「ハッブル」や「ジェームズウェッブ」に続く大型宇宙望遠鏡として開発された米航空宇宙局(NASA)の「ナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡」が、打ち上げに成功した。宇宙は速度を上げながら膨張しており、その原動力とみられる正体不明の暗黒(ダーク)エネルギーなどの謎に挑む。将来、太陽系外の地球に似た惑星を直接観測するための技術実証も重要な役割で、わが国が装置開発などで参画している。

米政権の逆風に耐え、ついに旅立つ
ローマン望遠鏡は日本時間8月30日夜、米フロリダ州のケネディ宇宙センターから米スペースX社の大型ロケット「ファルコンヘビー」で打ち上げられた。約31分後、高度約700キロあまりで所定の軌道に投入され、打ち上げは成功した。観測の準備を進めながら3カ月ほどかけ、地球から150万キロ離れた、地球と太陽の引力などが釣り合う「ラグランジュ点2(L2)」に到達する。望遠鏡のような軽い物体が留まり続けられ、燃料を節約できる観測位置だ。NASAは来年初頭までに、観測画像の初公開を見込む。
近赤外線を中心に、可視光でも宇宙を捉えるローマン望遠鏡は、展開後の長さが12.7メートル、幅4.4メートルで大型バスほどの大きさ。燃料を除く重さは8トン。主鏡の口径はハッブル宇宙望遠鏡と同じ2.4メートルだが、重さは技術革新で4分の1に減じたという。観測計画は5年で、開発・運用費は計43億ドル(約6900億円)。名称はNASAの初代主任天文学者を務め、「ハッブル宇宙望遠鏡の母」と呼ばれる天文学者のナンシー・グレース・ローマン氏(1925~2018年)にちなんで、2020年につけられた。
開発は2010年代前半にスタート。トランプ政権の予算案で何度も中止の危機に陥りながら、連邦議会が拒否し計画が維持されてきた。来年5月に打ち上げる計画だったが、開発が順調に進んだことで大幅に前倒しされた。
NASA科学局のニッキー・フォックス副局長は「ローマン望遠鏡は宇宙の歴史に関する人類の深遠な疑問に、最大限に答えてくれる。広い視野と素早い観測を備えている。私たちを発見の新時代へと導き、見えないものを可視化し、太陽系外の生命探査の基盤を築くだろう」と述べた。

正体不明の暗黒エネルギー、手がかり探る
ローマン望遠鏡が搭載した主な科学装置は2つ。一つは「広視野撮像装置」、つまりカメラだ。ハッブル望遠鏡と同等の精度や解像度だが、200倍もの広い視野を持つ。その主な役割は宇宙の加速膨張の原因とみられる暗黒エネルギーに関し、検証を試みることだ。
宇宙が膨張していることが1920年代後半に判明し、98年にはその膨張がどんどん加速していることが分かった。宇宙は物質同士に働く重力のせいで、いずれ収縮して潰れるとも考えられてきたが、それが大きく覆った。これを説明するエネルギーとして、正体不明の暗黒エネルギーが想定されている。暗黒エネルギーは宇宙の物質・エネルギーの68.3%を占め、現代宇宙論の最大の謎とされる。
加速膨張の発見の手がかりとなったのが、恒星が一生の終わりに起こす爆発の一種「Ia(いちエー)型超新星」。爆発の明るさが物理的にどれもほぼ同じになることから、観測地点からの見かけの明るさを勘案すれば距離を測れるため“宇宙のものさし”とみなされている。
ローマン望遠鏡は、暗黒エネルギーの正体は突き止められない。ただ、広視野撮像装置により100億光年のかなたまでの数千個のIa型超新星や数億個の銀河を観測し、宇宙の膨張率などを高精度に求める。こうして、暗黒エネルギーの膨張への影響度などの理解を目指す。
宇宙の構造の成り立ちや銀河の歴史、重力を持つが見えない暗黒物質(ダークマター)の分布も調べる。

