧米に太刀打ちできない―。日本学術会議が8月に公表した提言「ヒト生命情報統合研究の拠点構築―国民の健康の礎となる大規模コホート研究」には、日本の医療の現状に対する危機意識が強く出ている。国内の学術研究だけでなく産業界にも大きなイノベーションをもたらす方策の一つとして提言されているのが、100万人規模のゲノムコホート研究だ。この先遣部隊として期待される15万人を対象とするコホート研究が、東日本大震災の被災地、宮城県と岩手県で始まる。研究を指揮する山本雅之・東北大学東北メディカル・メガバンク機構長に、世界でも最先端を走るという3世代コホートをはじめ、機構の新しい取り組みについて聞いた。

―まず、「東北メディカル・メガバンク機構」ができた経緯と目的を伺います。

きっかけは、昨年3月の東日本大震災です。この災害から立ち直り、創造的な復興を成し遂げるために東北大学が提案したのが「東北メディカル・メガバンク事業」です。東北地方は大震災の前から、医療過疎が叫ばれていた地域です。医療施設を立て直し、医療過疎を解決することにとどまらず、東北地方が日本のライフ・イノベーションの新規中心拠点になるという目標を掲げました。

未来型の地域医療モデルをつくりあげる基盤事業として取り組むのが、大規模なコホートを基にしたバイオバンクの構築であり、高度専門人材の育成です。

―日本学術会議があえて提言を出すことからも推測できるように、大規模コホート調査というのは、それ自体簡単にはできないことかと思います。英国などに比べ遅れているといわれるこの分野で、どのような特徴を出そうとされておられるのか、それがどういう意義があるのか伺います。

患者(疾患)コホートについては、日本でも他の先進諸国と競って進んでいると思います。私どもがやろうとしているのは「前向きコホート」といわれており、健常者に参加してもらうのが特徴です。患者・疾患コホートと違って病院に来る人が対象ではないため、調査が難しいのが特徴です。ただ、ヒトに特徴的な生命現象を確かめていくためには、ヒトを集団でとらえていく、こうした方法が有力な手段です。ネズミやウサギ、サルといった動物を使った実験では絶対に分からないことがあるからです。さらに、ゲノムを調べないコホート事業、例えば、食塩をたくさん摂取すると高血圧になりやすいことを裏付けるといったコホート事業は、これまでもたくさんありました。東北大学はこうしたコホート事業のメッカでした。そこに遺伝子の解析や、生体機能分子を多角的・統合的に解析する「オミックス解析」を組み合わせるゲノムコホートが、新しい世界的潮流となっていて、それに今回取り組むわけです。東北メディカル・メガバンク事業では、コホート事業で得られる生体試料などを安全に保管し、診療・健康情報と解析情報とを合わせてデータベース化して、バイオバンクを構築します。ここに集められた個人のゲノム情報と解析結果を比較することで、病気の正確な診断や薬の副作用の低減、将来なりやすい病気のリスク予測などを可能にする次世代医療を実現することが狙いです。創薬研究やゲノム医療に向けた基盤を形成することも、併せて目指しています。

―コホート事業に参加する宮城県の人々は、どのような協力をして、どのような恩恵が得られるのでしょうか。

最初に詳細な検査を行い、その後は年に1回、紙面による追跡調査をさせていただきます。まだ案の段階ですが、4年後に再度詳細な検査をさせていただこうと考えております。私たちの目標は、遺伝情報を基に一人一人に合った医療が受けられ、病気の予防ができ、健康長寿をまっとうできるようにすることにあります。一人一人に合った医療は、ある時100パーセントできるというものではなく、徐々にそちらの方向に向いていくことですが、2016年あたりから、こうした個別化医療に乗り出していきたいと考えております。

―個別化医療で、一番効果が期待できる病気にはどういうものがあるのでしょう。

子供の病気は、比較的早く結果が見えてきますので、アトピー性皮膚炎、自閉症、小児ぜんそくなどが候補かと思います。前向きコホートというのは、現在は健康な方が対象ですから、ある個人に着目すれば、その方が今後どんな病気になるのかの予測は簡単にはできません。ですから本来、仮説がない調査です。とはいえ、集団で考えれば、「東日本大震災の影響で、どういう病気が増えてくるか」ということはある程度は予測可能ですから、そのように、今後増えてくることが予想される病気の患者さんたちへの対応にも力を入れたい、と考えております。実際に、被害を受けた方々に成人病、生活習慣病の発症が増えている現実があります。それとアルコール依存症やうつ病になってしまった方々もおられます。

(続く)

山本雅之 氏
(やまもと まさゆき)
山本雅之 氏
(やまもと まさゆき)

群馬県みなかみ町生まれ。渋川高校卒。1979年東北大学医学部卒、83年東北大学大学院医学研究科 修了、医学博士。米ノースウエスタン大学博士研究員、東北大学医学部講師、筑波大学先端学際領域研究センター教授を経て、2007年 東北大学医学系研究科教授。08年東北大学副学長、 大学院医学系研究科長・医学部長、10年東北大学Distinguished Professor、12年から現職。02-07年科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業(ERATO)「山本環境応答プロジェクト」研究総括。

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