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暗号技術とゲノム編集の3博士に日本国際賞-授賞式と記念講演会

サイエンスポータル編集部

掲載日:2017年5月10日

世界の科学技術分野で独創的な成果を上げ、人類の平和と繁栄に貢献した科学者に贈られる日本国際賞の2017年の授賞式が4月19日、天皇、皇后両陛下も出席されて東京都千代田区の国立劇場で、翌日の20日には記念講演会が東京大学伊藤国際学術研究センター(東京都文京区)でそれぞれ開かれた。

日本国際賞は、理学分野の授賞対象を「物理学」「化学」「医学生理学」に限っているノーベル賞と異なり、科学技術者全般に授賞対象を広げている。今年の授賞者は暗号技術を開発したワイツマン科学研究所(イスラエル)のアディ・シャミア教授と、ゲノム(全遺伝情報)を狙い通りに改変できるゲノム編集技術を開発したマックス・プランク感染生物学研究所(ドイツ)のエマニュエル・シャルパンティエ所長、米カリフォルニア大学バークリー校のジェニファー・ダウドナ教授の3人。

写真1 天皇、皇后両陛下も出席(右側)されて行われた日本国際賞の2017年授賞式。中央は顕彰事業主体の国際科学技術財団の吉川弘之会長(中央右側)と握手するシャミア氏(中央左側)(4月19日、国立劇場)(国際科学技術財団撮影・提供)
写真1 天皇、皇后両陛下も出席(右側)されて行われた日本国際賞の2017年授賞式。中央は顕彰事業主体の国際科学技術財団の吉川弘之会長(中央右側)と握手するシャミア氏(中央左側)(4月19日、国立劇場)(国際科学技術財団撮影・提供)
写真2 授賞式であいさつするシャミア氏(国際科学技術財団撮影・提供)
写真2 授賞式であいさつするシャミア氏(国際科学技術財団撮影・提供)
写真3 授賞式であいさつするシャルパンティエ氏(国際科学技術財団撮影・提供)
写真3 授賞式であいさつするシャルパンティエ氏(国際科学技術財団撮影・提供)
写真4 授賞式であいさつするダウドナ氏(国際科学技術財団撮影・提供)
写真4 授賞式であいさつするダウドナ氏(国際科学技術財団撮影・提供)

シャミア氏の授賞理由は「先導的暗号研究による情報セキュリティへの貢献」で、高度な安全性が期待され、現在インターネットなどで活用されている「RSA暗号技術」を開発した。シャルパンティエ氏とダウドナ氏の授賞理由は「CRISPR-Cas(クリスパー・キャス)」によるゲノム編集機構の解明」。「クリスパー・キャス9」と呼ばれる代表的ゲノム編集技術を開発した。この技術は「クリスパー」と呼ばれる分子の働きを利用、「キャス9」と呼ばれる酵素を“はさみ”のように使って狙ったDNA配列部分を切断する仕組みだ。

19日の授賞式式典には、両陛下のほか、学界、財界関係者ら約1,000人が出席して華やかに行われた。受賞したシャミア氏とシャルパンティエ氏、ダウドナ氏の3氏に日本国際賞の顕彰事業を行っている国際科学技術財団の吉川弘之会長から賞状や記念の盾(賞牌)などが贈られ、3氏がそれぞれ受賞の謝辞を述べた。式典に続いて記念演奏会が催され、東京藝術大学シンフォニー・オーケストラによる演奏が披露された。

写真5 授賞式に出席された天皇、皇后両陛下(国際科学技術財団撮影・提供)
写真5 授賞式に出席された天皇、皇后両陛下(国際科学技術財団撮影・提供)

「暗号技術の過去、現在、未来」-個人プライバシー奪われる事態も

20日には受賞3氏による記念講演会が行われた。3氏は講演でそれぞれの授賞理由になった研究内容や研究経緯などを詳しく解説したほか、講演会に合わせて若い研究者へのメッセージを寄せた。

最初に講演した「エレクトロニクス、情報、通信」分野授賞者のシャミア氏は1952年7月6日イスラエル生まれで現在64歳。現職はイスラエル・ワイツマン科学研究所の教授。国際科学技術財団は授賞対象になった同氏の研究業績要旨を以下のように解説している。

「インターネットなどのオープンなデジタルネットワークを利用して、便利な生活が営まれているが、その快適さの背景には、重要な情報が盗まれたり、改ざんされたりすることなく、安全性が保たれているということがある。シャミア博士はその根幹となる種々の提案を行い、表現する方法を次々と開発してきた。デジタルネットワークでの情報は2進数に置き換えられている。博士は、数学的な方法論を駆使して、画期的な『RSA暗号』、安全に情報を保管できる『秘密分散法』、秘匿する情報に触れることなく個人を特定できる『個人識別法』、多くの共通鍵暗号を解読できる汎用的な『差分解読法』など多くの発明、提案を行った。また、暗号を処理するコンピューターなどの消費電力や雑音から暗号を読み解くサイドチャネル攻撃についても、大きな研究成果を上げている」

