インタビュー

第3回「よい施設・よい研究テーマ・よい雰囲気を」(永宮正治 氏 / 日本原子力研究開発機構・高エネルギー加速器研究機構J-PARCセンター長)

2008.10.07

永宮正治 氏 / 日本原子力研究開発機構・高エネルギー加速器研究機構J-PARCセンター長

「めざすは国際的研究施設 - 多目的加速器『J-PARC』の魅力」

永宮正治 氏
永宮正治 氏

物質の根源を探る粒子加速器の建設競争が続く中、そのユニークさで内外から注目されている日本の加速器の完成が迫ってきた。高エネルギー加速器研究機構と日本原子力研究開発機構とが共同で開発を進め、茨城県東海村に建設した大強度陽子加速器「J-PARC」だ。原子核物理、素粒子物理、物質科学、生命科学など、基礎研究から産業界への応用までさまざまな分野での活用が期待されている。この大型研究施設の魅力と可能性について、永宮正治・日本原子力研究開発機構・高エネルギー加速器研究機構J-PARCセンター長に聞いた。

―実際に加速器が動き出したあと、海外の研究者たちが次から次とやって来るような研究拠点にする秘策を伺います。

国際的な研究施設にしたいというのは、私自身の思い入れもあるのです。

私は米国で20年間、研究生活を送りました。ローレンス・バークレー国立研究所やブルックヘブン国立研究所、コロンビア大学などで実験をしました。幸いにも、周囲にノーベル賞受賞者たちがいる環境で研究に携わることができ、ノーベル賞クラスの研究成果を生み出す土壌や雰囲気を学ぶことができました。

しかし、米国といえども最初からそういった土壌があったわけでなく、20世紀初頭に欧州の学問を米国に輸入し、その後米国で花咲いたという歴史を経ています。このことに関して、ブルックヘブン国立研究所をつくったI.I.ラービ(注1)という物理学者と話したことがあります。ラービはすぐれた物理学者ですが、科学行政の面でも卓越した人です。大統領補佐官なども務めました。幼少時に欧州から米国へ移住しましたから米国以外のことは知らなかったのですが、欧州の学問がなぜ優れているかを徹底的に調べ、派遣団を欧州に送り、欧州の先端科学を米国に輸入することに力を注ぎました。自らも原子物理学の小さい研究グループをつくり、原子物理学における細かい構造を議論する中で、電磁量子力学・原子核物理学・レーザーなどの分野で、自分の門下からノーベル賞受賞者を10人くらい輩出しています。

科学が発展すると施設も大きくなります。ラービがハーバード、プリンストン、イエールなど米東部の有力大学に働きかけて、一つの大学では造れない装置を一カ所で造ろうとしたのがブルックヘブン国立研究所です。ブルックヘブンからもノーベル賞受賞者がたくさん出ました。ここへやって来た大学の研究者たちがすばらしい成果を挙げたということです。

かつて米国が欧州から科学を輸入してセンターをつくり上げたように、今後は、さらに東から西へ、すなわち米国から日本へサイエンスを移したい。すべてでなく科学の分野の一部でもいいから、J-PARCでそうした夢をかなえたいと思っています。

―夢はかないそうですか?

私自身、東京大学助手のとき、ある奨学金をもらいローレンス・バークレー国立研究所に行きました。そこで研究の提案をしたところ認められたため、東大の助手をやめて米国で雇用され、しばらく研究を続けることにしました。このように、私自身は米国で自然に受け入れられたわけですが、外国人が日本に来たとき、J-PARCでこのように自然に受け入れることができるかいうと、現状では難しいと言わざるを得ません。

国際化というと、日本ではすぐに英語化ということが言われます。それも大事ですが、もっと肝心な面で日本は遅れています。例えば、米国のグループが検出器を自国で造り、それを日本に持ってきて据え付けようとしても、日本の研究機関にはその面倒を見る技術スタッフがいません。外国の研究機関にはそうしたエンジニアがいますから、これだけのお金を払うから、これこれのことをしてほしいというと、きちんと対応してくれます。さらに最近は、研究費も持って研究に参加する外国グループが増えてきました。ところがその研究費を日本の研究機関の中で自由に使える体制が整っていないのが、そうしたグループの悩みとなっています。日本では、外国グループとの仲介役を研究者が行なうという例がほとんどですが、事務組織の中で処理できるシステムが必要です。

11年半前に高エネルギー加速器研究機構に就職しましたが、その直後にユーザーズオフィスの設立に努力したことがあります。外国人研究者が機構に来たときには一カ所のオフィスに行けば、宿舎予約などの生活のことから、実験の申請手続き、内部の施設の利用許可、安全、等々のことがすべてできる。そういったオフィスをつくるべきだと強く主張しました。最初は事務官も強く抵抗したのですが、結局はユーザーズオフィスができました。今では外国人スタッフも職員に加わり、すごく良くなってきています。J-PARCにも、このようなユーザーズオフィスをつくりたいと考え、もっか作業を進めています。

昔、コロンビア大学で働いていたころ、向かいのオフィスにおられたT.D.リー(注2)という先生に「どういう条件がそろっているところに超一流の科学が育つと思われますか」尋ねたことがあります。先生は「科学者の頭脳はそんなに変わらない」と前置きされた後、「ライトプレイス(よい施設)」「ライトエンバイロンメント(よい雰囲気)」「ライトサブジェクト(よい研究テーマ)」という3つの条件を即座に挙げられました。私も、この答にはうなずかされたものです。

日本の場合、「ライトプレイス」、つまり一流の施設や装置をつくることは得意です。J-PARCでもこの条件は整いつつあります。しかし、それだけでは超一流の科学は育ちません。よい雰囲気づくりと、本当に世界の先端を行く研究テーマ選び、そしてそれを常に先端的なものに育てていくことが重要です。それを可能にするために、日本人だけでなく外国人、それも一流の外国人が来やすい体制をつくること、そして、内部的には科学の自由な雰囲気作りをすること、これらがこれからの重要課題だと思っています。

(続く)

  • (1) I.I.ラービ:
    共鳴法による原子核の磁気モーメントの測定により1944年ノーベル物理学賞を受賞。
  • (2) T.D.リー:
    パリティ非保存の予言により、C.N.ヤンとともに1957年ノーベル物理学賞を受賞。
永宮正治 氏
(ながみや しょうじ)
永宮正治 氏
(ながみや しょうじ)

永宮正治(ながみや しょうじ)氏のプロフィール
1967年東京大学理学部卒、72年大阪大学大学院理学系博士課程修了。東京大学理学部助手、カリフォルニア大学ローレンス・バークレイ研究所研究員、東京大学理学部助教授、コロンビア大学教授、東京大学原子核研究所教授、高エネルギー加速器研究機構教授、同機構大強度陽子加速器計画推進部長を経て、2006年から現職。1991-94年コロンビア大学物理学科長を務める。専門分野は原子核物理学実験。理学博士。日本学術会議会員・物理学委員会委員長。

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