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即実践!科学の魅力の伝え方「気持ちの流れを意識して」―NIMS広報室長の小林隆司さんの講演から

「科学と社会」推進部 関本一樹

掲載日:2018年10月26日

「このスプーン、ユリ・ゲラーでも曲げられなかったスプーンなんですよ」

この説明に、学生の手を渡るテンポが、途端にスローになる。今まさに学生の「気持ちの流れ」に変化が起きた。小林さんの「伝える技術」の神髄だ。

今回、科学の魅力を伝えるためのヒントを紹介したい。

好調なNIMSの広報活動をけん引

物質・材料研究機構(NIMS)の広報活動が好調だ。4年間で8倍 ―― 一般向けに研究室などを公開するイベント「一般公開」は、来場者数が飛躍的に増えている。NIMSは、最終製品として表に出ることが少なく、地味な印象を持たれがちな「材料」の研究開発を担う研究機関だ。にも係らず、「YouTube」のチャンネル登録者数は7万人を突破した。

この好調をけん引しているのは、広報室長の小林隆司さん。NHKで映像ディレクターを務めた経験を生かし、NIMSの広報活動に革命を起こしている。その実績が評価され、平成29年度には文部科学大臣表彰(理解増進部門)を受賞した人物だ。地味なイメージを跳ね返し、材料が持つ魅力をあますことなく伝えている。

科学の魅力を伝える第一人者である小林さんの講演を取材した。この講演は、北海道大学人材育成本部が、博士課程のキャリアパスを多様化する目的で、毎週様々な専門家を招いて行うプログラム「キャリアマネジメントセミナー」の一つだ。

科学は、社会課題を解決するための強力な武器だ。だが、その魅力を伝えるのは容易ではない。その証拠に、「サイエンスカフェ」が毎日のように行われるようになった今でも、社会の中で科学に対する理解は十分とは言えない。学生たちにもその問題意識があるのだろう。会場の北海道大学工学部オープンホールは300人ほどの学生で埋め尽くされ、意識・関心の高さがうかがえた。

科学が社会で正しく理解され、有効に活用されていくためには、意識的かつ効果的な「伝え方」が必要だ。ここでは、学生たちと同じ問題意識を抱える読者に向け、小林さんが披露した「伝え方」の一端を紹介したい。

NIMS広報室長の小林隆司さん
NIMS広報室長の小林隆司さん
いずれもNIMS広報室長の小林隆司さん

「気持ちの流れ」を意識した3つのテクニック

「写真と映像の決定的な違いとは?」小林さんが会場に質問を投げ掛けた。学生からはさまざまな意見が出たが、みなどこか自信がなさそうだ。

「決定的な違い」とは、時間軸がもたらす「気持ちの流れ」の有無だという。映像をつくる際、小林さんは論理性以上に心理、すなわち「気持ちの流れ」を意識しているそうだ。

「気持ちの流れ」を意識した「伝え方」のほとんどは映像に限ったものではなく、あらゆるコミュニケーションに共通する有効な手段だという。小林さんは、その「伝え方」を大きな武器として、テレビ業界やNIMSに大きなインパクトを与えてきた。この日の講演では、過去に制作した映像を用いながら、「伝え方」を養う上で重要な3つのテクニックをレクチャーした。

学生で埋め尽くされた講演会場の様子
学生で埋め尽くされた講演会場の様子

テクニック1「逆算」

スプーンの話に戻る。小林さんが学生たちに渡したスプーンは、一見何の変哲もない。そのためか学生たちは大した関心も示さず、矢継ぎ早にスプーンをリレーしていた。そこで冒頭の小林さんの一言(「このスプーン、ユリ・ゲラーでも曲げられなかったスプーンなんですよ」)。ユリ・ゲラー(※)が曲げることができなかったスプーンとは、金属洋食器の生産が盛んな新潟県燕市で作られた高価な製品だった。そんな説明を聞いた学生たちは突然、スプーンをひっくり返したり、その重さを意識したりして、行動に変化が起きた。興味深いのは、当の学生たちは小林さんに指摘されるまで、自分たちの変化にまるで気付いていないことだ。

科学にも同じことが言えるだろう。どんなに優れた技術でも、関心のない人から理解を得るのは難しい。まずは「知りたい」と思う気持ちをつくってあげることが肝要だと小林さん。