シャミア氏は「暗号技術の過去、現在、未来」と題して講演した。この中で同氏は暗号が第二次世界大戦で大きな役割を果たしたという歴史的経緯から語り始めた。そして暗号技術はインターネットの時代になった今日、サイバー攻撃対策上、国や政府レベルでも個人のレベルでも極めて重要になっており、暗号学は学術分野としても注目されていることを強調した。

さらに日本の暗号技術研究を評価しながら最近の各国の研究の進展状況を紹介し、「新しい暗号技術が開発されると、それによって既知の暗号システムの安全性が評価され、新しい暗号システムの開発につながっている」などと述べた。また最近では巧妙なマルウェアが次々と登場してサイバー攻撃を受けるリスクが高まっていることを具体的な事例で紹介。そうしたリスクに対する理解は進んだが安全対策は十分ではない現状を指摘した。

最後にシャミア氏は暗号技術が関係する将来を予測。「サイバーセキュリティの将来は今よりも悲惨になる。各国の重要施設が攻撃されるケースは増える」と警告した。また(攻撃されにくい)量子コンピューターの実用化はだいぶ先になる、と指摘した。また国と個人の関係について「今後はどの政府も(対策上)個人の匿名を許さなくするだろう。サイバー犯罪に対するツールが導入されればされるほど個人のプライバシーは奪われてくる」と厳しい将来を予測した。

写真6 受賞の記念講演をするシャミア氏(4月20日、東京大学伊藤国際学術研究センター)
写真6 受賞の記念講演をするシャミア氏(4月20日、東京大学伊藤国際学術研究センター)

遺伝子工学で革命的新技術

続いて「生命科学分野」分野授賞者の2氏の講演に移った。国際科学技術財団による2氏の研究業績要旨は以下の通り。

「シャルパンティエ、ダウドナ両博士によって2012年に発表されたクリスパー・キャス・システムによるゲノム編集は、遺伝子工学の革命的な新技術。生命科学研究の使いやすいツールとして爆発的に広がったほか、育種、創薬、医療などの幅広い分野で応用研究が進んでいる。この技術は、細菌がウイルスなどの感染に対して巧みに防衛する仕組みの解明を通じて誕生した。細菌は侵入したウイルスのDNAを自らのDNAに取り込んで記憶し、再度の感染の際には相手のDNAを認識すると、RNAのガイドによりキャス・タンパク質を誘導してこれを切断し、破壊する。この仕組みを利用して、どんな生物においても目的とするDNAを任意の部位で切断し、削除、置換、挿入など自在な編集を可能にした」

20日の記念講演会では2氏の経歴や2氏の出会いの経緯なども紹介された。それによると、シャルパンティエ氏は1968年12月11日フランス・パリ郊外生まれで現在48歳。子供のころはバレーダンサーを夢見ていた少女だった。勉強では生物が得意でパリの大学では生物を学び、パスツール研究所にて1995年抗生物質の耐性菌研究で博士号を取得。その後米国で細菌学の研究を続け2002年ウイーン大学の細菌学と免疫学部門の助教授に就任。現在ドイツ・マックス・プランク感染生物学研究所所長。

ダウドナ氏は1964年2月19日米国ハワイ州ハワイ島生まれで現在53歳。ハワイの自然の中で育ち中学時代から自然の仕組みへの好奇心を持ち続けていたという。1981年に生物学を学ぶためにカリフォルニアの大学に入学、卒業後ハーバード大学理学大学院に進み、1989年にRNA酵素であるリボザイムの研究で博士号を取得。2002年カリフォルニア大学バークレー校の生化学と分子生物学の教授に就任し、現在に至っている。

1987年当時大阪大学の研究者だった石野良純(いしの よしずみ)氏(現九州大学大学院農学研究院教授)らが大腸菌のDNA内部で奇妙に繰り返される塩基配列の存在を明らかにした。この塩基配列は後にクリスパーと呼ばれるようになるが、その生物学的機能については謎のままだった。ウイーン大学でRNA分子の調整機能を研究していたシャルパンティエ氏はクリスパーに関心を持ち、2009年スウェーデンの大学の助教授になって「化膿連鎖球菌のゲノム内のキャス9という酵素タンパク質と2つのRNA酵素がこの細菌の免疫システムで重要な役割を果たしている」という仮説を立てた。

