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地質学は元気になれるか?

掲載日:2007年7月12日

日本にも「ジオパーク」(地質公園)の運動を根付かせようという動きが数年前から始まっている。この活動の中心的な役割を果たしている産業技術総合研究所地質調査総合センターの機関誌「地質ニュース」7月号が、ジオパークの特集を組んでいる。

「ジオパークを通じて地質や地形、生態系、景観、歴史、風土、文化など地域の豊かな多様性を活用して、…“地質“という新たな切り口の地域振興や活性化ビジネス、社会・教育事業を展開する」。平野勇・土木研究所地質監が、このようにジオパークの狙いを書いている。

地学が生物学同様、持続可能な地球という大きな課題解決に欠かせない学問としてますます重要になっているのは明らかだ。ジオパークの意義に異論がある人は少ないと思われる。「地質ニュース」の特集は、地質学とジオパークの大切さを訴える一方、同時に、日本における「地質学」の現状と危機感を率直に報告しているのが、注目される。

岩松氏(NPO地質情報整備・活用機構)の「今なぜジオパーク」がその報告で、「だからこそジオパークが必要」との観点で書かれたものだが、地質学の地盤沈下は相当深刻という筆者の思いがよく分かる。

「近代地質学は産業革命期イギリスにおいて誕生した。資源とエネルギーなしには産業は興らない。地質学はその両方に関わる基幹学問だった」と氏は書いている。「わが国においても同様、明治政府が真っ先に作った国立研究所は地質調査所だった。その後の世界大戦時代でも地質学者は重用された」とも

それが、いまやどうか。「地質学を支えるインフラが資源産業(第一次産業)から土木建設産業(第二次産業)へと変化したが、(地質学者は)かつての特権的地位に安住し、資源中心の学問体系を変えようとしなかった。自己変革を怠り社会から遊離して象牙の塔に閉じこもったのである(山本壮毅、1988)」

この反省は、「戦後生物化学の勃興によって、大学から分類学の口座がなくなるなど危機に立たされた」生物学者と比較することで、より具体的に説明されている。「生物学者たちは自然保護運動など地道に取り組んできた。…その後、環境問題にもいち早く取り組み、『エコ』の普及に大きく貢献した。…結局、エコとジオの社会的認知度の違いには、それぞれの分野の努力の度合いが反映しているのである」と。

岩松氏が指摘するように高校教育において「かつて理科4教科(物理、化学、生物、地学)は同等に扱われていた」。しかし「地質学が社会から遊離するに従って、地学は等閑視され、地学教員の採用は手控えられてきた。現在、若手の高校地学教員はほとんどいないのが実情である」という。

一言で理科離れというが、その内容も当事者の話を聞くと、問題は単純ではないことが分かる。数年といった短い時間軸では到底、解決は期待できそうもないということだろうか。

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