レポート - 研究開発戦略ローンチアウト -

第56回「知のコミュニティの実現に向けて」

科学技術振興機構 研究開発戦略センター 情報科学技術ユニット フェロー 鈴木慶二 氏

掲載日:2014年6月2日

鈴木 慶二(科学技術振興機構 研究開発戦略センター 情報科学技術ユニット フェロー)

科学技術振興機構 研究開発戦略センター 情報科学技術ユニット フェロー 鈴木 慶二 氏

情報科学技術ユニットでは平成25年度より「知のコンピューティング[1]」という活動をはじめました。「知のコンピューティング」は、情報科学技術を活用して、知の創造を促進し、科学的発見や社会への適用を加速するための研究開発や社会的な取り組みを提案することが狙いです。そうした検討のなかで、「知のコミュニティ[2]」として、多様な知によって価値を生み出すためにはどうすれば良いかという観点で検討を行ってきました。その問題意識の一端を紹介いたします。

1. スタンバーグのメタコンポネント

人間が現実の問題を解決する場合の頭の中の働きを、米国の心理学者スタンバーグがメタコンポネント[3]という要素に分類しています。

  • 問題の存在を認識すること
  • その問題がどういう問題かを定義すること
  • 問題に関する情報を記憶から呼び出すこと
  • 問題への対処の方策を立てる
  • 問題に対処するためのリソースをふりあてること
  • 問題解決へのアクションが解決に向かっているかどうかをモニターすること
  • 対処した結果を評価すること

では、これらの要素がコミュニティとどのように関係するのでしょうか?


2.問題を認識して定義する

「問題を認識して定義する」過程にコミュニティがどのように貢献するのか? 2007年にオックスフォード大学の2人の科学者が立ち上げたGalaxy zoo[4]が一つの事例といえるでしょう。そのプロジェクトの当初の目的は、宇宙存在する楕円銀河とらせん銀河のうち、どちらが多くの古い星を含み全体として赤みがかっているかを明らかにすることでした。彼らは楕円銀河の方が赤みがかっているという当時の通説に疑問を感じていたのです。SDSS望遠鏡の膨大な天体画像を世界中のアマチュア天文家の力を借りて楕円銀河とらせん銀河に分類し、真偽を判断するための大量のサンプルを得るためのプラットフォームを構築したのです。サンプル抽出された銀河の色の比較により、通説が誤りであると判明しました。しかし、成果はそれだけではなく、既存の天体の分類にあてはまらない新たな天体が発見され22件の科学的発見がもたらされました。

これは天体画像の例ですが、データ・情報を適切な方法で広く利用可能にすることで、新たな問題の認識や定義を促進できるのではないか、そうした局面で情報科学技術が貢献できるのではないかという議論をしています。


3.問題への対処の方策を立てる

問題への対処の方策を立てる一般的な方法があるのでしょうか?私たちが今後対処していかなければならない問題の多くは複雑かつ多数のステークホルダが関与するケースが多いのではないでしょうか。そうした特性を考えると、1) 複雑な問題を小さな問題に分割して解き、個々の解を再び統合して問題全体の解決策とする、2) 多様な知を集めて協調を実現するといったことが重要だと考えています。

問題の分割と統合という点では、複雑なソフトウェアを開発するための分割統治(divide and conquer)という手法やLinuxなどOSS開発などの事例がありますが、ソフトウェア開発以外の分野に適用できる方法、状況に依存して問題が変化する場合の方法など、今後の重要な課題と考えています。

多様な知を集めること、多様な人々の参加によって大きな科学的な問題を解く事例として、市民科学という取り組みが行われています。市民科学(Citizen Science)という言葉はコーネル大学の鳥類学研究所の所長Rick Bonney氏が生み出した[5]と言われているそうです。元々は、鳥類の分布や移動といった自然界の大規模・長期的パターンを調査研究するために必要な大量のデータを市民の力を借りて収集すること、参加者が観察対象や科学調査のプロセスについて理解を深めることが、市民科学の定義であり、優れた点だと考えられていたようです。現在では市民の役割はデータ収集に限定されずデータの分類や解析、解釈なども含むような取り組みが行われています。欧州では、産業応用を通じてではなく、科学的知見を直接社会へ浸透させて社会の変容を促す方法論として位置づける試みが進んでいます[6]

