レポート - 研究開発戦略ローンチアウト -

第82回「研究開発基盤の持続可能な維持・運用・発展に向けた政策提言に関する検討~我が国、研究開発基盤はこの先も大丈夫か!?~」

科学技術振興機構 研究開発戦略センター 科学技術イノベーション政策ユニット 中川 尚志 氏

掲載日:2017年12月27日

筆者は、前職文部科学省科学技術・学術政策局研究開発基盤課課長補佐、続いて現職科学技術振興機構研究開発戦略センター(以下、CRDS)科学技術イノベーション政策ユニットフェローとして研究開発基盤に関連した業務に従事している。日ごろ気になるのは、研究開発基盤が科学技術イノベーションの推進にあたって重要な基盤であることには誰しも異存ないと思われるのであるが、その実態把握、戦略立案、ネットワークについてはあまり関心が払われていない、あるいは、重要性は認めつつも、昨今の研究力低下の話題や若手研究者の問題などに優先度を奪われているように感じる点である。

ノーベル賞受賞は日本においても大きな話題となる。しかし、ノーベル賞のうち、後々の研究開発基盤の発展に大きく寄与した計測分析技術・研究インフラが2000年以降でも11もあることをどれくらいの人が知っているだろうか(図1)。2017年のノーベル化学賞はクライオ電子顕微鏡法の開発に対し授与された(参考:写真1)。2014年には光の波長の限界を超えた新たな顕微鏡観察の手法である超解像度顕微鏡に対し授与されている。このような重要であるが地味で目立つことなく研究を下支えする研究開発基盤に対し、今すぐは問題にならなくても、見過ごすことで、あと十数年先には取り返しのつかない大きな瑕疵が出てこないか、日本ではもう先端研究ができなくなる時代(他国に装置を借りに行く時代)が来てもおかしくないのではないか、という問題意識を持ち続けている。

写真1.クライオ電子顕微鏡 出典:日本電子(株)
写真1.クライオ電子顕微鏡 出典:日本電子(株)
表1.ノーベル賞のうち、後々の研究開発基盤の発展に大きく寄与した計測分析技術・研究インフラ。「先端計測分析技術に関する俯瞰報告」2015年11月科学技術・学術審議会先端研究基盤部会先端計測分析技術・システム開発委員会)及びWikipedia等を参考に筆者作成。
表1.ノーベル賞のうち、後々の研究開発基盤の発展に大きく寄与した計測分析技術・研究インフラ。「先端計測分析技術に関する俯瞰報告」2015年11月科学技術・学術審議会先端研究基盤部会先端計測分析技術・システム開発委員会)及びWikipedia等を参考に筆者作成。

本分野に対し、筆者は前職では主に審議会※1の中や事業を通じた調査など、現職ではCRDSの活動として調査分析を行ってきた。実感としては、本分野の調査分析や政策研究はけっして盛んとは言えず、統計データについてはマクロのデータは科学技術研究統計をはじめ、それなりに揃っているようにも感じるが、研究現場の課題の把握にあたっては十分ではないと感じる。一方、研究現場では、研究職、技術職、事務職、URA職とさまざまな職種の人びとが関心を持ったり、活動※2を行ったりしており、そうした中から次の動きが出てくるのではないかと考える。

※1 先端研究基盤部会(~2016).基礎基盤研究部会(2017~)

※2 研究の職人道

また、筆者は機会を得て、研究インフラに関する国際会議※3にも参加している。これら会議で共通する課題は、いずれも、高額化、複雑化する装置、国際的な研究コミュニティとの関係、ステークホルダーをはじめとした社会との関わりなどであり、このような会議での議論を研究施設・機関運営の参考として、戦略の一つとして取り込むことが必要と感じる。なお、2008年G8北海道洞爺湖サミットの科学技術大臣会合(沖縄県名護市)より始まった研究インフラの実務担当者の国際会議※4では、今後、国際的な優れた研究施設へのオープンアクセスを促すため、2017年G7イタリア・トリノ科学大臣会合での報告に基づき、国際的に開かれた研究施設の認定とリストの公開を行う予定であり、世界的な研究戦略の構築、研究施設の国際化を目指す施設/機関におかれては参考にされたい。

