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「科学と社会の対話」の大切さ確め、共有 JSTが科学コミュニケーションのあり方探るシンポジウム開催

科学技術振興機構 科学コミュニケーションセンター

掲載日:2017年3月22日

「いま科学者の役割を考えるー科学コミュニケーションのあり方」と題したシンポジウムが3月16日、科学技術振興機構(JST)科学コミュニケーションセンター(CSC)が主催して東京都港区内で開かれた。JST特別顧問で東京大学元総長の吉川弘之(よしかわ ひろゆき)氏が基調講演し、続いて同氏を含めた8人の著名な研究者によるパネルディスカッションが行われた。そこでは、それぞれの研究分野で豊かな知見・見識と深い洞察に根差した多様な意見や考え方が示された。意見や考え方の交換は時に熱を帯び、白熱した議論に来場した大学・研究機関の学生、研究者のほか一般企業・行政関係者ら約210人は熱心に耳を傾けていた。約3時間のシンポジウムを通じて、「伝える」「伝わる」ためには「共感」や「共有」がキーワードになり、さまざまな課題を抱える今こそ「科学と社会の対話」が大切であることを登壇者や多くの来場者が確かめ合い、共有したようだった。登壇者の主な発言などを中心に報告する。(詳細はCSCのホームページに後日掲載予定)

未来社会に向けて

JSTは「科学技術の知識や楽しさを『伝える』ことを目的としたコミュニケーションからよりよい社会や生活を『つくる』コミュニケーションへ、取り組みの多様化が必要」(科学技術・学術審議会資料)との考え方から東日本大震災の後の2012年4月にCSCを設立した。CSCはその後、設立前から実施されていた国内最大級の科学イベント「サイエンスアゴラ」の企画、運営や「サイエンスポータル」「サイエンスチャンネル」「サイエンスウインドウ」と名付けた独自の媒体を活用した科学技術情報の発信、さらに科学と社会をつなぐ地域の試みや活動と連携するネットワークの構築など、多様な事業を展開してきた。

その一環としてJST・CSCは、東大総長などを歴任、日本の学術と社会の関係を体系的・統合的に捉え科学界などでの理解浸透をけん引してきた吉川氏が科学界の第一線で活躍する8人の著名な研究者と「科学と社会の対話のあり方」について対談する企画を実施し、対談内容をCSCのホームページで公開してきた。このほど「吉川弘之対談集―科学と社会の対話」〔丸善出版刊〕を出版、出版を機に対談者が一堂に集まり議論するユニークなシンポジウムを企画した。

このシンポジウムは、対談を振り返りつつ、あらためて「未来社会に向けて科学者に求められる社会とのコミュニケーションの今後」について討論するのが目的。企画担当者によると、科学技術を「社会の隅々にまで浸透し、人々の暮らしと絡み合いながら不可分な形で社会を支える一方、時に脅威にもなる」と捉えた上で「科学者が(社会の)どのような声に耳を傾け、語りかけ、社会での存在意義を見出していくのか」「次世代の人たちが豊かな未来を生きていくための新しい科学者像は何か」を登壇者だけでなく来場者もともに探るのが企画の狙いという。

写真1 約210人が来場したシンポジウム会場
写真1 約210人が来場したシンポジウム会場

16日午後3時から始まったシンポジウムのはじめに主催者を代表してJSTの渡辺美代子・副理事・CSCセンター長があいさつ。「CSCができて4年経った約1年前に『科学コミュニケーションとは何か』ということが必ずしも明らかになっていないことに気付いた。同時に科学と社会の関係を最も深く長く考えておられる吉川弘之先生がいらっしゃるではないかということに気付いた」などと対談企画が始まった経緯と意義を説明した。

「どう行動するか考えることがコミュニケーション進める」と吉川氏

続いてJST特別顧問で東京大学元総長の吉川弘之氏が科学コミュニケーションの構造全体を俯瞰(ふかん)する基調講演を行った。吉川氏は「インクルーシブネス(包摂・包括)」という「教える側と教わる側が一緒になって考える」概念を紹介。国連の報告書にある「誰一人も取り残さないで包括的に豊かになる」という考え方を科学に当てはめると「科学の恩恵が世界の隅々にまで行き渡ってすべての人がその恩恵を受けること」になる、と述べた。そして「科学コミュニケーションに関係する科学者と個人、社会との相互関係」や「科学者・専門家の社会的な役割と社会の構造」についての概念図をスクリーンに映しながら分かりやすく解説した。

また対談した8人や8人との対談内容を紹介しながら「それぞれの方は日常的に専門家に情報を流しながら社会を支える機能を持っているが、一般の人々に対して科学とは一体何か、例えば人類学とは何かということについて多くの人々と対話している面もある」などと科学者が社会の中で果たしている役割について解説した。また、スイスの言語学者、フェルディナン・ド・ソシュールの「言語コミュニケーションの進化」理論にも触れながら「今私たちが科学コミュニケーションをやっていることは歴史の中で進化の過程を受け持っていることにもなる」と語った。