わき道に逸れましたがRick Bonney氏が市民科学プロジェクトを構築・運用するモデルを提示しています[7]

  • 市民科学のプログラムモデル
    • 科学的問題の選択
    • 科学者、教育者、技術者、評価者のチーム編成
    • プロトコル、データ形式、教育支援マテリアルの開発・テスト・改善
    • 参加者のリクルーティング
    • 参加者の訓練
    • データの受入、編集、表示
    • データの解析と解釈
    • 結果の普及
    • インパクトの測定
    • コスト

科学的問題の選択では、「多くの参加者はアマチュアなので簡単な問題を選ぶことが重要である。より難しい問題に対応するには教育・訓練が必要である。」と述べています。鳥の数を数えるようなスキルは多くのバードウォッチャーが身につけているけれども、つがいの求愛強度の測定となると相応の教育・訓練により協力者の育成が必要だと述べています。


4.実践知の把握と活用

リクルーティングや教育・訓練以外の重要な課題は何でしょうか。そもそも多様な知とはどんなものでしょうか?学校教育で身に着けるいわゆる”学校知”以外に、訓練や練習、実践などの経験を通じて熟達化することで獲得される実践的知識、実践的技能、実践知が広い裾野を持つものとしてあるのではないでしょうか。

そうした実践知はどんな特徴を持つのでしょう。特徴を表す例として、10年以上競馬場に通い、詳細な生データから独自の予想を立てる競馬愛好家を被験者とした研究があります(1。彼らは、通算勝利数、獲得賞金、平均速度、スタート直後やゴール直前の速さや位置取り、しかけた回数、騎手や馬場の状態などの「変数」を重みづけして関連付ける「多変量解析」を行っているとみなすことができるそうです。しかし、同じ数学的モデルのデータを株のデータだといって買いを予測する問題では、ずっと低い的中率になったそうです。つまり、経験から得た知識や技能は別の経験領域に簡単には応用できない”領域固有性”という特徴を持っています。そして、こうした実践知を広く集めるには実践知の把握と領域固有性の克服などが必要なのではないでしょうか。

  • 実践知の把握
    人のスキルやノウハウなどの実践知を見いだして評価すること
  • 領域固有性の克服
    問題の本質的な構造は保ちながら別の領域の問題へ変換すること
    タンパク質の畳み込み構造の候補をオンラインパズルゲーム化してゲーマのスキルを活用して効果的な探索を行うFoldit![8]という取り組みは問題の変換により領域固有性を克服しようとしているといえます。

5.集合知の解明

多様な知の協調が実現するための条件は何でしょうか?集団は賢くもなる[4]し、愚かにもなる(9といわれます。どんな場合に賢くなり、どんな場合に愚かになるのか、多様性の存在が重要な要素だといわれますが、まだ充分に解明されているとはいえない状況です。現在、MIT Center for Collective Intelligence[10]などで集合知の解明に向けて、集合知の計測方法、集合知が発揮される要因などが探究されています。そうした要因の一つとして社会性認知が指摘されています。社会性は認知科学や進化生物学などのリサーチフロントとして熱心に研究が取り組まれています。こうした研究から得られる知見が集合知の理解にも大きく貢献すると期待されます。


6. おわりに

知のコンピューティングの活動は始まったばかりです。「問題解決へのアクションが集団の振る舞いにどんな影響を与えるのか」など議論できていないテーマが沢山あります。また、認知科学や脳科学などの研究の進展により新たな議論が必要になってくるでしょう。今後の活動に引き続き注目いただければ幸いです。


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