ハイライト

これからの臨床医学研究(永井良三 氏 / 東京大学大学院 医学系研究科 教授)

2010.04.19

永井良三 氏 / 東京大学大学院 医学系研究科 教授

シンポジウム「先端医科学・教育の未来-『統合医科学の発展』-」(2010年2月8日、東京女子医科大学国際統合医科学インスティテュート 主催)基調講演から

東京大学大学院 医学系研究科 教授 永井良三 氏
永井良三 氏

 日本で最も死亡率が低かったのは1980年代の前半で、1,000人当たり約6人だった。これが今、急速に高くなっており、40年後には、1,000人当たり約14.5人、一番低かった時代の 2.5倍の死亡率になる。当然、多くの方々が、多くの病を抱え、長い間、病気と共存したうえで、ということになる。そうした時代における医学、医療のあり方はどうあるべきか、そもそも医療費をだれが、どうやって支えるのかということまで今のうちに考えておかないといけない。

 新しい治療法を開発することが必要になるが、今までのようにメカニズムの解明を重視する、つまり生命や自然を機械としてとらえて、そのパーツを研究していけば全体が理解できるという考え方では済まない。それは十何世紀、あるいは18世紀、19世紀の秩序の概念や原因の概念をテーマとしていた時代の話であって、今は新しい発見には偶然の概念というものを取り入れる必要があるからだ。

 メカニズム研究が医学研究の王道であるのは変わりないのだが、メカニズムから考えて人に応用すると、実は誤ることがある。時には非常に重大な過ちを犯すことになる。まだ分からないメカニズムがあり、足りない知識があるからだ。人に使う薬剤、医療機器の開発は、人の集団の中で使ってみないと分からない。

 これからの研究を進めていく重要な手法が、患者さんの集団をランダマイズ(任意抽出)して、治療群とコントロール群に分け、数年間にわたっていろいろなことがらを観察していく方法だ。そうすることで薬物の効果を非常に厳密に、科学的に評価できる。

 しかしながら、こうした研究を行うためには、例えば生活習慣病の場合には数年間、数十億円のコストがかかる。さらに、米国人で明らかになった結果が日本人にも当てはまるのか、あるいは、ある病院群で行われた研究がほかの病院で、あるいは少し重症度の違う患者さんにも当てはまるかどうかということについては、かなり推量の範囲になってくる。

 私が進めて来た一つが、すべての患者さんについてのイベント(事象)、どういう治療を行ったか、処方から検査所見を、年表のようにしてデータベースをつくっておくことだ。過去3年にさかのぼって、この2年間でどういう状況があったか、どういう薬物が関係するかというようなことを調べられる分析法である。後ろ向きのコホート研究(注1)といい、こうしたシステムをIT(情報技術)を活用して展開することが今後重要になってくる。

 私どもは今、心臓カテーテル検査を年間 2,000件ほど行っている。臨床データやこうしたカテーテルデータなどいろいろな情報を統合するシステムをつくってデータベース化している。それで何が分かるかというと、例えば、毎年2,000件のデータベースを使うと、症例数がどのように変わってきたか、患者さん1人当たりにエクス線をどのくらい照射しているか、造影剤使用量が年間どのくらいになるのかということが年ごとに分かる。つまり、自分たちの医療の質をコントロールすることができる。

 あるいは、ある注目する因子を調べて、その分布がどうなっているか、この場合には、その因子が100以上の集団がこのくらいの割合であって、そういう方々の生存率が非常に悪いのは実は心不全による入院が多いから、といったことをデータ化する。それを基にして、なぜそういう因子が上がってくるのか。あるいは、その因子はどうして心不全に影響を及ぼすのか、といった基礎研究につなげることができる。前向きのエビデンス・ベイスド・メディスン(EBM)(注2)だけではなく、ITとコホート研究が今後重要になるのではないかと思う。

 こうしたことは米国でも大きな課題になっている。頭痛の種となっているカルテの管理をうまく電子化してデータベース化するということが、今後さまざまな臨床的問題に回答を与えるであろうと期待されている。ただし、これはかなり大きな国家プロジェクトになっていくだろう。さまざまなパッケージングソフトの開発が必要になり、また、最近話題のクラウドコンピューティングも組み合わせてつくっていかなければならないからだ。

 われわれはたくさんの患者さんを診ている。さまざまな課題を抽出し、新しい診断法や治療法を開発して個々の患者さんに最適な医療やケアを提供する。こうしたシステムを作ることが今後の臨床医学研究で極めて重要になる、ということだ。

  • 注1)コホート研究
    分析疫学の一手法で、子どもの成長発達に何が影響するかといったことを調べるのにも必要となる。喫煙者の母親の子どもは、たばこを吸わない母親から生まれた子どもに比べ肥満になるリスクが倍以上高い、といった成果が得られている。母親が妊娠時から生まれた子が5歳になるまでの6年間、大勢の母子を追跡調査しないとこうした結果を得ることはできないため、膨大な費用がかかる。
  • 注2)EBM
    科学的根拠に基づいて診療方法を選択する医療

東京大学大学院 医学系研究科 教授 永井良三 氏
永井良三 氏
(ながい りょうぞう)

永井良三(ながい りょうぞう)氏のプロフィール
1974年東京大学医学部医学科卒、同大医学部附属病院第三内科助教授、群馬大学医学部第二内科教授、東京医科歯科大学難治療疾患研究所客員教授などを経て、99年から東京大学大学院医学系研究科内科学専攻循環器内科教授。2002年同大学医学部附属病院副院長、04年医学部附属病院長、07年から現職。専門は、臨床循環器病学、血管生物学。09年度からスタートした最先端研究開発支援プログラムに中心研究者として応募、「未解決のがんと心臓病を撲滅する最適医療の開発」が30課題の一つとして採択されている。

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