レポート - 研究所レポート -

「日本最大のバイオメディカルクラスターをご存知ですか?(№1)」

中島 佳子 氏(先端医療振興財団 調査役)

掲載日:2011年8月17日

残暑お見舞い申し上げます。そして、東日本大震災およびその後の関連事象の被災者の皆様に心よりお見舞い申し上げます。

ひょんなことから、このポータルへの寄稿のお誘いを受けました。
私としたことが、今までSciencePortalの存在は知らず、初めて訪問してみて、そのモンスター並みの巨大ポータルに大変驚きました。その辺のことについては、また、機会があればふれてみたいと思います。

さて、何を書いても良いと言われたのですが、それもかえって困りもの。しばし考えて、今回はまず、「神戸医療産業都市(英名:Kobe Bio-Medical Innovation Cluster,略称:K BIC) 」について、少しお話してみることにします。

このSciencePortalの読者の方で、「神戸医療産業都市」のことをご存知の方がどのくらいおいでかよく分からないのですが、場所は、神戸市の南側のポートアイランドという人工島にあります。広さは2キロメートル四方くらいでしょうか。山と海が望める、潮風がやさしい風光明媚(び)なところです。

「神戸医療産業都市」には現在、大小合わせて200社を超える主に医療・バイオ関連の企業や研究機関などが集積しており、その従事者数は約4,500人で、日本最大のバイオメディカルクラスター(*1)となっており、北欧やアジアなどのクラスターとの国際連携も積極的に進められています。

研究に専念できる静寂な環境とほどよい空間に恵まれている一方で、徒歩圏内に国際会議場や国際展示場、ホテルも有していること、また、新交通システム(ポートライナー)を使えば約12分で神戸市中心街に着くというアクセスの良さが、従来の研究型クラスターと比べて異色な点であるかもしれません。 首都圏からのアクセスも、空路(神戸空港)、新幹線(新神戸)のいずれも良好です。

ところで、実は、今回、「神戸医療産業都市」のことを書いてみようかと思った背景には、その生い立ちをお話することで、東日本大震災の被災地域の方々に、多少なりとも希望をもっていただけけたらと思ったこともあります。

「神戸医療産業都市」のことを知っている方でも、その始まりが、1995年の阪神淡路大震災の復興プロジェクトにあるということをご存知の方は意外に少ないのではないでしょうか?

今でこそ、先端医療振興財団や理研・神戸研究所などの中核研究機関、企業、大学、病院など、近未来都市を感じさせる美しい施設群(*2)が建ち並び、あの「京コンピュータ」もあるこの地域ですが、震災時には造成直後だったこの地には、震災後数年間、被災者用の仮設住宅が2,000戸ほど建ち並んでいたと聞いています。

こうした状況の中、仮設住宅撤去後には、この荒涼とした土地を神戸経済復興のためにどう活用したらいいか?…との検討が進められ、1998年に、当時、神戸市立中央市民病院長をされていた井村裕夫先生(現・先端医療振興財団理事長)が、「医療産業都市をここに作って、被災で傷ついた市民の健康・福祉の向上、神戸経済の活性化、国際社会への貢献を目指してはどうか?」との発案をされたのをきっかけに、産声をあげることになったそうです。

実際に、この地に医療産業都市構想に関わる施設が建ち始めたのは2001年からのことですから、文字通り何もないところから、ハード的には、その後10年で今の姿となったということになります。

現在の「神戸医療産業都市」に降り立ったとき、ここに至るにかかった年月の長短をどう感じ、どう考えるかについては人それぞれかもしれません。

適宜方向性が調整され、新たな挑戦を続け、現在も発展途上にある「神戸医療産業都市」ですが、名実ともに世界TOPクラスのバイオメディカルクラスターになるには、さらなるハードルがあることも、もう少し年月がかかることも確かなことでしょう。

しかし、何事も一朝一夕に行くわけではないことを考えたとき、震災後の困難な時期に、医療産業とは縁がなく、中心となる大学や研究機関すらなかった地に、まったく新しい視点から、先端医療技術を中心にした世界TOPクラスのクラスターを創ろう!…と考えた人たちの夢を描く力、一歩を踏み出した勇気には少なからず驚かされます。

また、そこに関わり、そこに勤める(あるいは勤めた)人たち一人ひとりが、産官学や大小を問わず、それぞれ何らかの形で、今の「神戸医療産業都市」の姿を作り上げ、そして、今も作り上げつつあることを考えれば、継続する力と、集団の持つエネルギーの大きさを感じます。

一方では、構想に関わってきた多くの人たちが、投入されてきた税金を無に帰するようなことがあってはならないとの強い決意を持っていることも感じずにはいられません。

さて、本年3月の東日本大震災の被災地に思いをはせるとき、その規模や後発事象、時代的、経済的背景等は、阪神淡路大震災と決して同じではなく、より厳しい状況にあることは容易に想像できます。しかし、それでも、1995年の大震災の後、決して諦めることなく、ゼロから挑戦し始め、今も挑戦し続けている神戸の姿が、何らかの小さな希望の光として、被災地にも届くことがあればと思います。世代を継ぐような膨大な時間がかかるかもしれませんが、それでも、諦めなければ、やがて、以前よりもよりよい近未来を作り出すことができるという一つの事例がここにあります。

皆さん、百聞は一見にしかず、一度、「神戸医療産業都市」を訪れてみませんか?
ちなみに、新幹線(新神戸)からのアクセスも良好ですが、空路なら羽田から神戸空港まで約70分、そこから新交通システムでたったの6分!です。
http://www.kobe-lsc.jp/access/



*1:  バイオメディカルクラスター
ここでいうクラスターとは、ハーバード大学ビジネススクールの「競争戦略論」の大家マイケル・ポーター先生が1990年に提唱された「クラスター理論」でいうところのクラスターです。かいつまんでは、http://www.ibri-kobe.org/magazine/pdf/pw/piwarchive.pdf のp.12-13などをご参照ください。
*2:  近未来都市を感じさせる美しい施設群
これらの施設群のうち、中核となる研究機関や進出企業、病院などの発展過程や内容などについては、次回にこの項で少しご案内してみようかと考えています。


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