系外惑星、広範な把握目指す
もう一つの重要な観測対象は、系外惑星だ。文字通り太陽系以外の惑星のことで、中性子星の周りに1992年、恒星の周りにあるものでは95年、初めて見つかった。既に6300個以上が発見済み。恒星の至近に木星のような巨大な惑星や、灼熱(しゃくねつ)の岩石惑星が次々見つかるなど、太陽系とは大きく異なる様相が分かってきた。旧来の惑星形成の理解に修正を迫っている。酸素やメタン、水など、生命がいてもおかしくないサインがある“第二の地球”が見つかるかどうかが、大きな関心事となっている。系外惑星の研究は、“他者”を知ることで太陽系や地球、生命存在の理解を深めることに、大きく寄与している。
ローマン望遠鏡は広視野撮像装置を使い、銀河系の中心付近にある系外惑星を1400個ほど発見すると期待されている。その手法は、惑星の重力がレンズのように働き、背後を通り過ぎる恒星の光を増幅する現象を捉える「重力マイクロレンズ法」。地上の観測では主に、惑星が恒星の手前を通ることによる減光を観測する「トランジット法」や、惑星の重力で恒星が揺れ、光の波長が変わるのを捉える「ドップラー法」が採用されてきた。

発見済みの系外惑星は恒星の近くにある熱い星や、重い星が多い。観測方法や精度に限界があり、まだ太陽系の“水金地火木土天海”のように広範には捉えられていない。そこでローマン望遠鏡が重力マイクロレンズ法により、恒星から遠い星や、多様な重さの星の観測に挑む。系外惑星を幅広く捉えることになり、惑星形成などの理解が深まると期待されている。
系外惑星探索、日本も装置開発などで尽力
もう一つの装置は「コロナグラフ直接撮像装置」。コロナグラフは元々、コロナと呼ばれる太陽の大気を観測するために開発された装置だ。太陽本体の光を円盤で遮り、周囲のコロナの光を見えるようにする。ローマン望遠鏡はこれを系外惑星観測に応用し、明るい恒星を隠し、至近にある暗い惑星を観測する。NASAは地球に似た惑星の観測を、次世代の大型宇宙望遠鏡構想「ハビタブル・ワールド・オブザーバトリー」で目指しており、その技術実証の位置づけで開発された。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所でローマン望遠鏡のチーム長を務める山田亨(とおる)教授は、打ち上げ前の会見で「コロナグラフ装置は広視野撮像装置とは逆に、主星(恒星)に近い所を、主星の光をできるだけ低減して見るものだ。ローマン望遠鏡では、まだ地球類似の惑星は観測できない。しかし、より大きな惑星などを観測できると期待している」と説明した。

わが国の研究グループはコロナグラフ装置のマスク基板や光学素子を提供したほか、JAXA美笹(みささ)深宇宙探査用地上局(長野県)による超大容量の観測データの受信、国立天文台すばる望遠鏡(米ハワイ州)や大阪大学などのプライム望遠鏡(南アフリカ)の協調観測などを通じて貢献する。JAXA宇宙研を中心に大阪大、アストロバイオロジーセンター、国立天文台、福井工業大学、東京大学などの研究者が参画。これまで、わが国は研究者らがハッブルやジェームズウェッブ望遠鏡の観測によって研究成果を上げてきたが、大型宇宙望遠鏡の開発や運用への組織的な参画は、これが初めてという。
海外では欧州宇宙機関(ESA)、仏国立宇宙研究センター(CNES)、独マックスプランク天文学研究所などが加わっている。
ローマン望遠鏡について、アストロバイオロジーセンターの田村元秀特命教授は「地球のような軽い惑星が、恒星からどのくらい離れたところにあるのだろうか。言い換えると、太陽系が特別な存在であるかどうか。このことに、ようやく統計的に答えられるようになる意義は大きい。生命の兆候を見ようとするハビタブル・ワールド・オブザーバトリーの技術実証も兼ねており、本当に印象的な望遠鏡だ」と語る。
ローマン氏は生前、「ハッブル望遠鏡の最も興味深い発見は何か」と問われ、暗黒エネルギーと答えたという。ハッブル望遠鏡は宇宙の加速膨張の初期測定結果を裏付け、一大発見に貢献した。ローマン氏は、系外惑星の観測可能性に触れた論文も1959年に書いている。宇宙の謎は尽きない。知的好奇心のバトンを今、望遠鏡に“生まれ変わった”彼女が引き継いだ。

関連リンク
- JAXA宇宙科学研究所「ナンシー・グレイス・ローマン宇宙望遠鏡」
- NASA「Nancy Grace Roman Space Telescope」(英文)