インタビュー

第4回「ジョークでやった実験が大発見につながった」(橋本和仁 氏 / 東京大学大学院工学系研究科 教授)

2012.07.27

橋本和仁 氏 / 東京大学大学院工学系研究科 教授

「東大教授が挑戦する小、中学生向けの新エネルギー講座」

橋本和仁 氏
橋本和仁 氏

東日本大震災と福島原発事故から1年余が過ぎた。エネルギー問題の重要性はますます高まるばかり。次世代の子どもたちにエネルギーをどう教えたらいいか、専門的で難しいテーマだけに、義務教育の現場では混乱や戸惑いが広がっている。光触媒の開発や有機薄膜太陽電池、微生物を用いた発電システムなど、幅広い分野で世界最先端の成果を挙げている橋本和仁・東大教授が勇躍、北海道空知郡南幌(なんぽろ)町の小、中学校を訪れ、「新エネルギーについての学習会」で講演した。東大教授の熱血授業に、はたして子どもたちの反応は?

―ここからは南幌中学校での授業に移りましょう。小学生とは何か違った工夫をされたのでしょうか。

中学生が興味を持つように、私としては精一杯工夫しました。ゴキブリを「光触媒」(酸化チタン)で分解した実験などを持ち出したのですが、残念なことに北海道にはゴキブリがいないので、面白みや凄さが伝わらなかったようです。

ジョークでやった実験が大発見につながった
ジョークでやった実験が大発見につながった

一方で、東京大学のひどく汚かったトイレからヒントを得て、光触媒で浄化するという新しい現象の発見は、面白く理解してもらえたようです。

中学生ともなると、理科でかなり勉強をしているでしょうから、植物の光合成と太陽電池に加えて、私の専門である人工光合成や光触媒の原理、光触媒を使って 世界中で役立っている製品の数々などを、できるだけ紹介しました。ここでも時間切れで質問を受けられなかったのが心残りです。

―太陽電池をご自宅で使われているようですね。

天気の良い日にはわが家では20キロワット時以上も発電します。オール電化で、あまり節電努力をしていなくとも、晴れていれば太陽電池の発電で十分足りる くらいです。太陽電池は良くできていますが、残念ながら電気を蓄えられないので、バッテリー(二次電池)が必要です。それが結構高価なこともあって普及に ブレーキがかかっているのかもしれません。

―太陽の光エネルギーを蓄積する方法を、中学生にはどのように説明されたのですか。

植物が太陽光を葉っぱで受け止め、栄養分(デンプン)としてエネルギーを蓄積しているのが「光合成」です。これは太陽エネルギーを化学エネルギーに変換しているのです。

イネも光合成によって米粒として実らせ、そこにエネルギーを溜めています。私たちは必要なときにそれを食べて、体内でデンプンを燃焼させてエネルギーを取り出します。このあたりにも力を入れて話しました。

―太陽電池はそのままではエネルギーを溜めておけないが、植物は化学エネルギーとして溜めておけるのですね。

植物がデンプンとして蓄えるよりも、もっと簡単な方法で、かつ、使いやすい物質に人為的に蓄えようというのが「人工光合成」の考え方です。色々なタイプが ありますが、私が小学生時代に隣家のお兄ちゃんから教わった「水の分解」が一番良い方法です。

ジョークでやった実験が大発見につながった
ジョークでやった実験が大発見につながった

水は地球上に無尽蔵にあります。太陽の光エネルギーで水素と酸素に分解できれば、そのうちの「水素」だけを蓄えればよいのです。必要なときに水素を燃やせば空気中の酸素と反応し、また元の水に戻るから、最も素晴らしいエネルギーの蓄え方になるのです。

その第一段階の「水の光分解」では、東京大学の私の前の教授である藤嶋昭先生と、その前の教授だった本多健一先生が、「酸化チタン電極」を水中に入れて光 (紫外線)を当てると酸化チタン電極から酸素が、ブクブクと泡をたてることを初めて発見し、1972年に「ネイチャー」誌に報告しました。酸化チタンは無 色で、その粉末は、女性のお化粧の白粉(おしろい)の原料に使われているごくありふれた物質です。

―これがうまくいけばエネルギー問題の解決にもつながるはずですね。

発表当時は第1次石油ショックだっただけに、世界中から大変注目されたようです。でもなかなかうまくいかなかった。特に粉末光触媒を使ったときは、全く水の分解は進まなかったのです。

しばらくして、その原因は、発生した水素と酸素がすぐに逆反応して水に戻ってしまうのではないか、と気付いた人たちがいたのです。80年、第2次石油 ショックの時でして、当時愛知県岡崎市の分子科学研究所にいた坂田忠良先生と川合知二先生です。ちょうどその年に、私も3人目のメンバーとしてそのグルー プに加わっていました。そこで私たちは試しにアルコール(有機物)を入れてみたら、驚いたことに水素が一気に発生し出したのです。

感動しましたね。これで世界のエネルギー問題が解決できるだろうと思ったくらいです。しかし、あれから30年。光触媒はまだ解決に役立っていません。それは地上にわずかしか届かない紫外線だけを受けて水分解の働きをするからです。

