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コラム - インタビュー -

第2回「 東アジア科学技術協力構想」

宇宙航空研究開発機構 副理事長、元文部科学省文部 科学審議官 林 幸秀 氏

掲載日:2009年3月9日

「中国と科学技術人材育成を」

国際社会における中国の存在感が急速に大きくなっている。国内総生産(GDP)で中国が2015年に日本を追い越し、2040年ごろには米国も追い抜き世界一の経済大国になる。文部科学省の「科学技術白書」(2008年版)は、米ゴールドマン・サックス社のそんな予測グラフを掲載した。日本にとって中国抜きには何事も進められない時代がすぐそこに来ているということだ。科学技術振興機構・研究開発戦略センター中国総合研究センターの中国科学技術力研究会主査を務め、昨年末に報告書「中国の科学技術力について」をまとめた林 幸秀・宇宙航空研究開発機構副理事長、元文部科学省文部科学審議官に中国の現状と将来について聞いた。

- 中国の科学技術力評価とあわせて、昨年11月に「日本の科学技術の現状と展望」というレポートを社会技術研究開発センターから出されましたね。

林 幸秀 氏

林 幸秀 氏

これも科学技術振興機構・研究開発戦略センターの先端技術分野での国際比較などのデータを基に、日本のこれからの科学技術政策を展望したものです。前に述べたことと重複しますが、研究論文の分析を基に米国と欧州と日本の基礎科学分野の力を比較しますと5対3対1となります。自然科学のノーベル賞受賞者の比率も、ちょうど同じですね。昨年の4人の受賞者を含めて日本の基礎科学の力量はこの程度です。先端科学技術分野では、日本は少ない人材、資金にもかかわらず健闘してはいますが、これから単独で欧米と伍していくのは無理ではないかと思われます。中国、韓国、東南アジアなどと何らかの形で連合しないとやっていけないのでは、ということです。

一番の問題は、人材です。米国は人材が流通するシステムがあり、それらの人たちをきちんと評価し、処遇するシステムも確立しています。欧州は米国ほどの人材の吸引力はありませんでした。しかし、欧州連合(EU)がうまく行き出しており、英国、フランス、ドイツを中心に有機体としての欧州が出来上がりつつあります。さらに欧州の強みは後背地を持ったことです。冷戦が終わり、従来の西欧だけでなく中欧、東欧を取り込む素地が出来ています。チェコ、ポーランドなど、戦前を含めてノーベル賞受賞者がおり、さらに昔にさかのぼれば中世以来、科学についての相当な伝統のある国々が欧州の中、EUの中に入りつつあるわけです。人材を取り込むシステムができ、科学技術も徐々にうまく行っています。日本は全くそうなっていないのです。

高度成長期においては、日本は単独で米国、欧州と戦えると思っていました。私なども疑いもなくそう考えており、実際に原子力や宇宙開発も単独で米国、欧州と張り合おうとしていました。欧州が連合体である欧州宇宙機関(ESA)を作って宇宙開発を、原子力でも欧州原子力共同体(ユーラトム)を作り共同で進めていたのに対し、日本は単独で開発するのが当たり前でした。核融合をみても、欧州はEUとしてプラズマ実験装置「JET」を開発したのに対し、日本は独自で核融合実験装置「JT60」を開発したのがよい例です。

しかし、米国、欧州が強くなる一方、日本は失われた10年を含め、相当、国力が縮みつつあります。国民総生産(GDP)も、人材を考えても少子高齢化による影響は大きく、挽回(ばんかい)できるかというと私は悲観的にならざるを得ません。

- どうすればジリ貧になるのを避けられるとお考えですか。

今さら、EUと同じものを作るのは無理です。せめて科学技術の世界では、それもケース・バイ・ケースで中国、韓国と組んで加速器を作り米、欧と競争する。このような形を考える必要があるのではないでしょうか。ITER(国際熱核融合実験炉)の誘致をめぐって、最後までEUと争いました。結局、負けてフランスに建設することになりましたが、もし勝っていたら、それはそれで大きな負担になるところでした。欧州に作ることで、欧州は建設費の50%を負担し、日本は10%ですんだわけですが、この負担を詳細に見てみると、実体的なホスト国であるフランスの負担は10%なのです。フランス一国では日本と負担額は同じなのです。中国、韓国もそれぞれ日本と同じ10%ずつを負担しています。仮に、日、中、韓3国が組めば、合計で30%になるわけですから、欧州と対抗するには十分な負担率です。

まもなく、茨城県東海村にJ-PARC(高強度陽子加速器)が完成しますね。あれが、日本単独で建設できたぎりぎりの研究施設ではないかという気がします。これも大きな研究施設を必要とする天文学の分野では、国際協力が既に進んでいますが、加速器についてはこれからです。スイス・フランス国境に建設された欧州合同原子核研究所(CERN)の「大型ハドロン衝突型加速器(LHC)」の稼働状況を見て、次の大型加速器建設の本格的な議論が始まるでしょう。次の加速器として考えられているリニアコライダーは、国際協力でないと建設は無理です。米国は当然、建設は自国内、建設費は各国分担を狙っています。欧州はCERNの実績を基に「何を言っているか」となって、激しい攻防が展開されると思われます。しかし、交渉となると最終的に米、欧で一本化が図られることが十分予想され、そうなると日本の外交力ではもはや割って入るのは至難、という事態になりかねません。

日本、中国、韓国と一緒にやるとなったらどうでしょう。外交力で見劣りするといっても日本の科学技術はまだまだ強いし、特に加速器は強い。ノーベル賞受賞者も輩出しています。日本に建設ということもありうるし、中国、韓国との関係を考慮して日本が譲歩し、韓国に建設するという可能性も出てきます。

問題は、やはりここでも人なのです。まずは研究グループを作っておいて、その上で資金や建設場所の話にならないと共同開発という話にはなりません。日本の物理学者は世界のいろいろなところにいますが、日本の物理学の研究分野に中国や韓国の物理学者がいて、行ったり来たりする状況にすることが必要です。アジアの人間を動かすことをしないと、そもそも日本は人材的にやっていけない時代に来ているからです。日本が米、欧に伍して世界一流の科学技術国の立場を維持するために「東アジア科学技術協力構想」を「日本の科学技術の現状と展望」では提言しました。日本、中国、韓国だけでなく、東南アジア諸国連合(ASEAN)、オーストラリアの参加も求めます。

そのためには、日本が先導するより、人事や共同開発施設の立地などで他国に譲るという姿勢が必要です。これだけ多くの国立大学法人があるのに外国人の学長が一人もいません。人材を東アジアの中でぐるぐる回していくには、米国のように評価するシステムがないと駄目です。外国人でも高い地位を占めるようにならないと、優秀な外国人研究者が日本に来るわけありません。こうした日本国内の科学技術システムも変革していく必要があります。

(完)
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林 幸秀 氏
林 幸秀 氏
(はやし ゆきひで)

林 幸秀(はやし ゆきひで) 氏のプロフィール
1973年東京大学大学院工学系研究科原子力工学専攻修士課程修了、科学技術庁入庁、2003年文部科学省科学技術・学術政策局長、04年内閣府政策統括官、06年文部科学省文部科学審議官、08年現職。

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