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農業は地球の環境悪化の緩和に重要な役割を果たす

農業科学の第一人者でフランス農学・獣医学・林学研究院 アグリニウム会長のマリオン・ギュー 氏

掲載日:2018年3月28日

ノーベル・プライズ・ダイアログ東京2018(3月11日)から

足りないのは主食ではなく栄養

マリオン・ギュー氏
マリオン・ギュー氏

地球上の全ての人を平均すると十分な食料がある計算になりますが、実際には8億人の食料が不足しています(飢餓状態にあります)。さらに(食料が不足している多くの人は)食の多様性を享受できないために栄養(の摂取不足)の問題もあります。つまり食の問題は量の問題だけではないのです。(単純に)100億人の食を確保するというのではなく、持続可能な栄養を供給するべきです。量が十分にあるのに行き渡らないのは、紛争など、さまざまな問題によって物理的に食料を届けることができなくなっているからです。また、経済的な問題もあります。食料が買えない人たちがいるのです。やはり平等に食にアクセスできるようにするということが大切です。

(栄養に関して言えば、)現在、食料に含まれる微量栄養素(ビタミンやミネラルなど)が少なくなっています。栄養の問題はあらゆる政策に影響します。発育不良が世界中の全ての大陸で起きています。糖や脂質は安価で入手できても野菜が買えない状態の地域やお店自体がない地域もあります。また、糖や脂質があまりにも多く使われているファストフードしか売っていない地域もあります。ですから栄養の問題というのは、一つのセクターに限ったものではありません。(この問題に対応するためには例えば)テレビのマーケティング、教育なども含めて包括的に政策を考えなければなりません。「食べる」ことは(元来)個人の意思決定の問題です。ところが、例えばテレビコマーシャルに影響されて食べてしまう、あるいはお皿が大きいと食べ過ぎてしまうといったように「文化」にも影響されます。住んでいる場所での食料価格、購買力といった要因、さらに例えば、学校の中に自動販売機があって砂糖がたくさん入った甘い飲料が売られている、といった個々の多くの要因によって食は影響されます。このようなこと全てが栄養(不足)に関わっています。

パネルディスカッションで農業科学の観点から意見を述べるマリオン・ギュー氏(左から2番目)
パネルディスカッションで農業科学の観点から意見を述べるマリオン・ギュー氏(左から2番目)

良い土壌は作物を育てると共に気候変動の緩和にもつながる

農作物について話します。食料に含まれる微量栄養素が少なくなっています。生態系の機能をうまく使い、水の循環や(有機物による)炭素循環をうまく使って作物をもっと多様化する必要があります。その技術は既に私たちの手の中にありますが、問題はこれをどうやって農家の人と一緒に進めていくかです。それはそれぞれの土地、地域でやらなくてはなりません。全ての土地で使える安全な解決策というのはありません。ですから、その土地に合った対応策を考えなければなりません。これから10年(何をするか)が重要です。

もうひとつ強調したいのは土壌の機能です。1グラムの土壌に1000億の細菌が含まれています。ご存知でしたか。それだけの数の細菌がいる。そのため食物を生産できる植物が育つのです。つまり土壌は生きています。また、土壌には炭素を吸収する能力があり、良い土壌を作るためには炭素、つまり有機物が必要です。土中の炭素蓄積量は大気中の2倍もありますが、現時点では土中の炭素量は減ってきています。土地を耕すことで炭素が大気に放出されるからです。ですからもう一度、炭素の吸収源である土壌を涵養(かんよう)しなくてはなりません。土壌の温度や湿度などの(データをとるなどして)土壌の能力を維持するために、いろいろな努力をしています。それは、気候変動を緩和するための努力でもあります。

例えば塩害、炭素含有量の低下など、世界中で土壌に関する問題が増えています。こういった問題にどのように対応したらいいかについては、解決策は一つではありません。解決策は土壌の性質や天候によっても異なります。ブラジル、フランスには小規模ですが農耕法を変えることによって土地改良をした良い例があります。例えば炭素の投入量を増やして残さ物をそのまま土壌に残すと、その栄養分が土壌に溶け込みます。土壌の地力が上がればより多くの微生物がすめるようになります。すると水の保水力も上がります。炭素の取り込みは気候変動の緩和にもつながります。

食に深く関わる水

食と水の問題への取り組みについては4つの要素がありました。一つは水の量です。大量の食料を作るためにはそれだけ多くの水が必要です。二つ目は水の質です。やはり水質が食品の質に大きく関わってきます。三つ目は水へのアクセスです。特に女性が水汲みをすることが多い国では、遠く離れた水源まで歩いて行かなくてはなりません。アクセスが悪いと子育てや食事の準備などに十分な時間を割くことができなくなります。四つ目は水の安定性です。水が安定して供給されなければ食の生産もうまくいきません。また特に食料の生産時期に水が足りないと大問題です。つまりこれら四つの要素、量、質、アクセス、安定性の観点で見ると食と水は密接に関係していることが分かります。

水と食料は大きな違いがあります。その一つが価格です。水は無料という国もありますし、水の利用がとても安く設定されている国もあります。そのような国の人々は水の貴重さを理解していません。ですから水に値段を付けることで水は重要で必要なものだと認識させることも大切だと思います。

農業には(人工的に水を引く)かんがい農業と(降った雨に頼る)天水農業とがあります。かんがい農業は我々が組織化して効率を上げなければいけません。例えば1年の一時期だけをかんがい農業にして、水が豊富にある時期は天水農業にすることもできるでしょう。このような技術を使って問題を解決することができると思います。天水農業に関しては体系的な思考が必要です。(具体的には水のない時期のために)水を貯蔵するべきか、木を植えて保水するのが良いか、あるいは斜面で水が流出しないように溝を掘るのが良いかなど、その場所によって水の利用を最適化する方法を考えなければなりません。もちろん遺伝子工学を使うこともできます。つまり、あまり大量の水を必要としないような作物を選びます。さらに水が豊富にある季節さえ水が供給されればいい作物もあります。作物の発育段階で最も水を必要とする時期を品種改良によって、水が豊富にある時期に合わせることも可能です。解決策は一つだけではありません。水を巡る多くの問題は政治的ですし、組織論の問題でもあります。農業、産業、そして一般市民との間でどのようにして水を共有するのかという政治的な問題が最も重要なのかもしれません。

(「科学と社会」推進部 早野富美)

マリオン・ギュー氏

マリオン・ギュー(Marion Guillou)氏プロフィール
フランス国立農業研究所(INRA)にてCEO(2000-2004)、CEO兼会長(2004-2012)を歴任し、農業、食料、環境分野の横断的研究プログラムに注力。現在はフランスの公的研究機関であるフランス農学・獣医学・林学研究院 アグリニウム会長を務めると共に、国内外の委員会およびフランス技術アカデミーのメンバーとして活躍。

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