一方、カリフォルニア大学バークレー校でRNAの役割を研究していたダウドナ氏は、クリスパーと細菌の免疫システムに関する仮説を知り、RNAがこれにどう機能しているか、という研究を続けていた。そして2011年3月に2人はプエリトルコでの国際微生物学会で出会い、意気投合して共同研究を始めた。2012年米科学誌サイエンスに研究成果論文を発表してクリスパー・キャス・システムによるゲノム編集に道を開くことになる。

クリスパー・キャス・システムについてシャルパンティエ氏は「難病解決のため遺伝子治療の研究に生かしてほしい。干ばつに強い農作物の開発を期待している」、ダウドナ氏は「ゲノム編集は未知の部分が多い。ヒト受精卵への応用はまだリスクが高く倫理面での議論が必要だ」など、この「画期的」と言われる技術の健全な利用を求めている。

「クリスパー・キャス・システムは安価で設計が簡単で使いやすく効率的」

記念講演でシャルパンティエ氏はクリスパー・キャス・システム、ゲノム編集の強力なツールになっているクリスパー・キャス9の仕組みなどについてスライドを駆使して詳しく説明した。このツールについては国内の研究によっても紹介、解説されているが開発者自身の説明として貴重な場となった。

同氏は「研究の最初のころは人に細菌がどのように感染するかに関心があったが、細菌が宿主になってウイルスに攻撃されると細菌が細菌の免疫系で防御する仕組みに注目した」と述べ、この細菌の免疫系は日本の研究者(石野良純氏ら)が見つけたことも紹介した。そしてクリスパー・キャス9以前のツールと比べて「安価で設計が簡単で使いやすく効率的だ」「遺伝子の狙ったところを改変できるだけでなく変異を治すこともでき、DNAを修飾することもできるなど柔軟性もある」と述べた。また狙った部分以外の遺伝子に影響してしまう「オフターゲット作用」や狙う部分に正確、確実に到達する「デリバリーの問題」といったゲノム編集に関係する重要課題についても世界で研究が進んでいることを強調した。

写真7 記念講演するシャルパンティエ氏
写真7 記念講演するシャルパンティエ氏

さまざまな可能性と同時に予期せざる脅威の可能性も

続いて登壇したダウドナ氏は、クリスパー・キャス・システムの説明に続いて農産物や医学分野など幅広い応用例を紹介し「信じられないくらいの研究がこの技術で可能になっている」と述べた。同氏はゲノム編集技術に伴う倫理問題についても触れた。「人間社会がこうしたツールを手にしたことでさまざまな可能性が開けているが同時に予期せざる脅威ももたらし得る」とし、「この技術の特徴が生殖細胞のゲノム編集に応用することで次世代に受け継がれることだ」と指摘した。

さらに同氏は「このツールによって人のDNAも変えることができるので遺伝子疾患に対応できるだけでなく、人のさまざまな機能向上につなげることもできる。しかし問題はそうしたことを(やるかどうか)誰が決定するのか、誰が(ツールを)使えるのか、そもそもそれをやるかどうか、という問題が生じる」と述べた。最後に、2015年12月に米国ワシントンで開かれ、ゲノム編集の倫理問題を正面から取り上げた国際会議が開かれてからは世界的に議論が巻き起こっていることを紹介し、「各国での(さまざまな議論を通じて)現在政府や国民に責任のある使用や責任ある規制を促そうとしている」と倫理問題の議論を注視している姿勢を強調して講演を終えた。

写真8 記念講演するダウドナ氏
写真8 記念講演するダウドナ氏

ゲノム編集の画期的ツールを開発した2氏は国際科学技術財団を通じて日本の若い研究者に以下のようなメッセージを寄せ講演に先立った会場で紹介された。

シャルパンティエ氏。

「自分の考えを信じて直観に従い物事を決めつけず、新しいアイデアを受け取り入れる柔軟な態度を持つようにしてください。好奇心、柔軟な態度、そして知識と理解への探求心がクリスパー・キャスの発見につながりました。今回の受賞が、皆さんが好奇心をはぐくみ、感受性を養い、根本的な疑問を持つ上での励みとなることを願っています」

ダウドナ氏。

「科学の本質は発見です。事実を暗記するのではなく、未知なるものを解き明かし、疑問にどのように答えを出すかが肝心です。研究を進める上で偶然のめぐり合わせや観察結果をたどれば興味深い事柄を見出すはずです。他者と協力し合い、発見の喜びを分かち合えることも科学の魅力です。科学は楽しいものですよ」

(サイエンスポータル編集部 内城 喜貴)

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