大型ロケット「H3」9号機の打ち上げが迫った。政府の測位衛星「みちびき」7号機を搭載し、鹿児島県の宇宙航空研究開発機構(JAXA)種子島宇宙センターから打ち上げられる。7日に予定されたが、台風の影響で延期が決まった。同センターが開設されて半世紀以上。時に失敗も経験しながら、わが国の宇宙開発利用を育て、支えてきた聖地だ。打ち上げの時などを除いて誰もが立ち入れる区域があり、展示施設やバスツアーもある。前回までの現地取材から、記者の視点も交えて紹介したい。

なお、本稿の一連の内容は執筆時点で筆者が知る限りのもの。現地事情は変化している。実際に訪問する前に、当日に交通手段や訪問先が利用できるかを必ず確認し、必要な予約などをしてほしい。
宇宙開発利用の一大拠点

大隅半島の南、南西諸島の北東端に位置する種子島は、南北に約58キロと細長く、面積は横浜市と同規模の約445平方キロ。西隣の急峻(きゅうしゅん)な屋久島とは対照的に、なだらかな丘陵や台地が広がる。温暖多雨の亜熱帯気候で、ソテツやヤシのような南方の植生が目につき、サトウキビや安納(あんのう)芋などの農業が盛んだ。周辺は黒潮の通り道でトビウオ、カツオなどの漁場に恵まれる。1543年にポルトガル人により鉄砲が伝来したとされ有名だが、旧石器時代や縄文時代の遺跡も多く、歴史の薫り高い土地だ。1市2町で人口約2万6000人。サーファーや釣り人にも愛されている。
宇宙センターはこの島の南東岸にある。南種子町の中心街から車で15分ほど。ロケットや衛星の点検や整備、打ち上げ、飛行の追尾などをこなし、宇宙開発利用の一大拠点となっている。発射地点が注目されがちだが、試験や組み立て、管制、管理などの設備が打ち上げを支える。総面積は東京ドームの実に207個分に相当する、約9.7平方キロ(発射地点周辺の国有林などを含む)。
JAXAなどの資料によると、1960年代半ば、科学技術庁(現文部科学省)は伊豆諸島の新島にある防衛庁(現防衛省)の試験場を借りてロケット実験を行った。大型化に対応するため、66年に南種子町の竹崎地区に小型ロケット発射場の建設を始め、宇宙センターの発端となった。69年には北側の大崎地区に中型ロケット発射場を建設開始。JAXAの前身の宇宙開発事業団(NASDA、ナスダ)はこの年に発足している。現在、H3ロケットの発射に使われている吉信大型ロケット発射場は中型発射場のさらに北にある。2世代前の「H2」のために1986~91年に建設され、改修を経たものだ。

赤道に近く、東に海…ここが選ばれたわけ
H3ロケットの1段、2段機体は愛知県にある三菱重工業、固体ロケットブースターは群馬県のIHIエアロスペース、ロケット上端の衛星を覆う「フェアリング」は兵庫県の川崎重工業、それぞれの工場から船で、島の南西部の島間港に到着。トレーラーで宇宙センターに運ばれ、点検や調整などを経て、最終的に大型ロケット発射場の組立棟で一体となる。

宇宙センターの立地に種子島が選ばれた理由は、国内で衛星の打ち上げに有利な場所だからだ。赤道上空を周回する静止衛星は、できるだけ赤道の近くで打ち上げれば軌道を調整するエネルギーが少なくて済み、しかも地球の自転エネルギーを利用できる。地球を南北に回る衛星を打ち上げる場合も含め、ロケットが進む東や南に海が広がっていれば、仮に打ち上げに失敗しても地上に被害が及びにくい。用地確保や土地造成のしやすさ、通信や電力、水の確保、交通の便、人口密集地から遠いといった条件も考慮された。漁業への影響も丁寧に考慮されねばならない。これらの全ては満たさないものの、最もよく適合したのが種子島だったという。
JAXAは打ち上げのため、大隅半島の東岸、鹿児島県肝付(きもつき)町に内之浦宇宙空間観測所も持つ。こちらはNASDAではなく東京大学生産技術研究所にルーツを持ち、宇宙科学研究所の施設としての歴史が長い。小型ロケット「イプシロン」や科学観測ロケットを打ち上げている。種子島と内之浦の施設を合わせ「鹿児島宇宙センター」と呼ぶ。

さて、打ち上げを見に行くなら情報収集や、日程発表後の早めの予約が重要だ。宿や交通手段が極めて混雑する。本土から種子島に向かうには主に、鹿児島空港(大阪・伊丹空港の季節運航も)からの飛行機か、鹿児島市内の港から島北西部の西之表港に向かう高速船やフェリーがある。
島内の移動にはレンタカーの利用が現実的だろう。タクシーや、南種子町の予約制オンデマンドバス(空港発着は毎日、町内は平日のみ)などもあるが、希望する時間に利用できるか慎重に検討を。島内を南北に走る路線バスは西之表港などを通るが、空港や宇宙センターには行かない。宿は宇宙センターの地元の南種子町だけでなく、中種子町や西之表市内の利用も候補となろう。旅行会社の打ち上げ見学ツアーへの参加も一手だ。
打ち上げ延期、どうする?
打ち上げのおよそ9時間半前、宇宙センターの入構規制が始まる。その後、センター全域と、発射地点から3キロ以内が立ち入り禁止に。一般の打ち上げ見学場として、南種子町や町宇宙開発推進協力会は町内4カ所を設定している。一部は事前抽選制。一方通行や通行止めの交通規制が行われる。