※3 文部科学省科学技術・学術審議会 第8期国際戦略委員会(第2回)配布資料、参考資料「研究基盤政策に関する国際会議動向

※4 Group of Senior Officials on global Research Infrastructures

研究開発基盤に関する政策提言の検討状況

研究開発基盤が科学技術イノベーション政策(以下、STI政策)の推進にあたって、重要な基盤であることは科学技術基本計画をはじめさまざまな法令、方針で指摘されているとおりである。科学技術基本計画に記載されているその対象範囲も、研究施設・設備の整備から共用化、共通基盤技術、知的基盤・情報基盤整備まで、幅広いものである。CRDSでは、STI政策の俯瞰※5から、研究基盤整備に着目し、政策提言に向けた調査分析を進めてきている※6。CRDSでは、このうち、審議会等での議論や研究施設・設備の担当者等の取材から優先度の高い問題として、研究設備・機器(図1)及びそれに関する業務を行う人材に絞って、研究基盤整備に関する課題の検討を進めることとしている。

※5 (中間報告書)「科学技術イノベーション政策 政策の俯瞰~科学技術基本法の制定から現在まで~」(2015年2月CRDS)

※6 第30回年次学術大会(2015)「大学等の研究基盤を支えるイノベーション人材 —研究技術支援人材—」第31回年次学術大会(2016)「技術専門職実態調査から見える大学等の研究基盤を支えるイノベーション人材に関する状況と課題」(発表は共に江端新吾氏(北大))

図1.研究設備・機器共用政策における分類イメージ(筆者作成) 文部科学省の研究設備・機器共用に関する政策における制度の類型をふまえ、超大型の特定先端大型研究施設から競争的資金等で研究室単位で購入、運用している機器までを、規模により4つに便宜的に類型化した
図1.研究設備・機器共用政策における分類イメージ(筆者作成)
文部科学省の研究設備・機器共用に関する政策における制度の類型をふまえ、超大型の特定先端大型研究施設から競争的資金等で研究室単位で購入、運用している機器までを、規模により4つに便宜的に類型化した

研究設備・機器及び人材について、これまでの検討で抽出された課題の主なものは以下のとおりである。

図2.研究設備・機器及び人材についての課題
図2.研究設備・機器及び人材についての課題
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このうち、次世代計測機器※7開発・導入を優先課題として考えている。政府研究開発投資の伸び悩みなどからクライオ電子顕微鏡に続き、他の大型機器でも同様の問題が今後起こる可能性が高いと考えられる※8。図1で規模別に並べた分類2(大型)や分類3(準大型)を優先すべき対象と考えており※9、これらは特に、研究現場でも危機感が強いものである。また資金的にみても、従来は超高圧電子顕微鏡のように通常予算の基盤的経費で順次整備されていたものが、近年は補正予算のタイミングでしか整備できない状況が続いているものであり、研究開発基盤の持続的な維持・運用・発展の障害となっている。

※7 次世代計測機器:計測、測定、分析、情報処理及び周辺技術も含むシステムとしての機器。

※8 企業の研究開発投資における機器購入等は統計上大きく減っているわけではないが、先端計測機器について、受託分析会社の活用など自社の研究所での購入が多くないケースなどを取材などで聞く。

※9 超大型の施設や大規模学術プロジェクトはそれぞれ法に基づいた整備や学術ロードマップを踏まえた整備など、国全体での整備の方針がある。一方、中小型など研究室レベルで整備・運用されている機器については、現状でも競争的資金等により確保されている面があるので、今回の対象からは除いている。

欧米ではこれらのクラスの機器を大学等が企業と協力して開発し、大学等への次世代機の導入が進んでいる事例がある。日本においても、補正予算や特定の研究プロジェクトのタイミングにおいて結果として機器が整備されるのではなく、研究施設、研究コミュニティ、計測機器メーカー等が一体となって開発を行うことにより、大学・国の研究機関等における機器整備が計画的、持続的に進む仕組みが必要であり、国の制度やファンディングもそれを支援する環境に変えていく必要がある。その際、開発される計測機器の用途が、新たなサイエンスを切り開くハイスペックな研究用途を目指すものか、学術・産業問わず幅広いユーザーのニーズに応える使い勝手の良い機器を目指すものか、明確にすることが重要である。

