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医療と介護の関係明確に(日本記者クラブ主催 記者会見(2008年11月21日)から)(吉川 洋 氏 / 社会保障国民会議 座長、東京大学大学院 教授)

2008.12.08

吉川 洋 氏 / 社会保障国民会議 座長、東京大学大学院 教授

日本記者クラブ主催 記者会見(2008年11月21日)から

社会保障国民会議 座長、東京大学大学院 教授 吉川 洋 氏
吉川 洋 氏

 社会保障国民会議は、社会保障のあるべき姿と財源問題を含む今後の改革の方向について、国民の目で議論する場として福田首相の下に1月に設置された。3つの分科会を含め31回の会議を重ね、11月4日に最終報告をまとめた。この中であるべき医療制度を実現するのにいくらかかるかというシミュレーションを行った。

 医療制度は、実にさまざまな問題を抱えている。残念なことだが、むしろ日本人全員が問題の所在を知らない人がないほど問題を起こしてしまっている。最近も脳出血を起こした妊婦の方がなくなるなど、さまざまな不幸なことが起き、医療崩壊という言葉が使われるほど深刻な事態となっている。

 現在の問題は一言で言えば複合的だと思う。いろいろな原因、局面がある。例えば地域の病院に若い医師がいなくなってしまっている。これは数年前に行われた研修医制度の改定が、悪い意味で非常に大きく寄与している。若い医師の地域的なローテーションは、それぞれの大学の付属病院、医学部の医局が担っていたのが、自由になった。方向としては間違っていないが、やったとたんに大学、病院の若い医師がいなくなり、大学、病院が動かなくなってしまった。若い医師に戻って来いということになり、地域の若い医師がいなくなってしまった。準備不足で、手順が間違っていた。

 それから特定の診療科の医師が不足するという問題が起きている。産科、小児科、麻酔科のほか、全体として外科もどんどん減っている。これは配分の問題だから、全体で医師の数が足りていても起こる問題だ。特定の科が不足している一つの原因に、医師と患者の関係がある。一昔前は、医師と患者の関係はほぼ一方的で、医師の世界で起きていることに患者がクレームをつけることは難しかった。最近は、だんだん振り子が振れて、やや逆方向に振れている。極端な場合、モンスター患者という言葉が使われるようになっている。

 拠点病院で外科部長をしている親しい人に聞いた話だが、難しい手術をやると必ずしも患者や患者の家族が望んでいたようなハッピーな結果ばかりにはならない。医師の努力にもかかわらず理想的な状態にならないと、お前のせいだといわれる。ネクタイをつかまれるようなことが、自分も経験があると言っていた。極端な場合は訴訟にまでなっているのは、よく知られるとおりだ。

 要するに、医療関係のトラブルをどのようなルールで処理するのか、私たちの社会は最終的な解を見いだしていないのではないか。模索している中で多くの医師がとまどっているのではないか。もちろん医療関係者の中でけしからんことしている人もいるかもしれないが,それはどんな世界にでもあること。ややわれわれは医師に対する感謝の念を忘れているのではないかと思う。医師と患者の間でトラブルが生じたときの明確なルールが成熟した形で確立していないことが、医療制度に影を落としていることは事実だと思う。

 多面的な医療の問題を一つ一つ解決していく一方で、長期的に医療制度をどう改革していくかという大きな問題については、医療と介護の関係を明確にするということがあると思う。病院は急性期の病気を治すところと位置づけ、患者のためにも入院は短い方がよい。リハビリは介護の施設、病院とは違った施設でやるということが一つの改革の方向としてあるのではないか。社会保障国民会議の最終報告では、医療と介護のすみわけを柱の一つとして入れている。

 今回の医療・介護費用に関するシミュレーションでは、中間報告で指摘されている現行制度のさまざまな構造問題について、サービスの充実と効率化を同時に実施する改革を行い「医療・介護サービスのあるべき姿」を実現した場合の医療・介護費用について、大胆な仮定をおいて試算を行った。医療の機能分化を進めるとともに急性期医療を中心に人的・物的資源を集中投入し、できるだけ入院費を減らして早期の家庭復帰、社会復帰を実現する。同時に在宅医療、在宅介護を大幅に充実させ、地域での包括的なケアシステムを構築することにより利用者、患者の生活の質の向上を目指す。シミュレーションの背景にある哲学はこのようなものだ。

 病床数を抑えて、入院期間を短くするのだから患者本人にとってみればよい一方で、医療スタッフを増やすことになるから、結局、改革をするとお金は少しかかることになる。コスト削減でないのはなぜかと言われれば、充実した医療にはその分コストもかかるということだ。

社会保障国民会議 座長、東京大学大学院 教授 吉川 洋 氏
吉川 洋 氏
(よしかわ ひろし)

吉川 洋(よしかわ ひろし)氏のプロフィール
1974年東京大学経済学部卒、78年米イェール大学大学院博士課程修了、大阪大学社会経済研究所助教授、東京大学経済学部助教授、同教授を経て、96年から東京大学大学院経済研究科教授、2008年1月社会保障国民会議座長。01-06年に続き08年10月から再び経済財政諮問会議民間議員。著書に「現代マクロ経済学」(創文社)、「転換期の日本経済」(岩波書店)、「高度成長--日本を変えた6000日」(読売新聞社)など。

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