インタビュー

第5回「長期的な水ビジョンや水変動の予測をたて、水危機に備える」(大垣眞一郎 氏,依田幹雄 氏 / 国立環境研究所 理事長, 日立製作所 インフラシステム社技術主管)

2012.12.10

大垣眞一郎 氏,依田幹雄 氏 / 国立環境研究所 理事長,日立製作所 インフラシステム社技術主管

「世界の水問題を解決するための革新的技術の創出に挑戦」

気候変動や人口急増、都市化などの影響で、世界の水事情がますます逼迫(ひっぱく)している。科学技術振興機構(JST)は戦略的創造研究推進事業「CREST」として、2009年から『気候変動等により深刻化する水問題を緩和し、持続可能な水利用を実現する革新的技術の創出』の研究課題を採択し、世界の水問題の解決を目指している。採択からちょうど3年目を迎えたところで、研究総括の大垣眞一郎・国立環境研究所理事長と、副研究総括の依田幹雄・日立製作所インフラシステム社技術主管の2人に、水領域研究の狙いや最近の成果、今後の見通し、課題などを聞いた。

―「鼎(かなえ)チーム」の挑戦している「全球水資源モデル」とはどんなものでしょうか。

《大垣》
最近になって世界の「水危機」を訴える話題が、論壇誌や科学雑誌などで盛んに取り上げられるようになりました。国際社会の関心が集まることは大切なことです。でも、そうした危機の実態を裏付ける明確なデータやエビデンス(根拠)は、果たして十分にそろっていると言えるでしょうか。鼎チームは、経験的に語られてきたきらいのある世界の水危機の議論を、科学的に進めるために各種のデータやモデルを使って、より確かなものにしようと挑戦している、意欲的な研究です。

これまでの土地利用の変化やダム・貯水池の増加、工業用水や家庭用水の増加などを組み込んだ「過去の社会シナリオ」と、これからの気候変化や人口変動、将来の食糧需要量などを組み込んだ「将来シナリオ」を使って、『全球水資源モデル』を作りました。

この水資源モデルをコンピューター上で動かし、1960年から2040年代の、世界の地域ごとの水需給の再現と予測シミュレーションを視覚化することができました。これは将来、どの地域で水資源の逼迫や持続性のない(無駄な使い方の)水利用が進むかが分かるもので、世界の“水危機の指標”ともなりうるものです。

一方、人為的な水利用や気候変動によって河川の流量が変化すると、魚類の種数にどのような影響が出るかの「推定モデル」を、世界の主要河川について初めて作りました。これを先の「全球水資源モデル」と統合した「水利用の長期ビジョン」も作成しています。

下の図は、世界各地の「取水源別の灌漑に必要な水量」のアジア・中東版です。ここでは中国、インド、パキスタンを例にとって過去(1960-90年代)と将来(2040年代)を比べてみました。

灌漑地面積はインドと中国で急増しています。

それぞれの棒グラフは、左側の4本(「河川(青色)」、「大規模ダム(紫色)」、「中小貯水池(緑色)」、地下水等の「非持続的な水資源(赤色)」)が現在利用中の水資源量を表し、右端の1本は将来の水需要で、と人口増加・農地増加による「追加必要量(黄色)」です。

いずれも将来の水危機がくっきりと表れていますが、中でも「追加必要量」の大きなインドやパキスタンは一層深刻になることが予想されます。これらの水危機を緩和するためには、どんな技術や社会制度を選択することが必要か、このようなモデルが今後の議論のベースとして使えそうです。

取水源別の灌漑に必要な水量の変化
取水源別の灌漑に必要な水量の変化

国際学会などには未発表の段階ですが、早くも米国の著名な専門家から「人間活動による水循環の変動」をテーマにした論文特集を企画中なので、最新の成果を投稿してみないかと誘われているようです。

2007年にノーベル平和賞を受賞したIPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、今年3月に『気候変動への適応推進に向けた極端現象及び災害のリスク管理に関する特別報告書』(極端現象に関する特別報告書)を発表しました。鼎准教授はその報告書の第3章(洪水、渇水、大雨、熱波編)の国際共同執筆者にもなっていて、次の2014年の第5次報告書に今回のCRESTの成果を取り上げて貰えるよう頑張っています。

―これで水領域7チームのポイント紹介をひとまず終えます。それぞれに国際的レベルで注目される成果を出し始めているようですね。関わっている研究者も大勢で、特許や論文などもかなりの数に上るのではないでしょうか。

《大垣》
「水領域」の第1期の研究者は7チームで、総勢約340人に上ります。これまでのまとめでは、欧文・和文の論文が213件、学会発表が105件、口頭発表478件、受賞が42件に達し、内容もかなり広範にわたっています。これからの2年余に、関連のある研究をそれぞれどのようにつなぎ、行政や自治体、企業を巻き込んだシステムとしてどのようにまとめ、動かしていくかが課題になります。

《依田》
特許は13件出されています。企業の立場から言えばもっともっと欲しいところです。産業界と一緒にやってきたチームは特許に前向きです。研究成果が出たらまず特許を取得し、知財を抑えておこうというのが産業界の基本的な考え方です。特許は論文よりも財産権の面で意味があるからで、多くの企業では論文投稿は特許出願後に行っています。