―ゴキブリの分解はどうして見つけたのですか。

アルコールで水素発生反応が進んだのなら、同じ有機物質のゴキブリではどうだろうかと、私たち一流のジョークのつもりでしたが、みごとに水素発生が進行したのです。この話しはゴキブリのいるところでは受けますよ。

89年に分子科学研究所から東京大学講師として戻りました。ところが東大のトイレの汚さと嫌な臭さには驚きました。我慢できないくらいです。

そこでハタと思いついたのです。「ゴキブリを分解できたのだから、トイレの黄ばみや臭いくらい分解できるはずだ」と。これも私のジョークであって、学問でもサイエンスでもありません。

早速、当時上司だった藤嶋先生に相談し、メーカーに電話してみました。「ひょっとして、黄ばまない便器ができるかもしれない…」。すぐに共同研究が始まりました。東大のトイレがすごく汚かったからこそ、この発見が生まれたのです。

ジョークでやった実験が大発見につながった
ジョークでやった実験が大発見につながった

―必要は発明の母ですね。アイデアがこんこんと湧き、次々と大発見が生まれたようですね。他にはどんな発見がありましたか。

トイレだけではありません。酸化チタンは無色透明ですから、様々な材料にただ塗っておくだけで、太陽光と雨水さえあれば、ばい菌も、空気の汚れも簡単に分解してくれるのです。

この反応は「光誘起分解反応」と呼ばれますが、さらにその研究の過程で、私たちは「光誘起親水化反応」を発見しました。

酸化チタンをコーティングした材料の表面で起きる不思議な現象です。材料表面が、太陽光(紫外線)を当てることにより、非常に水に濡れやすくなり、水滴を 滴下すると瞬時に表面に広がってしまいます。この現象は光照射をやめても10時間以上も持続します。科学的にも新規な現象で、論文は97年に「ネイチャー」誌に掲載されました。科学的に新しいだけでなく、応用技術としても意味がありました。表面に付いた油などの汚れが、霧吹きをかけただけでサッと洗い流されてしまうのです。

「光誘起分解反応」と「光誘起親水化反応」により、酸化チタンをコーティングした材料は「セルフクリーニング効果」と「抗菌、抗かび、防曇効果」が現れ、 現在、世界中で多方面に実用化されています。産業界にも大いに貢献し、現在国内で年間700~800億円、海外でも同じサイズの市場ができているともいわ れますが、もっともっと拡大するでしょう。

ジョークでやった実験が大発見につながった
ジョークでやった実験が大発見につながった
ジョークでやった実験が大発見につながった
ジョークでやった実験が大発見につながった

ところが、なぜこういう現象が起きるのか、特に「光誘起親水化反応」は発見から20年もたっているのにまだ原理が解明できていません。世界中で私を含めて科学者が大論争を続けているのです。

―それほど科学の重要なテーマでも、最初のきっかけはほんの遊び心であり、ジョークから生まれたものなのですね。

勉強や研究を一生懸命やるのも大切だが、科学には遊び心や好奇心がとても大事なのです。理科は面白いですよ。いま君たちが願っていることが、将来何かのきっかけでポンと実現することだってあるかもしれないので、諦めてはいけません。

私の研究室では、以前、私が試みてうまくいかなかった人工光合成反応を、20歳代の若い学生がエネルギー問題の解決につなげようと、夜もほとんど寝ずに頑 張っています。世界的な良い成果が幾つも生まれているので、夢の人工光合成の装置も必ずや実現するのではないかと期待しています。

―小、中学校での講演のポイントはよく分かりました。最後に中学生の反応と、校長の感想を取材しましたので、紹介しておきましょう。

柏谷 皇河(こうが)くん(中学1年)

理科が大好きなので期待して聞きました。すごい話しばかりで驚きました。講演はだいたい理解できたように思います。何だかとても面白かったので、ついついうなずきながら聞きました。電子のエネルギーと食べ物のエネルギーが同じだという点が難しかったかな。

岡本 佳彦・南幌中学校長

大変興味があったので、午前中の南幌小学校での講演も聞きに行きました。こうした最先端のエネルギーの話を中学校でやっていただけたのは素晴らしいことで す。貴重な話だけに小、中学生だけでなく、多くの高校生にも是非とも聞かせてあげたいと思いました。良い刺激を頂いたことに大変感謝しています。

(科学ジャーナリスト 浅羽 雅晴)

(続く)

橋本和仁 氏
(はしもと かずひと)
橋本和仁 氏
(はしもと かずひと)

橋本和仁(はしもと かずひと) 氏のプロフィール
1955年、北海道・南幌町生まれ。函館ラサール高校卒。80年、東京大学大学院修士課程修了。分子科学研究所助手、東京大学講師、助教授を経て97年から東京大学大学院工学系研究科 教授。日本学術会議会員。JST戦略的創造研究推進事業「ERATO」(2007-12年度)と「さきがけ」の研究総括、「先端的低炭素化技術開発事業(ALCA)」の運営総括、「CREST」の副研究総括などを務めている。日本IBM科学賞、内閣総理大臣賞、恩賜発明賞、日本化学会賞などを受賞。

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