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第三者的評価の仕組みはあるのか

掲載日:2011年6月20日

海江田万里経済産業相が18日、福島第一原発事故後に各電力会社が実施した過酷事故対策について、適切との判断を示した。定期検査などで停止している原発の再稼動を立地自治体に直接、要請する意志も明らかにしている。

原子力発電を推進してきた経済産業省のこうした動きに対し、要請を受ける各立地自治体はどうだろう。世論や地元住民の反発を恐れて簡単には経産相直々の要請に応えられない状況ではないだろうか。原子力発電に対して誰もが信頼できる安全規制の仕組みがないことを、事故後の関係機関の対応を見て一般国民の多くが感じ取ってしまったと思われるからだ。

福島第一原発事故について調べた国際原子力機関(IAEA)の調査団は、報告書の中で「原子力規制の独立性および役割の明確さが、IAEAの安全基準に沿ってあらゆる状況において維持されるようなものとすべきである」と指摘した。経済産業省の一部門である原子力安全・保安院では独立した規制機関とはいえず、内閣府の中にある原子力安全委員会もまた十分機能しているとはいえない、ということだろう。

原子力に限らず、国際的に通用するような第三者的評価システムを持たない。こうした弱点を日本社会が抱えていることを指摘した文書が、これまで国内に全くないわけではない。

日本学術会議は2002年2月、研究評価の在り方検討委員会の検討に基づき対外報告「我が国における研究評価の現状とその在り方について」 を公表した。この中で、推進側の行政府から独立した立場で、国の科学技術政策や研究施策・重要課題について第三者評価ができる仕組みを求めている。

日本には現在、法律に基づいて設置された評価機関として、総合科学技術会議がある。これについて日本学術会議の対外報告は「国の科学技術政策を総合的かつ計画的に推進する観点から行われており、科学技術政策との整合性の確保や予算配分への直接的適用などの点においては有効」と評価しつつも、「しかし、評価対象が政策や省庁横断的な施策など上位レベルのものになれば、政策・施策の推進者側が実施する自己評価・外部評価の一つとしてみなされやすくなる」と限界を指摘していた。総合科学技術会議の議員は元大学学長や、産業界の元役員など行政に対して第三者的な立場に立ち得る有識者議員が約半数を占める。しかし残りは有力閣僚で議長は首相だからどこから見ても政府の1機関だ。

今回、原子力を推進する立場にある経済産業相が「安全を確認した」と明言しても、その裏付けが原子力安全・保安院と原子力安全委員会が認めたからということでは、総合科学技術会議と同等、あるいはそれ以上の「推進側の自己評価・外部評価」でしかないということになってしまう。

一方、日本学術会議の報告書は、政府から独立した真の第三者評価機関に成り得る学術団体(アカデミー)として、自らの力不足も認めている。同報告書によると、米国では科学アカデミー、工学アカデミー、医学アカデミーの3つがナショナルアカデミーズとして連携し、政府に対し大きな影響力を持つ。「米国では研究施策などの予算が議会で成立に向けて審議される際に、しばしば各省に対して、要求予算を承認する代わりにナショナルアカデミーズに研究施策などの評価を委託することを法律で義務付けることが行われている」という。

米国の事情に詳しい有識者によると、評価の委託に際しては、政府からナショナルアカデミーズに対し十分な費用が支払われる。ナショナルアカデミーズの活動費は潤沢で、評価対象となる施策を推進しようとしている省の顔色などうかがう必要もない。実際、ナショナルアカデミーズの中でも最も歴史の古い科学アカデミーは、1863年リンカーン大統領の後押しによって創設された。以来、米政府にとってだけではなく米国で最大かつ最も権威あるシンクタンクとして、また一般国民にとっては最も信頼できる第三者評価機関として機能してきたように見える。

これに対し、米科学アカデミーと同様の役割を果たすことが期待される日本学術会議の現状はどうか。政府からの審議依頼は年間、数えるほどしかない。内閣府に属する機関として政府から割り当てられる予算は年13億円程度でしかなく、会員数も210人と米科学アカデミー会員に比べ10分の1だ。連携会員2,000人を合わせると米科学アカデミー並になるとはいえ、会員、連携会員とも専任はいないし、活動費が少ないから、仮に政府から審議依頼が次々に来るようなことになっても対応できない、という(金澤一郎 日本学術会議会長「社会の期待にこたえるアカデミーに」第3回「答申、提言の実現にも努力」、同第4回「専門家の真の責任は」参照)。

各府省もそれで困っていた様子もない。一本釣りした研究者たちから成る審議会を各府省の下に設けて、それぞれ推進したい施策のお墨付きを得るために審議してもらっていた、と言われても否定しにくいのが実情だろう。しかし、“平時”には好都合だったこの「自己評価・外部評価」システムも、東日本大震災という非常時には国際的に全く通用せず、多くの国民の信頼を回復する手段にも成り得ないことが明らかになった、というのが今の事態ではないだろうか。

東日本大震災を機に、学界の指導的立場の人々の中から何とかしなければ、という声が出てきている。「多様な研究分野に関する高度な専門知識を有する者と、評価システムや評価手法に専門知識を有するものから構成されることが望ましい」。9年前、日本学術会議の報告書が提言している第三者評価の仕組みづくりに手を付けないと、現状打開も道遠しといいうことではないだろうか。

「今や、日本の政治家や財界人が何を言っても世界で信頼されなくなっている」(黒川清・政策研究大学院大学 教授、前日本学術会議 会長「政府から独立した国際委員会の立ち上げ早急に」参照)という深刻な事態の…。

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