インタビュー

グローバル化一辺倒の見直しを――国環研・五箇公一さんに聞く 外来種と人間社会【後編】

2023.09.12

腰高直樹 / サイエンスポータル編集部

 国立環境研究所生態リスク評価・対策研究室の五箇公一(ごか・こういち)室長へのインタビュー。後編では、生物多様性の役割や、外来種問題をもたらしているグローバル社会のあり方について話を聞いた。

自身で描いた生き物のイラストの前で話をする五箇さん
自身で描いた生き物のイラストの前で話をする五箇さん

脆弱な人間の勝手な都合

―外来種の駆除では、動物の命を奪うことに抵抗を感じる人もいます。五箇さんはどのように考えていますか。

 他の生き物を愛せるというのは人間ならではの「優しさ」であって、その心を否定する必要はありません。一方で、外来種によって人間や生態系に困った状況を作ってきてしまったのは、我々人間に他なりません。だからこそ、人間の責任で後始末をつける必要があります。ただ、生き物の命を奪って駆除するという行為は、誰にとっても決して好ましいものではありません。

 本当は食べたりして利用できれば良いんですけどね。今の飽食の時代ではあまり感じられないことだけれど、戦後の復興時代はみんなウシガエルもアメリカザリガニも食べていたわけだから。みんなそうやって生き残って、そんなときはウシガエル様様だったんじゃないかと。皮肉なことだけど、本当に食うに困ったらアメリカザリガニにしろ、アライグマにしろ、可哀想だなんて言っていられなくて食べざるを得なくなると思うんです。

 いらなくなったから放置して、増えたらどうしてくれるんだ、っていうのは、やっぱり人間の身勝手としか言いようがない。それを駆除するのは可哀想と言える現代の飽食の人間社会で生きられるって何て幸せなのだろうか、ということも実感しなくてはいけないですよね。

―生物多様性の価値や意味をどのように捉えていますか。

 地球環境というものが常に動的な変異を続けているものなので、その中で生物が多様であり続けることは「必然」だと言えます。生物が多様であるからこそ、結果的に多様な生態系の機能というものが発揮されることで、酸素や水や栄養といった物質循環も維持され、多くの生き物が生かされています。だから人間にとって、生物多様性の意味は理屈じゃなくて必然で、生物多様性があるからこそ、人間はこの地球上で生きていけるということなのです。

 人間という生き物は「社会」がなくては生きられない、生物学的に極めて脆弱な存在です。その人間社会を支えるためには、美しい水と空気、そして栄養豊かな食べ物の安定的な供給が必要で、それらの生産を支えているのは生物多様性が構成する生態系。だから、生物多様性を維持することは、気候変動対策と同列で、人間社会を存続させるための安全保障であって、せざるを得ないことだというのを理解しなくてはなりません。

人流・物流の増加が招く未知のリスク

―人間社会を守っていくという観点で、どういったことが課題になっていると考えていますか。

 グローバル化による人流や物流の増加は、今後世界で考えていかなくてはならない課題だと思います。

 グローバル化でよく例に出す話があるのですが、2016年に中国の広東省で「シャーガス病」を引き起こす中南米原産のサシガメ(動物の血を吸う種類もいる肉食性のカメムシの仲間)が発見されて騒ぎになりました。シャーガス病は、この虫が人を刺すことで病原体の原虫を媒介して感染します。長い潜伏期間をかけて臓器などの中で増えていく致死性の高い病気で、母子感染や輸血でも感染します。このとき中国では、サシガメに懸賞金をかけて南米産の個体が他にいないか徹底的に調べたとされます。

 日本では、このサシガメが見つかったことはまだありませんが、実は、献血の血液中からシャーガス病の抗体陽性者のものが見つかったことがありました。それまで、日本の献血でシャーガス病が入ってくるなんてあまり想定されていなかったわけです。人流・物流が増えることによって、新しい問題が起こってくる例です。

 新型コロナやロシアによるウクライナ侵攻で、食料や飼料作物のグローバルサプライチェーンが様変わりしています。日本も今後、南米など新しい地域との交易が増えていくとしたら、こうした未知のリスクも想定する必要があるかもしれません。

コンテナターミナルとコンテナ船(横浜港)。物流やサプライチェーンのグローバル化をもたらす一方で、ヒアリなど厄介な外来種も運ぶなど、環境への影響も無視できない
コンテナターミナルとコンテナ船(横浜港)。物流やサプライチェーンのグローバル化をもたらす一方で、ヒアリなど厄介な外来種も運ぶなど、環境への影響も無視できない

人間と自然のゾーニングは必要

―人の移動にもリスクがあるんですね。

 大量の人間が自由に動き回ると、人間界に対しても生物多様性に対しても、リスクは基本的に増えることはあっても減ることはないでしょう。

 例えば、近年の観光を取り巻く「オーバーツーリズム(観光客が許容を超えて訪れることで、地域や自然に悪影響を与えている状態)」は大きな環境問題だと捉えられます。

 日本で言ったら、極端な話が富士山。みんなで大挙して列を成して登っていますっていう状況で、山の自然に対する環境負荷を考えたら、エコツーリズムから著しくかけ離れた行為。このままではオーバーツーリズムによって、富士山の自然価値が損なわれてしまいます。