さらに吉川氏は地球温暖化の問題について30年近く議論してきた「IPCC(気候変動に関する政府間パネル)」を例に取り上げ、「科学者が一人ではなく科学者の合意として科学者のコミュニティとして温暖化はあるという結論を出した。それにより国連が動いて国際的にエネルギー消費を減らすとか二酸化炭素を減らすということになった」とし、温暖化の問題にコミットする科学者(構成型科学者と観察型科学者)や行政担当者・企業関係者といった行動者、そして社会・地球環境による「情報循環構造」の図を示しながら「この循環が5、6回回ってようやく世界中が温暖化を止めようということになった」と指摘。これも「大きなコミュニケ―ションの流れでこれこそ科学コミュニケ―ションだったと思う」と説明した。

吉川氏は最後に「科学コミュニケーションの場」を「一般の人々とのコミュニケーション」「学会の専門的議論」「異なる専門家の協力」のそれぞれがドーナツ型の構造をつくっている、と独自のスライドを映しながら社会と科学コミュニケーションとの密接な構造とその構造の中の科学者と一般人の位置や関係性について解説した。そして「私たちがこうした構造を意識して自分は一体どこに立っているのか、一体何を行動すればいいのかを考えることが私たちの(科学)コミュニケーションを進めることになるのでないか」と会場に問い掛けた。

写真2 基調講演する吉川弘之氏
写真2 基調講演する吉川弘之氏

伝えたいことが伝わっているか

パネルディッカッションは2部構成で行われた。1部は「伝えたいことは何ですか?伝わっていますか?伝わると社会はどうなりますか?」。2部は「知のループを社会に広げるために」がテーマ。登壇者は対談者8人のうち海外出張中の村山斉(むらやま ひとし)・東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構・機構長を除き、吉川氏を含めた計8人が登壇した。

1部は吉川氏のほか日本学術会議副会長・甲南大学文学部教授の井野瀬久美惠(いのせ くみえ)氏、東京工業大学学長の三島良直(みしま よしなお)氏、東京大学総合研究博物館館長・教授の西野嘉章(にしの よしあき)氏のほかモデレーターとしてJST・CSCセンター長の渡辺氏も登壇した。

井野瀬氏は歴史学者で専門はイギリス近現代史。ジェンダーなど今日的な問題にも造詣が深く、学術会議副会長として学会と社会とのあり方の議論のけん引にも尽力している。

三島氏は材料科学が専門。東京工業大学の精密工学研究所などで研究実績を上げた。2012年から東京工業大学で大学改革の先頭に立ち国内外の研究交流などにも尽力している。

西野氏は日本を代表する美術史学者で、博物館工学、文化財保存科学といった学問分野の確立や進歩にも尽力している。

討論の口火を切った井野瀬氏は「科学者は単独で立っているのではなく、さまざまな関係性の中に位置している。その関係性を考える上で重要なのは複数性だ。複数とは自分も他者も複数あるということであり、科学者もさまざまな自己を持っている」と指摘。さらに人間同士の関係は一方通行でなく何らかの影響を与える「双方向性」が重要との考え方を示した。さらに「科学が社会の中で意味を持ち始めたのはそれほど古いことではない。そういう考え方で今の時代を見ると『ポスト真実』とは何か、『この時代のコミュニケーションとは何か』を考えるヒントになるのではないか」と述べた。

三島氏は現在大学運営を担う立場から科学コミュニケーションができる人材をどう育てるかという視点から発言した。「大学に入って単位を取り、専門知識を身に付けて就職することが(大学に入る)目的ではなく、自分が身に付けたことを生かしてより良い社会をつくるにはどうしたらいいかということを学生は考えてほしい」「そのためには(異なる学問領域を自由に学べる)『リベラルアーツ』の教育が重要だ。学生に多くの人と接してもらいたい。いろいろな話をする機会を学生にどのように与えるかが大学にとって重要だ」。「考える、聞く、話す、そして自分の考えを固めるというプロセスに学生が慣れて自分の専門知識を身に付け社会に出ていくサイクルをつくっていきたい」。

西野氏は、総合研究博物館の運営に関わってきた経験から同博物館には三つの役割があるとし、三つ目として「従来型の発表形式でない方法で科学的知見を社会に向けて公開すること」があると紹介した。また大学の博物館の役割は一般の博物館と異なり「みんなが分かる(レベルに)一般化をしなくてもよい」と指摘し、科学が社会に発するメッセージについて「階層化」の考え方があり、一般向けメッセージ、専門的メッセージの間に立って最先端の科学的知見を一般化する存在(人)も含めた「三角形の構図」の中で科学コミュニケーションをしていくという考え方を示した。

