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コラム - インタビュー -

第1回「1本とった民主党」

甲南大学 教授、京都大学 名誉教授 佐藤文隆 氏

掲載日:2009年12月4日

「科学技術エンタープライズで雇用拡大を」

行政刷新会議の事業仕分けで科学技術予算にも国民の大きな関心が向いている。研究者たちの反撃は素早く、厳しい評価も一部見直されそうな雲行きだ。しかし、こうした動きを冷静に見ている研究者もいる。16年前、政権交代で建設途中に計画中止となった米国の超巨大加速器「SSC」の例などを引き、科学技術と国家の関係のとらえ方が日本はまだ未成熟ではないか、という見方だ。京都大学基礎物理学研究所長、同理学部長などを務めた佐藤文隆・甲南大学教授に今回の動きと科学技術政策のありようなどについて聞いた。佐藤氏の話のキーワードは、「科学技術エンタープライズ」と「雇用」のようにみえる。

- ノーベル賞受賞学者をはじめとする機敏な動きが功を奏し、次世代スーパーコンピューター開発計画なども政治判断で息を吹き返しそうな雲行きですが。

佐藤文隆 氏

佐藤文隆 氏

 

個々の関係者が一斉に声を上げることは大事です。今回のような流れの中で、科学技術予算のあり方が国民の前に明らかにされることはいいことですから、研究者たちも自分たちの視点を世間に通用するように鍛えるいい機会です。ノーベル賞学者が出てきたから政策論議なく物事が決まるでは、政治的には成熟していかないと思います。

科学は税金とは本来無縁のものでしたが、20世紀後半、この二つの結びつきはどの先進国でもどんどん大きくなりました。だが科学技術にどれだけ税金を投入するかを決める仕組みに定番があるわけではありません。日本では数年前から、元学長や学者経験者が常勤議員として入っている内閣府の総合科学技術会議が、省庁から出てくる事業をランク付けして財務省の予算算定の参考にする仕分けを始めていました。その昔は自民党と財務省がやっていた過程をある程度可視化したわけですが、今回は民主党がこのプロセスを国民の前にさらけ出したということです。そのこと自体は政治の仕組みとしてはよかったのではないでしょうか。民主党が1本とった形です。

世界を見ると、科学と税金の関係を劇的に表現して見せたのは米国での「SSC」(超伝導超コライダー)建設中止事件です。レーガン大統領が1988年、両脇にノーベル賞を受賞した素粒子物理学者たちをずらり並べた記者会見で、大々的に発表した計画です。既に20%程度建設が進んでいたのが政権交代で1993年に中止となりました。2,000人の首をきり、投入済みの20億ドルに加え、加速器用のトンネルを埋め戻すのにも巨額な費用をかけました。

当然、物理学者たちの猛反発があり、私自身も日本人なのにカッカカッカしたことを覚えています。ただ、いろいろ考えるうちに、SSCは政争の具にされて葬られたというのは皮相な見方だと考えるようになりました。この過程を書いたのが「科学と幸福」(岩波書店、1995年)という本ですが、冷戦体制の崩壊という国際情勢の大きな流れが背景にあり、国民の見方の変化を政治家が敏感に察知したということなのです。ノーベル賞受賞者数の増大、国家のプレステージ向上、人類のフロンティア開拓といった政府の呼びかけに国民は感動しなくなったという変化です。「巨大加速器」か「健康保険制度」のどちらが大事か、とクリントン民主党政権が国民に問うことは十分あり得たということです。

- 「事業仕分け」をする側の人たちはどうか分かりませんが、研究者を含め、まだ多くの人はそこまで考えが及ばないということでしょうか。では、今回研究者や国民はどのように対応すべきだ、とお考えでしょうか。

税金配分の俎上(そじょう)で国民との議論を深めるには唐突のようですが「雇用」という観点から問題をとらえるべきです。日本が営々としてここまで築いてきた世界ブランドの「科学技術エンタープライズ」を発展させて世界の中でわれわれの子弟が生きていく雇用を確保するという方策と決意のほどを科学界も政策担当者も提出すべきだということです。エンタープライズというのは「界」ということで、論文づくりの研究者たちだけでなくもっと広くとらえた世界というような意味です。現場の研究者や狭義の研究支援者だけでなく、研究情報や巨大な研究インフラの運用、研究機器の製造販売、知的財産関係、科学技術国際機関、小中高の教育現場、社会教育、文化、メデイア、等々を含めた大きな集団のことです。

医療の世界を見てください。かつては、医師がいて看護婦がいるというイメージでした。いまそんな見方をする人はいないでしょう。検査技師を初めさまざまな職種の人がいて、病院もあれば開業医もいる、臨床もあれば基礎もある、保険事務も財務もある、製薬も医療機器メーカーもある、と医療の世界の多様な構造はたいていの人は認識しています。しかし、科学というと相変わらずノーベル賞受賞者が模範であるような狭い職種の人しか、多くの国民はイメージしないのではないでしょうか。日本の研究力が増してきたのはこの長年にわたって築いてきた科学技術エンタープライズのおかげで、傑出した業績を可能にする環境も整ってきたからです。

それこそ国民の税金をつぎ込んで築いてきた国民の資産であり、これを活かして世界で生きていく方策が示され論議される必要があると思います。「生きていく」を「雇用」と表現しているだけで起業でも何でもいいのですが、国家の政策として日本の科学技術ブランドを一体的に世界に提示されていることが重要だと思います。挑発的に言えば、クォークのノーベル賞を日本の先端技術での受注増に結びつける力量が政策担当者に求められているのです。最先端での研究のプレイヤーには「ウインブルドン化」がもっと起こるべきだと思いますが、それで活性化する科学技術エンタープライズの雇用は納税者に開かれるべきですし、その多くは次世代の教育にも割かれるべきでしょう。

今回「次世代スーパーコンピューター」も技術上の戦略論議はあの場にふさわしくなく、「世界一」なら「雇用」が増えるという論議をしてほしかったと思います。

(続く)
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佐藤文隆 氏
佐藤文隆 氏
(さとう ふみたか)

佐藤文隆 (さとう ふみたか)氏のプロフィール
1956年山形県立長井高校卒、60年京都大学理学部卒、64年同大学院中退、理学部助手、同助教授を経て74年京都大学教授。京都大学基礎物理学研究所所長、理学部長を歴任し、2001年から現職。理学博士。基礎物理学研究所所長時代、湯川記念財団の依頼で「湯川秀樹選集」をまとめる。日本物理学会会長、日本学術会議会員、物研連委員長なども務め、現在はきっづ光科学館ふぉとん名誉館長、理化学研究所相談役、核融合エネルギーフォーラム議長、平成基礎科学財団評議員なども。「アインシュタインの反乱と量子コンピュータ」(京大学術出版会)「異色と意外の科学者列伝」「雲はなぜ落ちてこないのか」「火星の夕焼けはなぜ青い」「孤独になったアインシュタイン」「科学者の将来」「宇宙物理」「一般相対性理論」「科学と幸福」(岩波書店)、「宇宙物理への道」「湯川秀樹が考えたこと」「アインシュタインが考えたこと」「宇宙物理への道」(岩波ジュニア新書)など著書多数。

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