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教育の質と公平性の向上目指し(アンヘル・グリア 氏 / 経済協力開発機構(OECD) 事務総長)

2007.12.07

アンヘル・グリア 氏 / 経済協力開発機構(OECD) 事務総長

記者会見(2007年12月4日、日本記者クラブ)スピーチから

経済協力開発機構(OECD) 事務総長 アンヘル・グリア 氏
アンヘル・グリア 氏

 学習到達度調査(PISA)は、各国の教育システムが明日の世界のための若者をどれだけ育成できているのかを測るものである。

 調査は単に各国の順位を調べるものではなく、他の国の生徒と比べることで各国の相対的長所と短所がわかる。日本が良い例である。科学的証拠を用いる能力、つまり知識を再現し、証拠を解釈することにより、結論を導き、その基礎となる論拠を特定する能力の評価では、日本の生徒はきわめて良い成績を収めている。それとは対照的に、科学的な疑問を認識すること、つまり科学的に探ることができる問題を認識し、科学的探求に必要な要素を見つけ出すという課題では、日本の生徒は苦労している。つまり、日本の生徒は、初めて出会う状況で、知識を応用する必要がある場合、困難に直面するということである。

 これは重要な点である。なぜなら、もし生徒が単に科学的知識を記憶し、その知識とスキルを再現することだけを学習しているのだとすれば、彼らは将来の労働市場に出たときに必要とされるスキルを身につけていないからだ。

 2003年の重点分野だった数学では、日本は今回の2006年調査でも523点という高い成績を維持した。女子の成績が低く、全体の成績をやや引き下げはしたが。読解力では、2003年と全般的には変わらない成績だったが、平均得点は498点で、科学・数学に比べると大きく下回る。日本の15歳生徒にとり、文章情報を取得し、処理し、統合し、評価することが、最大の課題と思われる(編集者注:点数は各分野ともOECD平均が500となるよう調整後の数値)。

 PISA2006年調査では、科学に対する生徒の姿勢についても調査した。なぜこれが重要なのだろうか?過去100年間に科学技術はめざましい成果を上げてきたが、科学的なチャレンジはまだ多くのこっている。これらのチャレンジを乗り越えていくために、各国政府は科学的構造基盤への重点的な投資を行い、質の高い人々を科学に関連した職業に引き付けることが必要となる。と同時に、科学的試みに対する広く一般大衆の支持と、すべての国民が科学を生活の中で使いこなす能力を確保する必要がある。だからこそ、人々の科学への姿勢は大変重要な役目を担っている。

 日本の15歳生徒は、他の多くのOECD加盟国ほどではないにしても、科学の価値を認める姿勢がかなり強いことがわかった。しかし、他の国の生徒ほど、科学が自分の人生に機会を与えてくれると考えておらず、自分の将来という観点から科学を学ぼうとする動機づけが弱い。30歳の時点で自分が科学に関係する仕事に就いていると予測する日本の生徒はわずか8%で(OECD平均は25%)、これはOECD諸国の中で最も少ない割合である。もう一つの重要な点として、日本の15歳生徒はPISA調査のテストでは成績が良かったにもかかわらず、自らの科学的能力に対する自信は、OECD加盟国の中で一番低かった。

 科学と環境という面でも同様の結論を得た。日本の15歳生徒は環境問題のほとんどに関し、認識の度合いがOECD平均よりも低く、彼らは現在われわれが直面している環境問題の深刻さを十分に把握していないのではないかと思われる。また、科学の知識が少ない生徒ほど、環境問題との取り組みに成功するという楽観意識を持つ傾向がみられる。

 高い教育効果はつねに経済的支出と関係していると言う人がいるかもしれない。確かにPISA調査の結果は、生徒1人あたりの国別教育支出と明らかな関連を示している。しかしこの関係はそれほど単純なものではない。例えば、フィンランド、ニュージーランド、韓国、日本、オーストラリア、オランダが中程度の支出額で高得点をあげている一方で、米国とノルウェーは支出額では最高レベルであるにもかかわらず、得点はOECD平均を下回っている。またPISA 調査の結果は、OECD加盟国の教育支出が2000年から2006年の間に実質ベースで39%上昇しているにもかかわらず、同じ期間の生徒の得点は総じて横ばいであることも明らかにしている。