さらにそのための開発・運用体制も重要である。特に、前者(開発)については、サイエンスの動向などを踏まえ、新たなサイエンスを確立する研究戦略とともに、機器開発・導入・整備・運用を図る必要がある。計測分析※10は「マザーオブサイエンス」※11とも呼ばれ、新たな計測分析技術から新しい研究分野が拓かれていく。サイエンスの競争を勝ち抜くには世界に先駆けた計測分析技術・装置開発及び利用技術開発・体制整備が不可欠であるとともに、データや論文のみの評価だけでなく、計測分析への創意工夫、利用技術なども評価されていく環境が重要であろう。近年、日本において研究コミュニティと計測機器メーカーの乖離※12などの声もあり、サイエンスの振興の点からも新たな体制構築の検討が必要である。

※10 CRDS計測関連横断グループ報告書(2017年度中にCRDSウェブサイトに掲載予定)

※11 「新たな科学の発見は、計測することによってブレークスルーされてきたわけである。まさに、計測技術は“mother of science”といえるだろう。したがって、一流の研究者は計測プロセスや機器を大切に扱い、また、新たな計測手法の萌芽にまで踏み込む研究者である。計測技術の他者への依存は、新たな科学の発見、進展をどのように見据えているかという根本的な認識と繋がるのである。」(はじめに ―新たなサイエンスを拓く計測技術の研究開発、CRDSセンター長兼計測技術に関する横断グループ総括吉川弘之、計測・分析技術に関する諸外国の研究開発政策動向(2010年8月、CRDS))「計測分析はマザーオブサイエンス(科学の母)と呼ばれ、あらゆる研究開発に欠かせない技術です。(略)最先端の計測分析技術は、それを必要としている研究現場で磨かれることで、新たな開発につながり、ひいては学術や産業の発展に決定的な差をもたらすのです。」(JSTnews2014 年7月号中村道治理事長メッセージ)

※12 NMRについて次のような報告がある。「ライフサエンスを始めとする新しい適用分野では新規参入した海外メーカーが市場を占有し、さらに、その分野研究コミュニティーの囲い込みが進んだ結果、国産メーカーは化学工業分野以外での競争力で大きく遅れをとっており、研究分野においても海外メーカーと提携したユーザーが先端的な成果をより早く達成するという状況が世界的に続いている。」(「先端計測分析技術に関する俯瞰報告」2015年11月科学技術・学術審議会先端研究基盤部会先端計測分析技術・システム開発委員会)

一方、後者(運用体制)については、ユーザーニーズへの丁寧な対応が重要である。ナノテクノロジーを支える重要な共用設備・機器のネットワークであるナノテクプラットフォームでは、年間3,000件の利用があるが、そこから機器開発へのフィードバックの仕組みがないことが課題の一つとして挙げられている。

また、どちらの用途においても、施設を運営していく上での不可欠な技術系専門職の育成・確保が重要である。前述のとおり、定年制職員が減少する中で、大学等においては、技術職の組織化が進められるとともに、技術のプロフェッショナルとして職種(職制)の確立に向けた取り組みが進められている。共用プラットフォームでは、スキル認定やキャリアパスの多様化などの取り組みが始まっている。これらの改革は、まだ、先行例として、いくつかの大学、研究機関で始まったばかりであり、そうした情報の共有を進めることで、各機関の経営戦略に応じた改革が進み、結果として、日本の技術系専門職のプロフェッショナル化が進むことが望まれる。

このような次世代計測機器開発と運用体制の整備については、現在、いくつかの目的に応じた共用プラットフォームが整備されている。これらを活用しつつ、研究、ユーザー、計測機器開発のそれぞれのコミュニティと研究施設が一体となった更なる体制・ネットワークの発展が望まれる。

今後は、現在検討中の提案をもって、さらに、必要性、実行可能性などを研究機関、行政機関等からヒアリングし、具体的な事例を加え、政策提言の質と実現性を高めていく予定である。最終的な政策提言及び報告書は年度内にまとめ、CRDSホームページ等で公開の予定である。また、研究開発基盤の維持・発展は、継続的な活動である。筆者らCRDSは、提案のフォローアップとともに、本提案の検討を通じて可視化されたデータと研究者・実務担当者のネットワークの維持、充実に努めていきたい。

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