いざ島にたどり着いても、悩ましいのは悪天候や技術的要因による打ち上げ延期だ。延期後の日程がすぐに決まらず、また延期が繰り返される場合もある。仕事や学校の休みを利用して訪れると、延泊には限界があるだろう。打ち上げを見られず帰ることになっても「がっかりするのも思い出になる」と、割り切る気持ちが大切かもしれない。
過去に延期になった時、遠方から訪れた子供の父親から葛藤を聞いたことがある。延泊するか、帰るか。「打ち上げを見れば科学技術の教育効果が大きい…いや『学校の授業は大事だ』と帰ることが教育か。せっかく、ここまで来て…」。これは深い問いだ。皆さんが親なら、どう判断するだろうか。
打ち上げが成功すれば、轟音(ごうおん)と共に飛翔する姿を心に刻み、技術への憧れを強くするだろう。失敗した場合も、がっかりするだけでオシマイにはしたくない。せっかくなら、後日の「文部科学省宇宙開発利用部会調査・安全小委員会」をオンライン(同時のみ)で傍聴することをお勧めしたい。難しい内容もあるが、あらゆる可能性から緻密に原因を絞り込み、対策につなげようとする議論から、誰もが考え、学ぶことがあるように思う。
展示施設、バスツアー…普段も見応え
宇宙センター内には入場無料の宇宙科学技術館がある。ロケットの技術や系譜に加え、衛星や国際宇宙ステーション(ISS)、地球観測といった宇宙開発、さらに天文や宇宙科学の知識を、シアターや実物大模型、ゲームなども交えて深められる。打ち上げ時や月曜(月曜が祝日の場合は翌火曜)などは休館となる。

同館の隣には「カーモリの峯(みね)展望台」がある。山道を登ると、ちょっとしたハイキング気分。竹崎地区一帯を見渡せるほか、3キロあまり離れた大型ロケット発射場も望める。南国の豊かな緑、白い砂浜、荒波に削られた海岸線の連なり…。見晴らしがよく、「世界一美しいロケット発射場」とされるのもうなずける。カーモリとは地元の言葉で「家に帰ったか」の意味。この場所が、漁民が海から帰る時の目標となったので、こう呼ばれるようになったのだとか。
同館から車で数分の「ロケットの丘展望所」からは、大型ロケット発射場がより近く見える。ロケットが組立棟から発射地点に移動する時やその後、立ち入り禁止になるまで、勇姿を一目見ようと多くの人が訪れるようだ。
JAXAによる宇宙センターの施設案内バスツアーがあり、同館の開館日に1日2、3回開かれる。電話予約制で無料。筆者も6月、打ち上げが延期となったのを機に参加してみた。天候や作業などの事情で内容は変わるようだが、当日はロケットの丘展望所と、H2の7号機の実機が眠る「ロケットガレージ」を、ガイドの解説と共に見学できた。

このH2の7号機は、1999年11月に先に打ち上げられた8号機が失敗したのを受け、後継機「H2A」の開発に注力することとなり、製造されながら幻に終わった機体だ。大型機の模型や試験用機体ではなく、実物を間近に見られるのは貴重。参加者は真剣に見つめ、カメラに収めていた。
センター内の食堂「宙飯屋(ちゅうはんや)」は一般の人も利用できる。
この島を訪れると、地元の人々から打ち上げを支える気概を聴くことがある。ここから旅立つ衛星や宇宙船、探査機がわが国の安全や国民生活を支え、国際貢献を果たし、人類の知的好奇心を満たしている。種子島は欠かせない存在なのだ。

打ち上げのその時、記者たちは
打ち上げ時の報道関係者の拠点は、発射地点から3キロあまり離れた「竹崎観望台(展望台)」。新聞やテレビが報じる打ち上げの写真や映像の多くは、ここの屋上から撮影されたものだ。建物の中にはプレスセンターや記者会見室がある。普段は屋上のみ、自由に立ち入れるそうだ。

筆者は種子島を2013年以降24回訪れ、うち3回を除いて打ち上げまで取材した(新聞社時代を含む)。よく、うらやましがられる。確かに宇宙開発利用の最前線を目の当たりにする贅沢(ぜいたく)な経験だが、実際、記者らに打ち上げをゆったり眺める余裕はない。打ち上げ失敗など、その後の展開によって変わる速報の原稿を気にかけつつ、少なからぬ記者が上昇する機体をカメラで追う必要もあるからだ。こちらも、失敗は許されない。何回経験しようがワクワクどころか、ピリピリと胃の痛む思いで打ち上げの時を迎える。
打ち上げ失敗の場合の速報に備え、解説などを含む予定稿を用意する。成功すればもちろん、それらはオール、ボツ。失敗の方が原稿は長く、難しいのに…。毎度徒労感があるが、成功を発表する会見で関係者の明るい声を聞くと、やはり清々しい気分になる。逆に2023年3月のH3初号機失敗では、記者として努めて冷静に事態を追いつつも、苦渋に満ちた表情で説明に立つ開発責任者に共感を覚えずにいられなかった。後から聞いて知ったが、筆者はあの時、無意識のまま激励の拍手の口火を切ったらしい。種子島は取材を通じて記者の技量と魂を鍛える、道場のような場所だ。

関連リンク
- JAXA「種子島宇宙センター」
- 鹿児島県南種子町「ロケット打ち上げ見学場」
- 文部科学省宇宙開発利用部会