産総研「安全科学研究部門」設立記念講演会(2008年9月11日、産業技術総合研究所 主催)講演から

4月1日に、産業技術総合研究所内に安全科学研究部門が設立された。契約の人も含め全体で130人、うちドクターを持っている人が70人くらいという組織だ。平成20年度の予算は10億円をちょっと切り、半分くらいが交付金となっている。
安全科学研究部門の設立はまさに時代の要請にこたえたものだと感じている。まず事故の急増と安全管理への強い要求が大きい。第2は世界的に最大の政策課題となっている温暖化問題と地球環境の問題がある。3番目には燃料や資源、エネルギー資源が逼迫(ひっぱく)していることが大きい。
第4に、政策を進める上で、なぜこのような政策をとるのかという意思決定過程の透明性と説明力が求められているという実態がある。評価の必要性が非常に大きくなっているということだ。ちょっと前なら例えば発がん性だけを問題にすればよかったが、複数の影響を調べることが必要になっている。これら複数の要因はお互いに関係し合って往々にしてトレードオフの関係にある。ソリューションを求めるためには、どうしてもそれぞれの定量的な評価が必要だ。
さらに産業の競争力という点で、ことに新しい技術を国際市場に出していくためには、どうしても評価が必要という状況があって、私どもの研究部門がつくられたと理解している。
新しい研究部門は、3月末までに存在した3つの研究ユニットを統合し、他のユニットからの研究者も加えて発足した。これら3つの研究ユニットである化学物質リスク管理研究センター、爆発・安全研究コア、ライフサイクルアセスメント研究センターにとってもウイングを広げていく必要があった。
化学物質リスク管理研究センターにおいては、リスクというのはどちらかというとローカルなものだが、その中に地球的な視点とライフサイクルという長い視点で考えるということがどうしても必要になっていた。また、爆発・安全研究コアにとっては、非常に極端な爆発だけでなく、家庭の中の事故のようなものが非常に増えている。この方面の研究も伸ばす必要が出てきた。より人間的な視点が求められるという要求が出てきたと思っている。ライフサイクルアセスメント研究センターも、ツールが開発されたのでより具体的な政策提言を出すという独自性を求められており、そのためには化学物質リスク管理研究センターとのタイアップなしには、独自性が出せないのではないかと考えていたところだ。
このようなそれぞれの内的な要求と外的な要求とがあって、安全科学研究部門というものができたと理解している。
これからやらなければならないこととしては4つ考えている。1つはこれまでの研究の継続と進化だ。安全については第3期科学技術基本計画でも重要な課題とされており、産総研がその一翼を担っていくということだ。第2はそれぞれの安全性、持続性を追求していくと実は矛盾してしまうトレードオフの問題がある。それらをいかに調節・統合し、「管理原則」を出していけるかに取り組むことが課題と考えている。3番目は、さまざまなエネルギーあるいは温暖化対策で新しい技術が必要とされているが、新しい技術を出すためには必ず評価が必要だ。新技術の評価に積極的に取り組みたい。4つ目は持続可能社会の構築のためにはガバナンス研究が必要だ。人間的、社会的、組織的な問題に取り組んでいきたい。

(なかにし じゅんこ)
中西準子(なかにし じゅんこ)氏のプロフィール
1961年横浜国立大学工学部工業化学科卒、67年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了、東京大学工学部都市工学科助手、90年東京大学環境安全センター助教授、93年同教授、95年横浜国立大学大学院環境情報研究院教授、2001年産業技術総合研究所・化学物質リスク管理研究センターの初代センター長、08年から現職。一貫して環境問題に積極的に取り組み、汚水処理、下水道計画から環境リスク管理、リスク評価と研究領域は広い。「都市の再生と下水道」(日本評論社)、「飲み水があぶない」(岩波書店)、「環境リスク論」(岩波書店)、「環境リスク学-不安の海の羅針盤」(日本評論社)など著書多数。