コラム - インタビュー -

近未来SF漫画で描かれるテクノロジーの未来(3/3)

漫画家 山田胡瓜さん

掲載日:2018年3月8日

― 「AIの遺電子」の世界では、AIについて、人と同じ扱いの「ヒューマノイド」、身の回りの世話をするだけの「産業AI」、世界を統括している「超AI」という3種類に分けられています。とても独特な設定だと感じましたがそうした背景に何がありましたか。

実は意外に「そこ面白いね」と言ってくれる人があまりいないのですが、個人的には読む人に新規性を感じてもらえたらいいなと思っているポイントです。

近未来の世界を考える中で、人間に近い知性や能力を持った機械ができた場合に、それをどう扱うかという問題が出てくるのではと考えました。例えば、人間は動物に対して自分との親近感というか「距離」のようなものを判断して扱いを決めているように感じています。生き物を殺したりする場合、小さな虫よりも哺乳類の方がかわいそうという気持ちが強くなります。でも家畜は仕方ない、ペットは殺すには忍びないというように、自分たちとの親近感の違いや生き物としての距離みたいなもので、共感性が変わります。

AIが発達したら同じような問題がそこでも起こると思います。まるっきり人間のシステムを再現したAIができたとしたら、それを単なる「機械」としては扱いにくくなるはずです。これがヒューマノイドです。それでも、そこから少しでも人間性の要素が間引かれて違うシステムになれば機械として扱って良いものになります。それが漫画の中に出てくる産業AIです。さらに超AIは人間をはるかに超えていて、もうよく分からないものになっている存在です。その線引きというのはあくまで人間の価値観なのですが、そういう考えの中で3種類のAIを作りました。

画像7 産業AIはロボット型から人型まであるが、ヒューマノイドとは明確に分けられている(第43話「人間の証明」より)(c)山田胡瓜(秋田書店)2016
画像7 産業AIはロボット型から人型まであるが、ヒューマノイドとは明確に分けられている(第43話「人間の証明」より)(c)山田胡瓜(秋田書店)2016

―物語はとても人間的で身近な問題などを扱われていますね。

壮大なバトルとか、大宇宙戦争みたいになると一人の人間って小さくなりがちっていうか。「電子通貨が発達し過ぎて子供がおつりの計算できなくなっているよ」みたいな身近な話題は、壮大なスケールの物語では扱いづらいじゃないですか。だから、そんなに派手さはなくて良いから、我々が生きている世界の未来を考えるきっかけになるような作品にしたいな、という思いでこの漫画を描いています。テクノロジーというのは問題はいろいろあるけれども、やはりそれで幸せになる人や救われる人っていうのもいるよね、という話にできたらいいなっていう気持ちがありますね。

― SF作品というと暗い未来を描く作品も多くありますが、「AIの遺電子」の未来社会は非常に前向きですね。

SF作品というと暗い未来社会を描いたいわゆる「ディストピアSF」というのがあります。ですが僕は、僕らが感じるディストピアって未来の人の日常である面もあると思っています。逆に言うと、僕らが今肯定している、良しとしているこの世界も、100年前の人たちから見たらおぞましい世界である可能性が高いと思うんですよ。

冷静に考えれば、昔の人が考えたディストピアSFの世界って、管理社会だとか、生命に対する敬意のなさとか、車が公害を出しまくっているとか、そこら中コンクリートで木が全然ないとか。そういう感覚からすると、今の暮らしって十分ディストピアだと思うんですよ。ですが、僕らはその世界を生きていて、やはりそこに感動だとか、人間味みたいなのがあると信じて生きているのだと思います。それはどの時代においてもそうなんじゃないか、と。人間の価値観というのはやはり時代によって変わっていってしまうものですが、それを人間は肯定する力を持っていると思うのです。ですから未来の人たちやヒューマノイドがいたとして、そこには彼らが楽しく生きられる仕組みっていうのがやはりそこにはあるのかなと。そういう考えで「AIの遺電子」の世界を描いています。

IT系の記者から漫画家になった

―漫画家になられた経緯を教えてください。

漫画家になる前はテクノロジー関連のニュースサイトでIT系の記者をしていました。それとは別にもともと漫画家になりたいという気持ちがありまして、ゆっくりでしたがコツコツと漫画を描き続けていました。そうした作品の一つが講談社から賞をいただきまして、それをきっかけに会社を辞めて本格的に漫画家を目指して活動をはじめました。