 極端な話、エベレスト方式というか、「入山料が200万円かかります」という具合に、経済と保全が両立するような高値を付けることも検討する必要があるかもしれません。小笠原諸島(東京都)にしたって、自然や生物多様性を守ることを優先するなら、船の旅客料金を10倍くらい引き上げる、なんて策も講じないといけないかもしれない。誰でも自然を楽しめるという自由と公平さは確かに素晴らしいけど、それを守るためには対価が必要となることを、国も国民も意識しないといけません。

 日本だけじゃなく海外の自然に対しても、大勢の観光客がずかずかと入り込むという行為は気をつけないと、シャーガス病のような未知の病気に触れるリスクだって生じかねません。

 環境省主催のとある勉強会で、野生のゴリラの研究で有名な元京都大学総長の山極壽一(やまぎわ・じゅいち)先生に、アフリカのゴリラが生息する地域での人と自然の関わり方について話を伺ったことがありました。そこでは現地の人たちは、決してゴリラなんかと触れ合ったり仲良くしたりしているわけではない。現地の人は何に触ってはいけないか、どこの水を飲んではいけないか、という人間と自然のゾーニングをきっちりしているのだそうです。だからその世界で生きていけるんだと。

 自然というものを知り、そのリスクを知り、そこから遠ざかるということちゃんと心得ていて、自然の中だから何でも受け入れているというわけではないんだ、とお話されていたのが印象的でした。

キングギドラもタイからコンテナで

―話がズレるのですが、お部屋の立派な怪獣、キングギドラのフィギュアが気になりました。

 外来種対策は負け戦って言ったけど、私が大好きなキングギドラも、昭和の時代から歴代勝ち戦がなくて、ゴジラ軍団に負けるか逃げるかしかしていないんです。本当にかわいそうで、2019年にハリウッド版で華々しくCGキングギドラが登場したけど、やっぱり最後は負けていましたもんね。

インタビューした部屋の一角に鎮座するキングギドラのフィギュア
インタビューした部屋の一角に鎮座するキングギドラのフィギュア

 子供の頃からこういうでっかいフィギュアを買うのがあこがれで、大人になってやっと手が届くようになったことがうれしくて。実は、これは日本じゃなくて、タイのフィギュア・メーカーが限定生産方式で販売している特注品。まあ、タイで作っているからコストが抑えられて、買える値段にもなってるんだけど。ただ、日本がお家芸だったフィギュアの造形も、今じゃ海外でこんなに立派なものが作れるようになってる。これもグローバル化と言えるかなぁ。

―コンテナで運ばれて来たんでしょうね。

 箱を開けたときヒアリがいたら嫌だなとか思って(笑)。まあ、偉そうに言っても、自分も海外産に依存した生活しているってことなんですよ。

 海外産の製品が手軽に手に入る。ありがたいですよね。ありがたいけど、本当はやっぱりこういうものは、なかなか手に入らないという「ありがたさ」も大事にしていかないといけないのかなと。パッと手に入れては、パッと手放す、という消費一辺倒な世界じゃなく、お金も時間もかかっているのだからゆっくり長く楽しみましょうという、何事も長持ちする世界を作っていくことが、これからは必要なんじゃないかと思います。

 この度のウクライナ侵攻は、特にヨーロッパにとってショックが大きいものでした。エネルギーが足りない、ガスが来ない、食料が足りないと。社会の安全保障という意味でも、よその国の資源にべったり依存しているというところからいい加減に脱却しないといけないという事実が突きつけられました。グローバル化一辺倒の現状から、人流や物流をもう少しバランスの取れた形にしていけるよう、世界各国が連携して考えいくべきなのだと思います。

うまく折り合ってリスク回避を

―持続的で破綻しない社会をつくるという中で、人間は自然とどのように付き合っていくと良いとお考えですか。

 正直言うと、地球の歴史というタイムスケールで見たら人間活動の影響なんかどうってことないんですよ。地球環境も生物多様性も、過去には全球凍結だったり、巨大隕石で8割の生物が絶滅したりと、もっと悲惨な事態に何度も遭遇してきました。それでも生物多様性はすぐに復活してきました。何しろ生物というのは、バクテリアが1個いればまた進化して増えるわけですから。現代の人為的な環境変化で一番生きにくくなって困っているのは結局我々、人間なんです。

 自然の猛威みたいなものは、人間が頑張ったって到底抗えるものではないというのは、東日本大震災や新型コロナで思い知らされてきました。どう足掻いても勝てない自然に対して、この辺りでうまいこと折り合いをつけて、自然界からのリスクを回避することを考えていかないといけません。気候変動対策や、生物多様性の劣化に対する対策が、結果として、人間が存続するためのリスク回避へと繋がることを、私たちはまず知って、行動に移す必要があると思うのです。

五箇公一(ごか・こういち)

国立環境研究所 生物多様性領域 生態リスク評価・対策研究室長

富山県出身。高校時代は登山部に所属。京都大学農学部に入学後もサークル活動として登山する傍ら、オフロードバイクにはまって日本一周をする。京都大学大学院修士課程修了後、山口県にある農薬会社に勤務。その後京都大学に戻り博士号を取得し国立環境研究所に入所。多才で、趣味としてCGで生き物の絵を見事に描く。

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