モデレーターのJST渡辺氏から「科学者として専門外の人と対話する時に相手に何を期待しながら話をするか」という問いに対して西野氏は「伝える側(科学者)が聞き手(一般の人)に期待するのは理解してほしいということだ。しかし聞き手は一般的に面白いことを期待する。そこにずれがある」「(博物館の)空間に入った時にどうハートをつかむかが大事だ。(伝える内容が)面白くなくてはいけない」とした上で「押し付け型の科学コミュニケーションは止めた方がいい」と強調した。

渡辺氏が「科学が客観性を求めると面白いところがうまくいかなくなる」との西野氏の指摘をあらためて引用、紹介すると、吉川氏は「科学は客観的なものだ。科学は主観的なものを捨てて客観をつくろうとした歴史があった。現在『客観のやせ細り化』が起きて、現代の社会の多様性に対応できなくなっている。そういう大きな時代的問題提起がある」と指摘。「わくわくすること」「面白いということ」を科学のコミュニケーションの場でつくる意義について語った。

写真3 パネルディスカッション1部で討論する左から渡辺氏、吉川氏、井野瀬氏、三島氏、西野氏
写真3 パネルディスカッション1部で討論する左から渡辺氏、吉川氏、井野瀬氏、三島氏、西野氏

「共感」「共有」について討論

2部は1部同様吉川氏のほか、大阪大学理事・副学長の小林傳司(こばやし ただし)氏、国立情報学研究所所長の喜連川優(きつれがわ まさる)氏、理化学研究所CDB網膜再生医療研究開発プロジェクトプロジェクトリーダーの高橋政代(たかはし まさよ)氏、京都大学総長の山極壽一(やまぎわ じゅいち)氏が登壇した。

モデレーターを務めた小林氏は科学哲学、科学技術社会論が専門。大阪大学にあるユニークなコミュニケーションデザインセンターの設立、運営にも尽力し現在副学長。同センターで多くの学生、教員を指導してきた立場からまず同センター設立の狙いを紹介しながら学生の「たこつぼ化」と専門領域相互の意思疎通の不十分さを指摘した。その上で同センターでかつて学部が異なる学生に一つのテーマを与えて議論したところ全く異なる発想の発言が出て学生自身が他領域の反応を聞くことで自分の学習、研究領域に影響された「思考のくせ」や自分の領域の限界に気が付いた好事例を紹介した。

「専門家が社会から何を期待されているか」については「まず社会から信頼される専門家をつくりたい」と強調。「科学コミュニケーションは、どうしても発信の方向からアプロ―チするが、科学コミュニケーションとは実は『違うもの』を聞くことで学び、その経験から真実、客観性を握った(学んだ)と思う人が行う行動だ」と述べた。

喜連川氏は情報処理学会長を歴任するなど現在のデータ工学・情報学の第一人者。多くの国内外の研究者とIoTと社会の問題について議論してきた。発言の順番が来ると東日本大震災が起きた瞬間にサイバー空間で何が起きていたかを示す解析画像を映しながら「コミュニケーションがリアルタイムにどう動いているか分かる時代になっている」「ITのツールによって従来のコミュニケーションとは根源的に違うシグナルが利用されるようになった」などと指摘した。さらにデータとデータの異なる分野間の共有が一層重要になっている「コミュニケーション状況の現状」を説明。「ITによる次世代のコミュニケーションを考える時代になっている」と強調した。

高橋氏は人工多能性細胞(iPS細胞)の研究分野で日本を代表する研究者の一人。iPS細胞を使った加齢黄斑変性症治療の臨床応用に世界で初めて成功している。病院で患者と日々向き合う臨床医でもある。

「iPS細胞の研究を進めた時に何がたいへんだったかというと(患者への説明も含め関係する多くの人との)コミュニケーションがポイントだった」と切り出した。臨床医師として日常的に外来の患者と30年もコミュニケーションをしてきた経験を紹介しながら「コミュニケーションは相手の目線に行って初めて成り立つもので相手がどう見ているかを知るところまでやらないとコミュニケーションではないのではないか」と問題提起した。その上で海外の街中で科学と身近なものとの関係が分かりやすく伝えられている例を紹介して「科学リテラシー」の機会が身近にあることが大切である、とし「今の(科学の)教科書は『化石の教科書』で科学はライブで変わっていることが今の教育現場で教えられていない」と科学リテラシーの向上が大切な課題であることを強調した。

