インタビュー

第1回「大震災が若者に与えた影響」(内田由紀子 氏 / 京都大学 こころの未来研究センター 准教授)

2012.07.02

内田由紀子 氏 / 京都大学 こころの未来研究センター 准教授

「幸福度とは」

内田由紀子 氏

「国連持続可能な開発会議(リオ+20)」(6月20-23日)の宣言に、「幸福度」指標を盛り込もうとした日本政府の思惑は功を奏しなかった、と報じられている。国内総生産(GDP)といった経済成長の度合いだけではない物差しで幸福度を捉える考えには、まだ多くの国の指導者たちが同調できないということだろう。東日本大震災を機に幸福とは何かを考えた人も多いと思われる。心理学者として幸福感に関心を持ち続けてきた内田由紀子・京都大学こころの未来研究センター准教授に、日本人の幸福感の変化や、豊かさの指標の変化とその背後にある価値観の転換などについて聞いた。

―先生は、2010年12月に内閣府経済社会総合研究所に設けられた「幸福度に関する研究会」の委員もされておられますね。翌年3月に起きた東日本大震災は、この研究会の議論あるいは先生ご自身の研究にも大きな影響を及ぼしたと想像しますが。

特に経済が発展途上にある国では、1人当たりの国内総生産(GDP)といった経済成長の度合いを示す経済指標が、国民の幸福感と関連していると考えられて います。精神的な満足よりも、まずは目に見える物的豊かさが必要になる、ということでしょう。しかし、ある程度の物質的な豊かさが満たされた後には、それ だけでは幸福は得られません。私は、以前から日本文化における幸福とは一体どういうものなのか、ということに関心をもってきました。個人主義化が進む中 で、今までのような日本では駄目、もっと欧米からのグローバリゼーションに応じたシステムを身に付けなければならない、という要請が非常に強くなっていま した。そうした中で、日本人の幸福感は一体どうなっていくのかというところに関心があったわけです。そんな折に、日本の幸福度を考える内閣府の委員会が立 ち上がり、私も参加させていただくことになりました。委員会では各国の幸福度調査に関する動きを踏まえたうえで、日本の幸福度をどのように測定するのかと いう議論が始まりました。ちょうどその時に、東日本大震災が起きたのです。

幸福を考える、というのは未来に向かうポジティブなメッセージです。しかし大震災後の日本がどうなるのかという時に、幸福について語ることが本当にできる のだろうか、と私自身立ち止まってしまいました。政府も混乱した状態にありましたし、内閣府の「幸福度に関する研究会」も、これから本格的な議論を、とい うところで一時会議が開かれない状態になりました。

一方、私たちは内閣府の幸福度指標にまつわる先行調査として、若年層に対する幸福度調査を実施していたところでした。震災前の2010年12月に 20-30代の若者2万人を対象に、幸福感や仕事に対する満足度などさまざまなことを尋ねた大がかりな調査でした。これはパネル調査と言って同じ人に2回 答えていただく設計になっていて、2010年12月と翌11年3月に、同じ人を対象に調査を行う計画だったのですが、その3月に地震が起きてしまいました。

被災地の人々は精神的にも生活的にも、とても調査にお答えいただける状況にはありません。そこで3月の調査は東北地方を対象から外しました。その上で、震 災が起こったことで日本の若者に考え方に変化があったかどうか、何を大事に思うようになったか、幸福感が変化したかどうかといった質問を加えて調査内容を 設計し直し、震災後2-3週間後に被災地以外の調査を実施しました。人々は幸せというのをどのように考えているのか。それを知ることが日本の復興に向けて の福音になり得るのではないか、という視点で調査結果の分析を始めました。

調査項目の1つは「あなたの幸福感は今何点ですか」と尋ねて、0点から10点までの間で点数を付けてもらうものです。もともと日本人の幸福感は平均5点か6点ぐらいになります。全体で見ると、若者の幸福感には震災前後で特に変化は見られませんでした。

その後もう少し詳しく分析してみました。実は震災後の幸福感について回答してもらった時には「あなたは自分の幸福感について評定した時に、震災について何 か思い浮かべましたか」という質問項目を入れていました。震災直後だったのですが、「思い浮かべた」と答えた人は、何割くらいいたと思いますか?

―意外に少なかったということでしょうか。

これを多いと見るか少ないと見るかは、人により見方が違うと思いますが、実際のところ震災を思い浮かべたのは「約半分」でした。そこでそれぞれのグループ の人たち(震災について考えた人たちとそうでない人たち)が震災前にどのような幸福感を持っていたかを比べてみました。興味深いことに、2つのグループで は、震災前の幸福感にも既に差があったのです。「震災について考えた」と答えた人たちは、そうでない人たちと比べて、震災前の時点で「結構幸せだ」と答えた人が多くいました。これにはおそらく、キャパ シティ(余裕)が関わっていると思います。自分がある程度幸せだという人は、被災地について思いをはせることができます。一方、自分の生活で手いっぱいと いう若者もおり、こういう人たちはほかの人のことを考える余裕がない傾向にあったのかもしれません。さらに、震災について考えた人たちは、幸福感が震災後に少しだけ上昇する傾向にあったのです。自分の家族や置かれた環境を見直して、私はもう十分幸せだと 感じ、震災前とは幸福の基準が多少なりとも変わったのではないかなと思われます。これに対しもともと不幸せだと感じていて、震災について考えなかった人た ちは、震災後にも幸福感に変化がみられませんでした。

(続く)

内田由紀子 氏
(うちだ ゆきこ)
内田由紀子 氏
(うちだ ゆきこ)

内田由紀子(うちだ ゆきこ) 氏のプロフィール
兵庫県宝塚市生まれ。広島女学院高校卒。1998年京都大学教育学部卒(教育心理学専攻)、2000年京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程修了、 03年同博士課程修了、博士号取得(人間・環境学)。日本学術振興会特別研究員PD、ミシガン大学客員研究員、スタンフォード大学客員研究員、甲子園大学 専任講師を経て、08年京都大学こころの未来研究センター助教、11年から現職。研究領域は、社会心理学、文化心理学、特に幸福感や対人関係の比 較文化研究。10年から内閣府の「幸福度に関する研究会」委員。

関連記事

ページトップへ