インタビュー

第2回「大事な失敗例の共有」(上 昌広 氏 / 東京大学医科学研究所 特任教授)

2012.05.10

上 昌広 氏 / 東京大学医科学研究所 特任教授

「縁 - 被災地復興の起動力」

上 昌広 氏
上 昌広 氏

福島原発事故で居住地から強制避難させられた人々の苦難を伝える報道が続いている。一方、住み慣れた地から逃れることを善しとしなかった、あるいは避難したくてもできなかった人々が多い地域の支援活動を震災直後から続けている人々の姿は、詳しく伝えられていない。心ある人たちといち早くネットワークを構築し、福島原発1号機の隣接地で地域と一体となった復旧、復興活動をけん引する上 昌広・東京大学医科学研究所特任教授(医療ガバナンス学会 MRICメールマガジン編集長)に、これまでの活動と復旧・復興活動で最も大事なことは何かを聞いた。

―南相馬市、相馬市での支援活動はどのようなものだったのでしょうか。

福島県の通称「浜通り」と呼ばれる地域は、県庁のある福島市などと山地で隔てられており、文化圏も異なります。福島市などに住む多くの人々も土地勘がありません。南相馬市、相馬市は鎌倉時代以来、相馬氏が北の伊達氏などと対抗してこの地を治めて来た歴史を持ちます。南相馬市だけで震災、津波の犠牲者は636人にも上りますが、南相馬市、相馬市とも、重要な施設は国道6号線の山側の高い場所にあり、地震後も日常生活に大変な支障を来すという状態ではなかったのです。東京ではなかなか報じられなかったのですが、この地域が一番困ったことは非常勤の医師が来なくなり、多くの医師がいなくなったため、「避難できなかった患者たちを診る医師がいない」ということでした。ある老健施設の女医は自分にも子どもがいるのに、母親に子どもを預けて、10日間も帰宅せずにホームで働き続けるといった状態でした。

もともと社会的インフラが弱いところですから、ボトルネックは専門家の数なのです。若い医師が個人の立場で支援に行くのがよいと考え、「プロなのだから自己判断で」と、地震直後につくったメーリングリストなども活用し、どんどんと送り込みました。私自身も地震後に現地に入りましたが、東京大学医科学研究所や都立病院の若い医師たちが行ってくれました。そもそもこういう場合、大学の“大教授”や公立病院の部長などに来てもらっても現地は困るだけです。少ない人手を割いて、案内したりしなければなりませんから。こういう偉い人に限って、偉そうなコメントを書いたりしますが…。

とにかく何をするにしても、地域の人々の支持がないと駄目です。若い医師に会っただけで「元気になった」というおばあさんもいました。「孫と会っているような気がして」というわけです。東大医科研の大学院生である坪倉正治医師などは、月曜日から木曜まで現地で活動し、金曜、土曜は帰京して医科研で診療に当たるという生活をずっと続けています。坪倉医師くらいの年齢が一番よく、現地のおばさんたちにも可愛いがられています。現地で必要とされているのは、放射線障害への対処ではなく、むしろ腹痛や頭痛といった日常的な診療行為なのです。県からは「協力したい」という声が市町村に寄せられますが、記録を残す、データを得るための協力は見苦しいだけ。私たちは医師ですから、住民のための診療が一番と考えています。若い医師にとっては、研究のよいフィールドであるのももちろんですが。

―現地の活動で特に力を入れられたことを伺います。

南相馬市の桜井勝延市長も、相馬市の立谷秀清市長も「普通の生活ができるような状態に戻したい」というのが一番の狙いですから、市民に対する放射能の影響が「長期にわたってどうなるか」が最も知りたいことなのです。内部被ばく、外部被ばく量がどの程度か、ということです。政府も二次補正予算で福島県に800億円を付けました。国が直接、関わる地域は日本原子力研究開発機構と放射線医学総合研究所に依託し、残りは福島県立医大が担当することになっています。しかし、福島県立医大の発表の仕方では不十分です。詳細な点が伏せられています。われわれも実は8-9月まで、データがなく何も言えませんでした。内部被ばく量を正確に測ることに関して失敗例を共有することで、ようやく可能になったことなのです。当初は皆、やり方が分かりませんでした。これまで内部被ばく量を測るのが必要なケースとしては、2つのパターンがあります。原子力発電所作業員を対象にする場合がその1つですが、これは環境が放射能汚染されているような場所で測ることを想定していません。今回のように外部の放射線量が高いと、内部被ばくの量を区別して測定することが難しいのです。

もう1つのパターンが今回のケースにあてはまるもので、「ホールボディカウンター(WBC)」と呼ばれる検査装置が、東海村JCO臨界事故(1999年)の後、全国に30台配置されました。ところが1度も使ったことがなく、部品の取り替えもしていなかった装置がほとんどで、うまく動きません。さらにソフトにバグがあるのを、東京大学理学部の早野龍五教授が見つけました。こうした「うまくいかなかった」という情報は、多くの人が共有しなければならないのです。

このような試行錯誤を経た結果、外部の影響を遮蔽できる装置が必要で、それは軍関係の仕事をしている企業が得意とするところだと気付きました。フランスの原子力企業「アレバ」の子会社「キャンベラ社」の装置が良いと分かり、南相馬市の医師会長である高橋亨平医師が中心となって動き、最終的に南相馬市が買うことにしました。実はこうした動きに対しても県は、さまざまな形で、南相馬市立総合病院に「余計なことをするな」と言ってきました。データを「一例 5,000円払うから、渡せ」と言ってきた福島県の役人までいます。もちろん、現場の医師ははねつけましたが、あきれ果てました。結局、早野龍五教授と地元医師会が奔走して9月から本格的な計測を始めることができました。

―結果は、どうだったのでしょうか。

9月26日から12月27日までの間に、南相馬市立総合病院で計測したセシウム137の体内放射能量検査結果は、中学生以下ですと、体重1キログラム当たり50ベクレル以上の人はゼロでした。高校生以上、成人でも0.34%です。さらに中学生以下で62.35%、中学生以上の成人で59.05%が検出限界以下でした。これは非常に低い値です。もう1つ重要なことは、「時間経過とともに、セシウムが検出される人の割合が下がってきている」ということです。今年1月の検査結果では、小児の約95%、大人の約80%が検出限界以下となりました。これは南相馬市の人々にとって、とてもうれしい結果だったのです。

(続く)

上 昌広 氏
(かみ まさひろ)
上 昌広 氏
(かみ まさひろ)

上 昌広(かみ まさひろ)氏のプロフィール
兵庫県出身。灘高校卒。1993年東京大学医学部医学科卒、99年東京大学大学院医学系研究科修了、虎の門病院血液科医員。2001年国立がんセンター中央病院薬物療法部医員、05年に東京医科学研究所に異動。現在、先端医療社会コミュニケーションシステム 社会連携研究部門特任教授として、医療ガバナンス研究を主宰。

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