記者をしていた頃はいろいろな事を書いていましたが、最も長く最後まで関わった(取材、執筆)分野は携帯電話やモバイル通信などの業界でした。僕はもともとITやテクノロジーにあまり詳しくありませんでした。でも職場には小さい頃からパソコンに触れていたような詳しい人たちが多くて、彼らにいろいろと教えてもらいながら学んでいきました。周りが楽しそうにやっていたので、僕もだんだんとそういったものに興味を持ちましたね。

記者時代はそういった新しい世界にいち早く触れられるのが魅力的でした。ちょうど、スマートフォンのようなものが登場して日本を席巻していく様などを記者として見ていました。当時は拡張現実(AR)やAIの「ディープラーニング」などといった技術が注目を浴び始めた頃で、そういうものを個人的な興味もあってずっと追っていました。記者としてテクノロジーの世界に関わった経験があるからこそ、今このような漫画が描けているっていうのは確かです。特に、情報のディティールは実際に関わっていないと出てこなかったのだろうなと感じています。

漫画家の仕事の仕方もテクノロジーで変化している

― 最近、仕事の環境をすべてデジタルに移行したというお話を伺ったのですが。

最近、「AIの遺電子」シリーズが週刊誌から月刊誌に移りまして、そのタイミングで仕事の環境を全てデジタルにしました。これまでは、手描きで「ペン入れ」(ペンで線画を描くこと)まで行って、それをスキャンしたものを基にパソコンで仕上げていました。今はフルデジタルになり、紙を使う工程が完全になくなりました。フルデジタルに移行する前は、線画は紙とペンで描いた方が暖かみのあるものが描けると思っていました。実際そういった面はあるのですが、代わりにデジタルだと間違った線を消したり直したりするのが簡単という特性があります。やってみると、僕の場合はデジタルの修正が速いメリットの方が大きく、結果として良い絵が描ける事に気づきました。

また、僕の場合は背景の描き込みなどを遠隔地にいるアシスタントに頼んでいます。離れた場所にいるアシスタントとサーバー上の原稿データを同期させて、音声チャットなどで情報交換をしながら仕事を進めています。これもデジタルだから出来ることですね。

フルデジタルで作業することは今や珍しいものではないと思います。編集者に聞いたら、雑誌の漫画家では、もう半分以上がフルデジタルで作業していて、これからデビューしたり描き始めたりする方はほとんど全員デジタルで、中には紙で描いたことがないような方もいるそうです。

― フルデジタルで作業をして、最後は雑誌など「紙」になるというところが面白いですね。

そうですね。最後は紙なんだ・・・という。そこも今後変わっていくかもしれませんが。漫画をどう提供するかは、今難しくなっていると思います。漫画に限らず雑誌というものが読まれなくなっているのは事実だと思うので、雑誌以外の提供の仕方ということも模索していくべきなのだとは思います。

一方で、パソコンや電子書籍で雑誌というと、やはりまだ読みにくいです。いろんなものが載っているという雑誌のメリットが、電子書籍になってしまうと逆に煩わしくなりがちです。また、電子媒体だと読みたいものだけ読めて安価な方が良い、という気持ちになりがちで、その点も雑誌と相性が良くありません。メディアが変わると、感じ方や適した提供の仕方が変わっていくのだな、と最近感じています。

― 最後に、今後の活動への抱負などがありましたら教えてください。

未来がどうなるかっていうのはやはりずっと気になる問題ですね。いつの時代の人もそう思っているのかも知れないですけど、今は世の中が変わっていく過渡期で、不安もあるけれど期待も大きい時代だと思います。物語にも新しい要素を入れやすい時代だと思うんですよ。「AIの遺電子」シリーズかは分かりませんが、そういうことにチャレンジしていきたいなという気持ちがありますね。

(サイエンスポータル編集部 腰高直樹)

山田胡瓜 氏

山田胡瓜(やまだ きゅうり)さんのプロフィール
漫画家。2012年、「勉強ロック」でアフタヌーン四季大賞受賞。元「ITmedia」記者としての経験を基に、テクノロジーによって揺れ動く人間の心の機微を描いた「バイナリ畑でつかまえて」を「ITmedia PC USER」で連載中。「Kindle版」は「Amazon」のコンピュータ・ITランキングで1位を獲得した。2015年11月、週刊少年チャンピオンで初の長編作品となる「AIの遺電子」を連載開始。2017年10月より続編の「AIの遺電子RED QUEEN」を別冊少年チャンピオンにて連載中。

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