 つまり、教育に対する支出は重要であるものの、それだけでは教育水準の引き上げには不十分であることが分かる。支出と同様に重要となるのは、教育資源がどれだけ公平に配分・投資されているかということである。PISA調査は、教師の十分な確保や校内の教育資源の質などが成績向上に関連することを明らかにしているが、しかしより重要な点は、必ずしも資源に関係していない教育政策や実践が数多くあるということだ。

 ここでは教育システムにおける選抜・階層化、学校の自律性、学校の説明責任の3つに注目したい。なぜならこれらは各国の教育政策の議論のなかで特によく取り上げられるからである。

 教育課程の早い時期で生徒を選別し、学校に振り分けることは、質を高めず、公平性を損なうだけであることを分析結果は示している。すなわち、中等教育の初期段階で生徒を振り分ける制度においては、15 歳の時点で、平均以上に生徒の成績が彼らの社会経済的背景に影響を受けることになる。それにもかかわらず、全体の教育水準の向上という観点からは何ら効果が見られない。

 第二の点として、学校の自律性が挙げられる。PISA 調査で見られた質の高い教育制度のもう1 つの特徴は、現場に責任委譲していることだ。つまり学校に現場のニーズに柔軟に対応することを奨励し、学校の責任説明をより重視していることである。PISA 調査は、学校に責任を多く課している国の場合、総じてより良い成果を出す傾向にあることを示唆している。

 第三の点として、学校の説明責任(アカウンタビリティー)があげられる。広く議論されている問題は、生徒の成績情報を保護者および一般にどの程度どのように公表すべきか、ということである。PISA調査から明らかになったことは、成績を公表している学校の生徒は高い成績を示す傾向があるという点だ。多くの国々でこのような関係性が観測されたということは、外部からの教育水準に対する監視が生み出す推進力は、学校と教師個人に主に依存して教育水準を維持しようとするよりも、学習達成度に真の違いをもたらすことを示唆している。

 注目に値する点は、教育の質と公平性に最も密接に関連しているのは、優秀な教師の配分などの限りある物的資源ではないということである。むしろ生徒が教室で費やす時間や学校が学業成績に対して持つ説明責任の程度といった、学校および教育制度の運営方法が密接に関連している要因である。こうしたメリットを1人の生徒に与えることは、別の生徒を犠牲にすることではないことは明白だ。この点がPISA 調査の重要な結論である。高い教育水準、公平性、教育水準の一貫性は達成可能な政策目標であることを、ここであらためて強調したい。

 結論として私が言いたいのは、教育政策はわれわれの子供たちを成功に導く基礎を与えるものでなくてならない、ということだ。成功に導く学習経験は学校、家庭、その他どこでも起こり得る。それを正しく行うためには、システムがどのように動いているのかに関して深く理解する必要がある。PISA 調査は今手元にある成果を高めるためのツールの一つであり、それは政策立案者だけのためのものではなく、子供たちにより良い教育を与えようと努力するわれわれすべてにとってのツールでもある。しかし、同時に、それを正しく行うためには 必要なときに、正しい措置をとり改革を推し進める勇気も必要だ。

経済協力開発機構(OECD) 事務総長 アンヘル・グリア 氏
アンヘル・グリア 氏
(Angel Gurria)

アンヘル・グリア(Angel Gurria)氏のプロフィール
1950年メキシコ生まれ、メキシコ国立自治大学を卒業、英国リーズ大学修士課程(経済学)修了、メキシコ財務省勤務などを経て、92年メキシコ輸出入銀行総裁兼CEO、93年メキシコ国立開発銀行総裁兼CEO、94年外務相、98~2000年財務金融相、2006年から現職。

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