インタビュー

第3回「海外展開する気ない通信業界」(夏野 剛 氏 / 慶應義塾大学 特別招聘教授)

2010.09.22

夏野 剛 氏 / 慶應義塾大学 特別招聘教授

「脱ガラパゴス化への道」

夏野 剛 氏
夏野 剛 氏

このまま思い切った手を打たないとリストラする原資すらなくなる―。IT(情報技術)社会のけん引役となるべき電機メーカー、通信、コンテンツ業界に対し、NPO法人ブロードバンド・アソシエーションの研究会が厳しい注文「超ガラパゴス研究会 通信業界への提言」 を突きつけた。「ものづくり国」という日本の基本戦略にも転換を迫るなど、根底にある危機意識は大きい。提言をまとめた「IT国際競争力研究会」(超ガラパゴス研究会)の委員長で、携帯電話サービス「iモード」の産みの親としても知られる夏野 剛・慶應義塾大学 特別招聘教授にIT業界の現状と進むべき道を聞いた。

―日本の電機メーカーは1社で多くのことに手を出しすぎ、取り繕うだけの合併しかしていないということですが、事業見直し・再編でうまくいっている例というのはないのでしょうか。

この2年でまた状況は悪くなりましたね。とにかく小手先の同業者同士で合併して、とりあえず取り繕ったり、潤ったりしても、全然海外との競争力は一向に向上してないですから駄目なのです。うまくいった例としては、半導体のエルピーダメモリくらいです。日立とNECさらに三菱電機が半導体部門を出してつくったわけですよね。成功したのは外部から経営者を招へいしたからです。坂本幸雄さんという方は、半導体業界の中枢で育った人ではありません。この人が上から変えたのです。それによって何とか今でも世界有数の半導体メーカーとして生き残ったわけです。それぞれのメーカーで分散してやっていたら駄目だ、ということです。

―エルピーダメモリは、それぞれの社の経営陣がそれなりに危機感を持ってやったのでできたということなのでしょうか。

いえ、国内の半導体産業がぼろぼろになったために、経産省が主導したと言われています。どうしたらいいかイメージが浮かばなかったら外部から人を採ってきた方がいいのです。外国人でもいいし、とにかく外で実績のある人です。10年前と同じことを今でもしている人は基本的に内部昇格で幹部にしてはいけないのです。もうあらゆることが変わったのですから。

―とはいえ、現実的にはミスがあるわけでもない幹部を首にできないのではないでしょうか。

置いていてもいいのです。ただ、ほかの人を連れてきて、どんどん責任ある位置に据えるべきです。実績のある人間と実績のない人間をきちんと分ける。外からでも実績のある人間を採ってきて、トップに据えればよいのです。

―ソニーは海外からトップを呼びましたが、うまくいっているのでしょうか。

5年後に結果が出ると思います。中の議論を聞いていますと、本当にソニーは変わりつつあると感じます。多分、10年後には企業のステータスはだいぶ変わっているはずです。

―マーケティングのようなことは国内の年配経営者にはなかなか難しいということですか。

いや、そんなことないでしょう。年齢は関係ないと思いますよ。実績のある方を採って、3年たっても実績が上がらず駄目だめだったら辞めてもらえばいいのです。プロの経営者というのは一つの企業にしがみつくようなことはしませんから。

―通信業界についてはいかがでしょう。

同じですね。通信業界も国内だけで食っていくのか、海外も本気でやるのかを決めなければいけないです。国内だけで食べていくというのであれば、通信機を核にしていかに多角化を進めるかしか生き残り、成長する道はないのです。例えば外国の電話機を入れてきて、シェア争いするという話はもはや重要ではありません。もう飽和状態なわけですから。新しいビジネスとして何をやっているのか、どれぐらいの規模になったのかで勝負しなきゃいけない時代なはずです。もし国内でやって行くと決めたのならですね。

もし海外も含めて通信業の拡大で生きるのであれば、もうマジョリティ買収しか道はないです。マイノリティ買収は全く海外展開をしていることになりませんから、売り上げを連結できないのです。利益だけの連結です。ところが海外のマジョリティ買収なんて日本の通信会社はどこもやっていません。

でも、欧州は違います。Vodafoneなんて英国の売り上げよりも英国以外の売り上げの方がよっぽど大きいです。それが普通です。その結果、世界の標準になってしまいました。テレフォニカというスペインの通信会社は南米の会社を買いまくって、同じブランドでやっています。テレコム・イタリア・モビデス(TIM)という会社も同じ。フランスのオレンジも世界中の通信企業を買収して、通信業をフランス以外の国にも横展開することをやっています。ドイツのTモバイルも、米国で企業を買収し、事業をやっています。すべてマジョリティ買収です。100%買収に近い形です。それが当たり前になっているのです。

横に行くのか、それとも縦に行くのか。つまり、世界の通信業という業でマーケットを広げていくのか、通信業以外の多角化をすることで国内の1人のユーザーさんからの売り上げを高くあげるか。このどちらかをしなければいけないのですが、どちらも中途半端なのが今の通信業界です。

―やろうとはしているのですか。海外展開を。

マジョリティ展開しているところが1社もないということは、やっていないに等しいです。

―小さいのは少しずつやっているということですか。

あれは簡単なのです。賭けにならないから、遊びでしょう。実際に本体に影響を与えるような額ではないのです。本人たちは、本気ではやっていると言うかもしれませんけれど、ビジネスとして見たときにはやっていないとしか言いようがありません。厳しいですけど、本当にそうなのです。

(続く)

夏野 剛 氏
(なつの たけし)
夏野 剛 氏
(なつの たけし)

夏野 剛(なつの たけし) 氏のプロフィール
東京都立井草高校卒。1988年早稲田大学政治経済学部経済学科卒、95年米ペンシルベニア大学経営大学院ウォートンスクール卒(経営学修士)。88年東京ガス入社、97年(株)エヌ・ティ・ティ・ドコモに誘われ、iモードの基本コンセプトを示す。ゲートウェイビジネス部メディアディレクター、ゲートウェイビジネス部コンテンツ企画担当部長、iモード企画部長を経て、2005年執行役員マルチメディアサービス部長、08年5月慶應義塾大学政策メディア研究科 特別招聘教授、同年12月(株)ドワンゴ取締役に就任。その他複数社の社内外取締役、アドバイザーを務める。01年5月米国ビジネスウィーク誌「世界eビジネスリーダー25人」、同年8月同誌「アジアのリーダー50人」に選出された。02年5月「ウォートン・インフォシスビジネス改革大賞(Wharton Infosys Business Transformation Award)」Technology Change Leader 賞受賞。主な著書に「i モード・ストラテジー~世界はなぜ追いつけないか」(日経BP社)、「ケータイの未来」(ダイヤモンド社)

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