人は不思議なもので、知りたい気持ちがピークに達していれば、多少難しい話でも無意識に聞き入ることができるという。最も伝えたいことを確実に伝えるために話を組み立てていくテクニックが「逆算」だ。

※ユリ・ゲラー…スプーン曲げパフォーマンスで一世を風靡した超能力者。あるテレビ番組で燕市産のスプーン曲げに挑戦。これまで曲げられなかったスプーンはなかったというユリ・ゲラーだったが、挑戦に失敗し、話題となった。

テクニック2「キーワード発見」

伝える側は、少しでも多くの魅力や情報を伝えようとしてしまうものだ。だが小林さんは、あまたある情報を極限まで絞り込み、「本質(=キーワード)」を発見する必要性を強調した。同時に、本質を伝えることだけに全力を注ぐべきと説く。

PRやプレゼンテーションは、解説とは根本的に異なる。受け手には、関心のない人や予備知識を持たない人も含まれる。むしろ大多数かもしれない。そうなると、伝えることのできる情報も限られてしまう。

小林さんは苦労話も交えながら、極限まで絞り込んだキーワードだけで勝負した若手時代の作品を披露した。お昼に全国各地から中継放送する情報番組の、15秒間の告知映像だ。ここで発せられた言葉は、驚くことにたったの2つ。「放送時間帯は昼時」と「今週の中継は横浜から」についてだけだった。極端に少ない情報量にあぜんとしたが、確かにキーワードだけは確実にインプットされた。実際に、告知映像の効果で番組の視聴率も大きく上がったという。欲張ることなく、本質だけを確実に伝える重要性を体感した瞬間だった。

テクニック3「塗り絵方式」

3つ目のテクニックは「塗り絵方式」。塗り絵をするとき、ていねいに仕上げるために縁取りから取り掛かる人も多いと思う。同様に、まず物事の外枠、つまり概略説明が重要という考え方だ。ある認知科学の専門家は「人は会話において、まず頭の中に器を作る」と表現するそうだ。概略すらつかめていないうちに詳細の説明に入られると、受け手は理解に窮してしまう。

小林さんはシマウマを例に、次のように説明した。「シマウマを見たことがない人は、いきなり縞模様のアップを見せられたとしても、何の話をされているのか全くわからないだろう。言うまでもなく、まずはシマウマの全身を見せるべきだ」。ところが、小林さんがNIMSに着任した当時は、例えれば「縞模様のアップ」から話を始めてしまう研究者が多く、とても驚いたという。関心や予備知識を持たない受け手に対し、いきなり核心から説明を始めることのないよう、心掛けたい。

実習:伝わりやすくレポートする

ここで実習が行われた。3つのテクニックを駆使し、例示された6つのセンテンスを、テレビ局のニュース担当ディレクターになったつもりで並び替え、ニュースのストーリーを組むというもの。受け手の気持ちをもっとも動かすことのできる「伝え方」を探るのが目的だ。ポイントとなるセンテンスをどう扱うかによって、ストーリーが大きく変わることを、参加者たちは体験した。

小林さんは、伝え方を学ぶ意欲のある集団から声をかけられれば、可能な限り足を運び、勉強会を開催しているという。どのような変化が起きたかは、実際に勉強会に参加して体験することをお勧めしたい。

日々、自らの「気持ちの流れ」を意識することで、「伝え方」を培う

最後に小林さんは「科学の2つの価値」に触れてこう結んだ。

「1つ目の価値は「研究成果そのもの」。知らなくても、いずれ享受されるものだ」

「2つ目は「人を感動させる力」。その価値は、誰かが積極的に伝えていかないといけない。学生の皆さんにはそれを担い、次世代をいざなって欲しい」

小林さんが科学の魅力を伝えるために培ってきたテクニックは、ここで紹介した3つのテクニックに止まるものではない。また、テクニックを知ったからといって、伝える力が一朝一夕で上達するものでもない。それでも、日々の生活において自分の「気持ちの流れ」が変化した瞬間を感じ取り、それが何に起因したのか、徹底的に振り返る。そうしたことを続けていくと、次第に素養が身に付くという。バラエティー番組でも、ドラマでも、街中のポスターでも良い。そうして培った「伝え方」をもって、科学の魅力を伝えていって欲しいと、小林さんは心から願っている。

(「科学と社会」推進部 関本一樹)

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