山極氏は人類学者・霊長類学者で、ゴリラ研究の世界的権威。人類進化についての著作も多く、現在京都大学という日本の代表的な総合大学の管理・運営責任者でもある。同氏は「ゴリラはことばがなくても幸福に暮らしている。ことばがなくても五感を使ってコミュニケーションはできる」と指摘し「見えないもの」を「共有」する意味や意義を指摘。さらに「今『ディスコミュニケーション』と言われるが実は共有するものがなくなってきたのではないか。今や見えても見えなくても共有したいものが関心事になっている。正しいとか正しくないとか、本物とか偽者とかでもなく共有できるものが大切ということになっている」と現代社会の現状を見据えながら問題提起した。そして「科学のコミュニケーションは特別のものではない。人間は共感能力が極めて高い。相手が感じていることを先回りして解決したりしようとする。しかしそうした共感が通じない相手がいる。そういう通じない相手ともどのような関係性を育てていくかということの中に科学コミュニケーションの射程がある」と語った。

「共有できるものをどうプロデュースするか」

小林氏は山極氏の発言を受けて「何のための共有か」との問いを登壇者に投げ掛けた。山極氏の答えは「人間は一人ではいられないからで他者から自分を定義してもらわなくてならない存在だ。常に発信して発信していることを他人から認めてもらわなければならない。それが共有だ。共有するものは科学でも何でもいい(のが現状だ)。お互いに価値を認め合うことがものすごく重要だ」。

高橋氏は臨床、研究現場の実経験から「新しいことは一人ではできるはずがないし共感してくれたいろいろな分野の人が味方になって大きな力になって初めて達成できる。そのため情熱的に伝えるようにしている。(伝える情熱は)コミュニケーションだけを取り出すのでなくプロジェクトの一環だ」と語った。

写真4 2部で討論する左から小林氏、吉川氏、山極氏、高橋氏、喜連川氏
写真4 2部で討論する左から小林氏、吉川氏、山極氏、高橋氏、喜連川氏

また喜連川氏は「研究者はそもそも共有されていない学問を自分たちでつくる孤独の世界を歩いていくトレーニングをしている。多くの人はそんな孤独な人生を歩む必要はなくていろいろと大きなゴールを共有した方が居心地がいい。今後の共有感ということでは共有できるものをどうプロデュースするかが重要になってくる」と述べた。

「科学リテラシーは社会の命運決める」

こうしたやり取りを聞いていた吉川氏は「このような短時間に(科学コミュニケーションについて)本質的な議論をしたのは初めてではないか」と語った上で議論のキーワードになった「共有」について「科学者は(研究が)同じになったら負けだ。違うことが存在価値で、そういう区別性の中で生きていて実は共通のものをつくろうとしている。しかし最後は(つくったものが)共有されてほしいと思っているという矛盾がある」「一人の自立性、自己感覚と一方で共有という問題の矛盾の中に科学がある。私たちが生きている。そういうことを認識しなければならない」「ことばが共有するための強力な道具になる。ことばがあるとシナリオができてそれを共有することで人間は今のような矛盾の中で安心できる」などと深い洞察に基づいた認識を示した。

討論も終盤に入り小林氏は「科学者は自分が研究しているコンテンツを正しく伝達することに重きを置くが(科学コミュニケーションの観点からは)たぶん別なポイントがあるのだろう。人々が今共有したい候補に科学は入っていないのではないか」。山極氏は「研究者は(研究について)ふつうのことばで面白おかしく伝えることが得意ではない。一方、一般の人はそんな難しいことを聞かされてもつまらないだけだと考えるというギャップ、ミスマッチがある。研究者は大衆に媚びたくないと考える。研究者と一般の人の間を埋めないと面白いことを共有できないのではないか」と、「共有したいもの」を科学者と一般の人の双方から拾い上げる存在(人)の重要性を指摘した。

高橋氏は「(AI時代になって)社会の問題として科学リテラシーを上げることが喫緊の課題だ。科学リテラシーは社会の命運を決める」。喜連川氏は、討論を通じてさまざまな実例を紹介しながら科学研究におけるデータとデータを共有する重要性を強調した。

シンポジウムの最後にJSTの濵口道成(はまぐち みちなり)理事長があいさつに立った。東日本大震災をきっかけに科学に対する人々の信頼度が低下し、その後やや上がったものの震災前ほどには戻っていないことを指摘。福島県内で科学技術が関係する復興に向けた試みに触れた上で「科学者が市民の現実生活の中で果たす仕事があることを震災から学んだ」「JSTとしても市民の方々と共感しながらこうした事業を進めていきたい」などと述べた。そして「科学者がやれることは、やり方はある。私たちが生きる実感を持つ道はある。科学コミュニケーションを通じてやれば私たちが生きる意味が見えてくる」と強調して3時間に及んだ熱い討論を結んだ。

(レポート〈文責〉・サイエンスポータル編集長・内城喜貴)

写真5 最後にあいさつする濵口理事長
写真5 最後にあいさつする濵口理事長
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