《大垣》
大学の立場から考えると、特許の扱いはなかなか難しいところがあります。大学は学生の教育や学位取得が優先するので、基本的に成果の公開が原則です。先ず論文として公表し、すみやかに特許を申請する方法で進めています。その際の手間の煩雑さと、特許の価値や取得後の権利維持にかかる費用などとのバランスを考えることも必要ですね。

―これから後半のマネージメントをどのような方法で進め、着地点をどう考えていますか。

《大垣》
一つは、オールジャパンの水利用に関する理念やシステムの考え方を、CRESTでの研究成果に基づいて提案できるといいですね。各都市や上下水道施設、実験施設での具体的なデータを実例として出せるようになれば、分かりやすい成果として使えるでしょう。もう一つは、各分野間の連携を目に見えるようにどう具体化するかです。例えば、個別の水技術とスマートシティーの概念や、情報システムと水システムなどの関わり等が、これから徐々にまとまってきますので、そうした新しい切り口の成果も期待しています。

―水関連の事業は国土交通省、厚生労働省、農林水産省、環境省などに広くまたがっています。その中で文部科学省・JSTがCREST研究として取り組む意義はどんな点にあるとお考えですか。

《大垣》
国交省や厚労省は、上下水道の事業本体を中心に何年も前から総合的に担っていて、実際に大きな予算や組織を動かしています。そうした中でJSTの水領域の研究に期待されているのは、「日本の中長期的な水ビジョン」を描くとか、気候変動に伴う「地球全体の水変動のトレンドを予測」し、水危機に備えるための提案をすることではないでしょうか。社会の共通概念として「水」を扱い、あるべき大きな理念を打ち出すことが、学術や科学技術に求められていることだと考えます。CRESTの成果として、そのような提案を打ち出したいですね。
例えば日本では地下水に関する法律が未整備ですが、その技術的な課題を整理し、様々な問題点と科学的エビデンス(根拠)が出せれば、法制化に繋げることもできるのではないでしょうか。

《依田》
水関連の研究と取り組んでいる大学の先生方は、ほとんどの方が産業界や自治体の水関連事業や委員会、協会などと密接なネットワークを持って活動をしていま す。水資源はまさに日常的に利用しながら、さらなる高度な研究を積み重ねていくという現実があるのです。

昨年は東日本大震災を経験しました。「水領域」の研究が開始された時には予想もしなかったことです。最後に「災害対策」としての水研究にはどんな取り組みが考えられるでしょうか。

《大垣》
直接的には恩田チームによる「森林と水源管理の研究」が、福島原子力発電所から飛散してきた放射性物質の挙動の調査にもすぐに役立ちました。また、沖大幹東大教授のチームも、放射性物質がどのように動くかを研究しています。首都圏では放射性物質のヨウ素が水道水源に混入してしまう事態がおきましたが、塩素や活性炭でもかなりヨウ素の除去ができるということも分かりました。都市のライフラインを守る意味で、地下水や再生水利用のありかたが浮上してきました。地下水は巨大な貯水槽ですから、震災時などには緊急の水源として使えます。

再生水についてはこれから議論を深めていく必要があります。災害時の危機管理対策として、取水制限がなされた場合などに、電気さえ通じていれば水洗トイレ用の水などに使えるはずです。こうした都市システムのロバスト性(強靭性)については、是非とも考えておきたいですね。

《依田》
CRESTのテーマに沿ってたくさんの応募があり、その中から選考しました。ですから途中でケーマや研究課題を軌道修正することは極めて難しいのですが、東日本大震災という甚大な災害を体験しただけに、セキュリティー対策の面からこの「水領域」を見直してみることも良いのではないかと思います。

折り返し点を過ぎ、これから後半の2年余に入ります。みなさんの一層の成果を期待しております。ありがとうございました。

(完)

(科学ジャーナリスト 浅羽 雅晴)

大垣眞一郎 氏
(おおがき しんいちろう)
大垣眞一郎 氏
(おおがき しんいちろう)

1947年、東京都生まれ。69年東京大学工学部都市工学科卒、74年同大学院博士課程修了、工学博士。東北大助手、東大助教授、アジア工科大学(タイ国)助教授を経て89年 東大大学院教授。東大工学部長。日本学術会議副会長を2回務め、国際水学会(IWA)副会長。2009年から(独)国立環境研究所理事長。専門は都市環境工学、水処理工学、水環境工学。著書に『自然・社会と対話する環境工学』(共編、土木学会)、『環境微生物工学研究法』(共著、技報堂出版)など多数。

依田幹雄 氏
(よだ みきお)
依田幹雄 氏
(よだ みきお)

1946年、長野県生まれ。 (株)日立製作所インフラシステム社技術主管。技術士(上下水道部門、総合技術監理部門)、環境カウンセラー(事業者部門、市民部門)。日本技術士会会員、電気学会上級会員、日本水環境学会会員、環境システム計測制御学会会員。環境調査センター環境賞優良賞、日本水道協会有効賞などを受賞。

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