ハイライト

1キロでも長く、1駅でも多く インドの地下鉄建設を陣頭指揮

2019.12.16

阿部玲子 氏 / オリエンタルコンサルタンツ インド現地法人 取締役会長

阿部玲子 氏
阿部玲子 氏

日本初の女性トンネルエンジニアだが現場に入れず

 インドのメトロで私がどんな仕事をしてきたのか、プロジェクトが現在どう進んでいるかを紹介するプレゼンを用意してきました。「マダム、これが俺たちのメトロだ」というタイトルにしたのは訳があります。ある日曜日、バンガロール(注:インド第5の都市)で庶民の足であるオートリキシャに乗ってショッピングに出かけたら、メトロ工事で大渋滞。ドライバーは「マダム、これが俺たちのメトロだ」と語り、メトロができることを誇りに思っていました。現地の方に誇りを持ってもらうことが今の私のモチベーションになっており、仕事の原点と言えます。

 私は日本で初の女性トンネルエンジニアですが、日本では山の神が嫉妬して崩れるとして一切現場に入れませんでした。エンジニアなのに大きなハンデです。そんな私を受け入れてくれたのがノルウェーでした。現地の工科大学に留学し、ノルウェーのトンネルに入って経験を積み、その経験で台湾の新幹線建設に携わりました。台湾の山にも日本と同じ言い伝えがありましたが、「ノルウェーの山が受け入れてくれたのだから、台湾も受け入れるはずだ」と主張して無理やり乗り込みました。

 インドに移ると、デリーとバンガロールを経てアーメダバードでトップのプロジェクトマネジャーになりました。上の方から「女性がプロジェクトマネジャーをやったことがない。できるはずがない」と相当な反対に遭いましたが、7〜8年の仕事を通じて同僚や仕事仲間が「大丈夫だ。マダムはできる。ここでだって」と応援してくれました。最後に力が余って「She looks like a woman」は余計でしたけど(笑)。

タイトルを前に講演する阿部玲子氏
タイトルを前に講演する阿部玲子氏

「東京を超えた」デリーのメトロ

 弊社オリエンタルコンサルタンツは海外専門で、140カ国に展開。次にマーケットが伸びるだろう国に現地法人を立ち上げて運営しています。インドで日本の資金が入っているメトロは、デリー、アーメダバード、バンガロール、ムンバイ、チェンナイ、コルカタの6都市。これらはすべて日本の円借款の事業です。1500kmの高速鉄道事業も円借款。日本の新幹線プロジェクトが、アーメダバードとムンバイ間の約500kmで始まります。もう少しで詳細設計が終わり、実際の工事がスタートします。何年か後には日本と同じ新幹線がインドで乗れるようになるので、みなさんぜひ来てください。

講演する阿部玲子氏
講演する阿部玲子氏

 次はインドにおけるプロジェクトマネジメントです。この中でインドに行ったことがある方は?結構多いですね(注:全体の2割ぐらい)。みなさんが思うデリーはオールドとニューの2つの街が重なっています。典型的なオールドの都心は人がたくさんいて、ここで明日から仕事をしなさいと言われたら、みなさんゾッとするでしょう。ここにはすでに地下鉄は走っています。ニューは緑が多く、オールドに比べるときれい。2車線ロードもサービスロードもあります。こういうところで仕事をするのは土木エンジニアとしてあまり難しくありません。

 メトロの工事とは、日本では地下鉄ですが、海外では6〜7割が地上を走り、残りが地下。なぜなら地下工事の建設コストが高いからです。お金を節約しようと思うとなるべく地上に作りたいというのが本音です。デリーメトロの総延長は約482kmで、1日約260万人が利用しています。総延長は東京の301kmを超えています。

 インドの人たちは「俺たちは東京を超えた」と言って、ジャカルタやダッカの地下鉄のアドバイザーになっています。われわれはコンペティターを育てていることになりますが、コンサルタントはプロジェクトが完成したら終わりではなく、その国から「要らない」と言われたときに初めて仕事が終わりになります。

公社の仕事をすべて請け負う

 インドでは日本のように凝った工事はしません。駅の構造も非常に単純です。なるべく線路を長く延ばし、たくさんの駅を作るのが目的だからです。インドで初めて自動改札を設けたときには大パニックが起きました。入り方が分からなかったからです。お金を払ったのにゲートが閉まっている——侮辱されたと思った乗客がゲートを壊してしまいました。

 笑える話ですが、コンサルタントとしては大きなミスです。初めて自動改札を導入するというのに対策をとりませんでした。例えば開通前にテレビでCMを流すなり、改札口に人を置いて説明したりすればよかったのです。それを怠ったゆえにパニックになりました。これは我々の反省点でもあり、後々の教訓に残すことにしました。

 インドでメトロの地下駅を作るとき、日本のような鉄板の屋根はつけません。「そんな金があるなら、1キロでも長く、1駅でも多く作れ」と言われます。インドはメトロ公社を作りましたが、彼らには運営の経験がありません。われわれがクライアントに代わってすべての仕事、つまり調査、設計、入札書類の作成と評価、施工管理、運営補助に至るまですべて請け負いました。

講演する阿部玲子氏
講演する阿部玲子氏

「ノープロブレム」は必ずビッグプロブレム

 1つの建設プロジェクトで200〜300人のエンジニアを雇います。始まったら採用し、終わったら全員解雇というやり方。国際コンサルタントとしてはさまざまな民族・文化の人々が集まるので、インターフェースが一番大事です。市民が立ち入らないよう、インドの工事現場に初めてバリケードを作り、ヘルメットや作業着を徹底させました。地下ケーブルを切らずに避けるような工法も提案しました。

 インドではよく「ノープロブレム」と言うが、これは必ずビッグプロブレムを意味します。工事用クレーンが倒れたときも、現場のチーフの報告は「マダム、ノープロブレム」でした(笑)。夜中に水道管破裂で道路が陥没したときも、「マダム、ノープロブレム」(笑)。作業員がクレーンをエレベーター代わりにして地下と地上を行き来したのをとがめると「マダム、次からは人数を減らすよ」。いや定員オーバーが問題じゃないんですが(笑)。

 私の名刺を作らせたら、「ABE」が「ABC」になっていました。印刷業者には「AとBの次はCだろ、おまえの名前が間違っている」と言われました(笑)。道路に穴を開けた報告書でチーフに是正処置を求めると「I will do it」、予防措置は「Believe me」と書かれています。最高の報告書です(笑)。さて、エンジニアは最後には言わせてもらう言葉があります。「Thank you and safety first」。サンキュー・ベリーマッチ。

(サイエンスポータル編集部 池辺豊)

阿部玲子 氏

阿部玲子 氏プロフィール
1989年 神戸大学大学院工学研究科修士課程修了。同年 鴻池組に入社。95年 ノルウェー工科大学(現・ノルウェー科学技術大学)大学院に留学。台湾高速鉄道(台湾新幹線)トンネル工事を担当後、2004年にパシフィック・コンサルタンツ・インターナショナルに入社。07年からインドに駐在し、首都ニューデリーなどの地下鉄建設工事に従事。会社の事業譲渡に伴い、08年からオリエンタル・コンサルタンツ・グローバルに所属。14年 山口大学大学院から博士号を取得。博士(工学)。

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