レポート

研究開発戦略ローンチアウトー第6回「米国「科学政策の科学」構築に向けた動きとわが国への示唆」

2009.11.11

岡村麻子 氏 / 科学技術振興機構 研究開発戦略センター 政策・システムユニットフェロー

 科学技術振興機構 研究開発戦略センター(CRDS)政策システムユニットでは、活動の一環として、昨今欧米で活発化している「科学技術・イノベーション政策の科学(Science of Science, Technology and Innovation)」の取り組みをウォッチし、日本でいかに具体化すべきか検討を行っている(注1)。今回は、米国における取り組みを紹介し、日本の科学技術・イノベーション政策への示唆について考察したい。

「科学技術・イノベーション政策の科学」とは

 まず、「科学技術・イノベーション政策の科学」への取り組みがなぜ現在必要とされ、何を目指しているのか。現在、急速なグローバル化と共にますます激化する国際競争の下、地球規模問題が各国の持続的成長の制約要因として深刻化し、この状況を打開する唯一の手段として、科学技術によるイノベーションとそれを実現させるための社会システム・制度のイノベーションへの期待が高まっている。このため各国では、科学技術・イノベーション政策をいかに効果的、効率的に推進していくべきか試行しているが、一方で、近年の科学技術の専門分化と複合化の同時性、さらなる経済活動のグローバル化・サービス化の進展により、科学技術・イノベーション現象の複雑化が増している。

 このような構造変化に対応するためには、必然的に、より体系的かつエビデンスに基づく科学技術・イノベーション政策が必要とされている。そのため、科学技術・イノベーションのメカニズムの科学的解明と、そこから得られるエビデンスを政策決定において利用する試みとして、欧米を中心として、学融合的な「科学技術・イノベーション政策の科学」への取り組みが活発化しているといえる。

米国における動向(注2)

 米国においては、マーバーガー前大統領科学顧問兼大統領府科学技術政策局長が、2005年4月の全米科学振興協会科学技術政策フォーラムの基調講演で「科学政策の科学」という用語を使用したのが昨今の取り組み活発化の契機とされている。同氏は当時を振り返り、「科学政策の方針と戦略において幅広いコンセンサスを築くために利用可能な手段が(専門家の判断を除いて)非常に限られているというフラストレーションがあり」、そのため、「連邦政府が研究開発へ投資し科学政策決定の際に政策担当者の補助となるデータ、ツール、方法論を創り出す実務家コミュニティの創造をすべき」と提唱したと述べている。

 同氏の提言を反映して、関連する学術研究促進のためのファンディングとして、米国科学財団(NSF)がSciSIP(Science of Science and Innovation Policy)プログラムを2005年に開始している。さらに国家科学技術会議下に「科学政策の科学」省庁連携タスクグループ(以下ITG)が2006年に創設、17の連邦機関がこれに参加し、2008年に「連邦研究ロードマップ」(注3)を完成させている。

 オバマ政権移行後も、2009年8月に発表された2011年の連邦政府科学技術予算重点化に関する覚書(行政管理予算局(OMB)と科学技術政策局(OSTP)が署名)において、各省庁は「科学政策の科学」のツールを開発し、研究開発ポートフォリオ管理と、科学技術投資のインパクト評価を改善させるべきと明記しており、これが各省庁にとってプレッシャーとなっている。

 また10月7日に予算当局であるOMBが、さらに「プログラム評価の強化」に関するメモを発表しており、米国の国レベルでの本気度がうかがえる。このように連邦政府によるコミットメントの姿勢が明確にされるなか、上述のITGがBest Practices in Research and Development Prioritization, Management, and Evaluation: A Science of Science Policy Workshopを2009年10月28〜29日にワシントンD.C.で開催した。筆者はこれに参加したが、研究開発を行う政府機関の政策担当者、大学などの研究者を中心に、米国内外から200名程度の参加者があり、1日半にわたって活発に議論を行なった。

 このように米国で取り組みが活発化しているが、「科学政策の科学」の実質的な成果と実際の政策過程への影響は現段階では未知数であり、結論を下す段階にはない。前述のマーバーガー氏も、「『科学政策の科学』が、政府活動広範囲の相反する政策議論をすべて解決することはないだろうが、政策議論の質を改善し、矛盾する要素を幾つか取り除くか、少なくとも明らかにするだろう」と述べている(注4)。前述のWSにおいても、「科学政策の科学」への取り組みが重要であると認めながらも、意思決定においては、当然ビジョン、直感、良識、リーダーシップが重要であり、従来型の「科学政策の伝統工芸(Art and Craft of Science Policy)」も一方で重要であると議論されていた。

 さらに長年米国の科学政策をウォッチする識者からの見方として、このような取り組みはすでに何十年も前からの流れであり、特に新しい話ではないというものも多い。しかし異なるのは、以前にも増して「科学政策の科学」が必要とされている社会経済的背景と、連邦政府による明確なコミットメントの姿勢であろう。

日本の科学技術・イノベーション政策への示唆

 米国の動向は、日本に何を問いかけるだろうか。日本における科学技術政策は、「伝統工芸」に偏りすぎではないだろうか。科学技術・イノベーション政策のより効果的かつ効率的推進のためには、日本においてもエビデンス・ベースの「科学技術・イノベーション政策の科学」構築への取り組みを着手するべきではないか。しかし政策決定プロセスも含めた制度、文化、教育等々に違いがあるため、米国のやり方をそのまま日本に適応することは当然できず、日本の実情に合わせた取り組みが必要である。

 日本では、まず、次のような取り組み—「科学技術・イノベーション政策の科学」をより深化させる「場」の形成−から始めることが必要ではないか。次の3つの「場」の形成が重要であると提案したい。

  1. 「科学技術・イノベーション政策の科学」を構築していくための議論の「場」の構築。特に、科学技術・イノベーションの社会的ニーズや社会経済的帰結の重要性を踏まえると、異なる科学分野の知識を社会とのかかわりを考慮して横断するようなアプローチが必要であり、このためには社会科学、人文科学領域からの積極的関与が必要である。
  2. 政策立案・実施担当者のニーズを的確に把握し、また、適切なインプットを行うために、政策のための科学を探究するアカデミアと政策立案担当者、政策実施担当者との議論の「場」の形成。
  3. 科学技術・イノベーション政策の過去の評価と政策実施の成果をエビデンス・ベースで把握するために、その体系的な理論枠組みの構築を担うアカデミアとそれにもとづいてエビデンスを集計する統計作成部局との連携の「場」の構築。

 これらの3つの「場」の早急な構築が、日本において科学技術・イノベーション政策をより効果的かつ効率的に推進するために不可欠である。その実現に向けて、継続的に戦略性を担う研究助成機関である科学技術振興機構、特に研究開発戦略の立案を担う研究開発戦略センターがどのような役割を果たすことができるか、さらに活動を続けて検討したい。

  1. 概要は、調査報告書「科学技術・イノベーション政策の科学」-エビデンス・ベースの科学技術・イノベーション政策を目指して-CRDS-FY2009-RR-01(2009年10月)にまとめている。
  2. 米国の取組みに関しては、海外最新科学技術情報「米国『科学政策の科学の取組』」(文科時報2009年5月)にまとめている。
  3. The Science of Science Policy: A Federal Research Roadmap
  4. Keynote Address: Science of Science Policy Workshop, December 3, 2008

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