レビュー

聖徳太子非実在説のその後

2007.06.08

 今週の文化面に目を引く記事があった。

 一つは朝日新聞6日朝刊文化面に載った「『新潟県ヒスイ』地元の石だった 九州の縄文期の首飾り、調査の7割」という記事だ。これまで新潟産のヒスイといわれていたものの7割は、クロムを大量に含む白雲母であることが、熊本大学埋蔵文化財調査室の大坪志子助教らによって明らかになった、というものだ。つまり、新潟から持ち込まれたのではなく「『おそらく中九州の熊本県南部あたりで採取された可能性が高い』と大坪さんはみる」という。

 「これまで研究者が想定していた、縄文後−晩期における、本州・糸魚川から九州へのヒスイ交易、などの歴史像は大きく変更を迫られる」というわけだ。

 こうした事実誤認が起きた「最大の原因は、多くの考古学者が科学分析をしないまま、報告書に推測で『ヒスイ』『蛇紋岩』等の記載を行ってきたことだ」という。

 もう一つは、毎日新聞4日夕刊文化面の「『聖徳太子非実在説』の10年 進む大山誠一教授の研究」という記事だ。

 「聖徳太子はいなかった」という衝撃的な学説を10年前に発表した大山誠一・中部大学教授(日本古代史)にその後の状況を聞く形の記事になっている。

 この中に次のような大山教授の指摘がある。「高校の日本史教科書の一つ、『詳説日本史』(山川出版社)最新版(02年度検定)では、『厩戸王(聖徳太子)』と太子がカッコ内に入っている。一つ前の97年度検定版では『聖徳太子(厩戸皇子)』と逆だった。聖徳太子は主から従に転落したわけだ」

 また、次のような言葉も。「歴史学の世界では、聖徳太子が実在の人物ではないという理解が定着したのではないか。もちろん、実在を守りたい人は次々現れたが、『いないとは言えない』といった反論だけで、実在の根拠を示す研究は皆無だった」

 この問題は既に決着が付いている、というのが大山教授の主張である。

 一般に広く信じられている“歴史的事実”に対する学界内の論争というものが、どれほど一般に知られているか、ということが気になる。(毎日、朝日新聞の引用は東京版から)

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