インタビュー

第2回「医療の質向上は情報の共有から」(三谷昌平 氏 / 東京女子医科大学 統合医科学研究所長)

2011.09.12

三谷昌平 氏 / 東京女子医科大学 統合医科学研究所長

「統合医科学の定着目指し」

三谷昌平 氏
三谷昌平 氏

少子高齢化に伴い、健康法や医療に関心のある人が増えている。一方で、受け皿の医療の現場から聞こえてくるのは、恒常的な医師不足など医療従事者の疲弊や医療システム崩壊の懸念といった芳しくない声が多い。臨床医が日常の診療行為で手いっぱいという現実を裏付けるように、臨床医の研究論文数がめっきり減っている事実も指摘されている。外来、入院患者が多いことで知られる東京女子医科大学に昨年4月、基礎医学、臨床医学の統合により新しい予防、診断、治療法の開発を目標とする統合医科学研究所が開設された。同研究所が目指すものは何かを、三谷昌平所長に聞いた。

―具体的に例えばどういう科の方が、どういう解析を依頼してきて、それをフィードバックすることによって実際の治療などにどのような効果が期待でき、あるいは既に出ているのでしょうか。

検体は学内のいろいろな科から来ます。糖尿病、先天性神経疾患、がんなどさまざまです。非常に多い例は、ある検体を取り出してきてシーケンシングをすると、今まで知られていなかった変異が見つかったという発見につながります。次世代シーケンサー解析では、女子医大に限らず特定のエラーが一定の頻度で入ってしまうのです。方法論として、短いDNA配列がヒトゲノムの標準配列のどこに相当するか(同じ配列)を探して、同時に配列の一部の変異を検出するという難しい処理を行うためです。そこで、得られた変異候補座位の配列を従来のシーケンス法で読んでエラーをふるい分けます。正誤がはっきりしたデータを情報解析の専門家に戻すとヒトゲノムの標準配列との照合の仕方が向上するのです。こうしたことを繰り返すことにより、病気に関係ある遺伝子の変異かどうかが、はっきりするわけです。

検体は患者さんからのものに限りません。特定のノックアウトマウスでどういう遺伝子発現量の変化が起こっているかについてもきれいなデータが出ます。従来のマイクロアレー法より優れていると考えられます。従来の基礎研究、臨床研究の枠を超えたいろいろな方がサンプルを扱うことで、方法論を共有し、特に共同研究ということでなくても大学全体に一体感が生まれます。親しく話ができるような機会が増え、情報を共有することで研究の質も上がっていると思います。

―ある病気の関連遺伝子が見つかったというようなニュースはよくありますが、既にがんになっている人の遺伝子に変異が見つかっても、その人の病気を治すということはできませんね。

それは現時点ではまだ難しいと思います。患者さんから検体をお預かりする時には、ご本人にすぐ見返りがあるというよりは、次世代の方の診断・治療技術の開発に役立てたいということでお願いしています。それは女子医大だけではなく、多分医学界全体が、同じ考え方で検体の提供をお願いしているはずです。もちろん遺伝子診断によってすぐに治療法に影響が出るような研究法も進んではいます。例えば薬剤の副作用がどの遺伝子型で出やすいかといった研究成果は「この遺伝子のこの型の場合は、この薬じゃなくてこちらがよい」といった実際の応用を既にどんどん進めていただいております。

病気に関連した遺伝子を見つけることは患者さんが多い女子医大ではもちろん大切なことです。それに加えて「国際統合医科学インスティテュート(IREIIMS)」事業から引き続き目指していることは繰り返しになりますが、診療している医師とスタッフの間でどれくらいうまくノウハウを共有して、正確な診断などに役立てることができ、さらには女子医大全体の診療の質を上げ、教育システムの向上につなげられるか、ということです。

医療の世界は、だれかが最先端の研究をしてそれで終わりということではありません。その研究成果をうまく使えば的確に診断ができるかどうかという判断ができる医師がいて、初めて質の高い医療ができます。もちろん世界に先駆けてこの病気の疾患感受性遺伝子を見つけたという研究成果も大事ですが、それをやることは、その一つの遺伝子を見つけることだけが目的ではありません。遺伝子医療やよく言われるテーラーメード医療のノウハウを身につけた医師、コ・メディカル(医師以外の医療従事者)が学内で育ちやすい環境をつくることがさらに重要です。女子医大で教育を受けた方、診療や教鞭(きょうべん9をとっておられる方々が、いいものを吸収、共有することで医療の質を上げるということを目指すべきでしょう。それがIREIIMSから学んできたことだと思っております。

―先ほど情報の専門家の役割についてお話しされましたが、それは最近よく聞かれるバイオインフォマティクスのことでしょうか。

バイオインフォマティクスというのは非常に広いいろいろなものを含んでいまして、例えば統合医科学研究所の中で次世代シーケンサーのデータをどう処理するかもバイオインフォマティクスの一つです。それは塩基配列を見て、これが変異か変異ではないか、一般的によく知られている多型だけれども病気とは関係なさそうだ、といったことを見分けるのも大事なバイオインフォマティクスです。IREIIMSでずっと患者さんのデータベースをつくっていましたが、それの使い方によっては非常に診療などに役に立つものなのです。

それから、われわれ統合医科学研究所自体は、割と診療に近いところをやっていますが、私は女子医大の基礎の教室も兼任していますので、そちらの側から見ると、例えば遺伝子情報というのは、人間だけじゃなくいろいろな生物で共有されているものなのです。そういうものを扱うときに使うのが、やはりバイオインフォマティクスです。例えば配列が似た遺伝子があって、それがどんなことをしているのかということも非常に重要な情報です。人間の病気を理解するために、必ずしも人間そのものでなくてマウスの場合もあります。

私は、基礎医学教室の研究室の方では、線虫というもっとシンプルな生き物を使っていますが、それらの情報が人間を理解するのに大変、重要な情報になることがよく分かっています。

生物の特定の種ではなくて、その垣根を越えたいろいろな情報を総合して扱うのもバイオインフォマティクスの非常に重要な役割の一つと言えます。

(続く)

三谷昌平 氏
(みたに しょうへい)
三谷昌平 氏
(みたに しょうへい)

三谷昌平(みたに しょうへい) 氏のプロフィール
鳥取県立鳥取西高校卒。1984年東京大学医学部卒、88年東京大学大学院医学研究科博士課程修了。医学博士。東京大学医学部助手、日本学術振興会海外特別研究員、東京女子医科大学講師、同助教授などを経て、2007年東京女子医科大学第二生理学教室教授、10年から統合医科学研究所長兼任。専門は分子遺伝学、ゲノム機能学。特に線虫および哺乳類細胞を用いた多細胞生物の遺伝子機能解析で国内外に知られる。

関連記事

ページトップへ