沖縄旅行の帰りに、ゴーヤーやパパイヤを「お土産に」と持ち帰る。そんな何気ない行動が、日本の農業を揺るがす引き金になるかもしれない。いま沖縄では、新たな特殊害虫セグロウリミバエが広がっている。ゴーヤーなどのウリ類、ナス類、パパイヤなどは、このミバエが寄生していないことを国が確認しなければ、沖縄の外へ持ち出すことができない。理由は単純だ。もし寄生した果実が本土に持ち込まれ、この害虫が定着すれば、果菜類や果樹に甚大な被害が及ぶおそれがあるからである。

私はかつて琉球大学で学び、沖縄県職員として害虫防除の現場にも立った。そこで見たのは、体長1センチにも満たない小さな昆虫が、島の農業と経済を左右する現実だった。だからこそ、いま沖縄で起きていることを、遠い南の島の出来事として見過ごしてはならないと思っている。
沖縄で見た「特殊害虫との戦い」
1980年3月、私は琉球大学農学部を受験するため、伊丹から那覇へ向かう飛行機に乗っていた。機内で読んだのが、故・伊藤嘉昭氏の著書『虫を放して虫を滅ぼす』である。そこには、沖縄で進められていたウリミバエ根絶事業が描かれていた。当時の沖縄では、果実を食い荒らすミバエ類が広く発生し、県外へのウリ類、ナス類、熱帯果樹の持ち出しは厳しく制限されていた。空港では植物防疫官が荷物を検査し、知らずに持ち出そうとした果実は没収された。
ミバエ類は果実に卵を産みつける。ふ化した幼虫(ウジ虫)は果実の内部を食い進み、中身をぐちゃぐちゃにしてしまう。見た目は無事でも、中にはウジ虫がいる。商品価値は失われ、農家にとっては深刻な被害となる。こうした害虫は、海外から侵入し、日本の農業に重大な被害を与える「特殊害虫」と呼ばれる。
大学院時代、私は那覇市に新設されたウリミバエ大量増殖施設、いわゆる「ハエ工場」を見学した。そこで聞かされたのは、毎週1億匹のウリミバエを増殖し、放射線で不妊化したうえで、ヘリコプターから空へ放つという計画だった。1億匹のハエを増やし、そのハエでハエを滅ぼす。あまりに壮大で、強い衝撃を受けた。そのときは、後に自分がその現場に深く関わることになるとは思ってもいなかった。
大学院修了後、私は沖縄県職員となり、農業改良普及所に配属された。農家を回って技術指導をしながら、沖縄本島に仕掛けたミバエトラップの調査や、被害果実の確認にも参加した。ウリ科やナス科、熱帯果樹の果実の中を、幼虫が食い進み、はい回る。もしこんな害虫が日本中に広がったらどうなるのか。現場で見たその光景は、いまも忘れられない。

1972年に始まったウリミバエ根絶事業は、不妊虫放飼法によって93年に成功し、日本からウリミバエは根絶された。だが令和になって、新たにセグロウリミバエが侵入し、あのとき抱いた危機感が現実のものになろうとしている。
南西諸島を苦しめてきた「侵略者」たち
これまで南西諸島では、いくつもの特殊害虫との長い戦いが続いてきた。代表例の一つがミカンコミバエである。かんきつ類やマンゴーなどを食害するこのミバエには、オスだけを非常に強く誘引する薬剤がある。これを散布してオスを徹底的に減らして、オスの数をゼロにすることができる。すると野外のメスは交尾相手がいなくなり、子を残せなくなり根絶する。「オス除去法」と呼ばれるこの手法により、1986年に南西諸島からの根絶に成功した。
もう一つがウリミバエである。こちらにはミカンコミバエのように野外のオスをゼロにするほど強力な誘引剤がなかったため、「不妊化法」が使われた。害虫を大量に増やし、放射線で不妊化して野外へ放つ。野外のメスが不妊のオスと交尾すれば、次世代は生まれない。こうして個体群の密度を徐々に低下させていく方法である。
那覇市の「ハエ工場」では、毎週1億匹ものウリミバエが不妊化され、空から放たれた。1987年に放飼が始まり、奄美群島、宮古群島、沖縄群島、八重山群島へと事業が進み、93年に南西諸島全域からウリミバエが根絶された。私は90年から沖縄県農業試験場ミバエ研究室に配属され、この根絶作戦に加わった。

さらに、サツマイモの大害虫アリモドキゾウムシとイモゾウムシも特殊害虫であり、アリモドキゾウムシはフェロモンによる「オス除去法」、餌となるヒルガオ科植物を除去する「寄主除去法」および「不妊化法」を組み合わせて2013年に久米島での根絶を達成した。一方、1940年代後半以降に南西諸島に侵入したイモゾウムシについては、いまだ根絶させる技術が確立されていない。したがって、生のサツマイモを含むヒルガオ科の植物は、本土への持ち出しがいまも禁止されたままだ。
特殊害虫が発生した地域では、植物防疫法に基づき、害虫そのものや寄主植物の移動が厳しく規制される。自治体は国の補助を受けながら、根絶防除事業を進めている。特殊害虫対策は、単なる農業技術の問題ではない。国の農業を守る植物防疫そのものであり、生物安全保障として日本政府の課題のひとつである。
新たな脅威――セグロウリミバエ
セグロウリミバエが沖縄本島の名護市で初めて確認されたのは2024年3月だった。このハエは、ウリ類やナス類、パパイヤなど熱帯果実などの果実内部に産卵する。幼虫は果実の中を食い荒らし、農業に深刻な経済被害をもたらす。

東南アジアでは普通に生息しており、今回の発生は海外から持ち込まれた可能性もあるとみられている。問題は、その後だった。侵入したセグロウリミバエは、わずか数カ月で沖縄本島各地へ急速に拡散した。2024年冬には中北部まで広がり、25年4月、国は「緊急防除」の発動を決定した。これは極めて重い措置だ。簡単に言えば、沖縄本島で栽培されたウリ類・ナス類・熱帯果樹の一部は、国の検査を受けなければ島外へ持ち出せなくなったのである。
もし寄生した果実が本土へ持ち込まれ、九州以北で定着すれば、日本の果菜農家は大打撃を受ける。さらに、日本は他国から、このミバエが発生している国とレッテルが貼られる。そうなると、このハエが普通に生息する国々から、消毒なしで安価な果実が輸入される。つまり日本は「セグロウリミバエ発生国」とみなされ、国際的な植物防疫上の信用も失いかねない。だからこそ、侵入初期の“初動防除”が極めて重要だった。

ウリミバエの近縁種であるセグロウリミバエを本気で根絶しようとすれば、切り札は不妊虫放飼法しかない。だが、それを始めるには時間がかかる。野外から虫を集め、大量飼育の方法を確立し、不妊化して放飼する体制を整えなければならないからだ。近縁種だから同じように飼えるだろう、というほど簡単ではない。実際、那覇の「ハエ工場」でセグロウリミバエの生産体制を整えるまでには1年以上を要した。
つまり、不妊虫放飼法がまだ使えない侵入初期には、決定打がほとんどなかったのである。もちろん、何もしなかったわけではない。寄生果実の廃棄、被害調査、農薬散布、タンパク誘引剤への殺虫剤添加、さらにオスを誘引するキュールア剤の散布など、使える手段は総動員された。しかし、キュールア剤はもともとウリミバエに有効な誘引剤であり、別種であるセグロウリミバエに対して決定的な武器ではない。実際、分布拡大を止めることはできなかった。
2025年夏には那覇市を含む南部でも多数確認され、沖縄本島全域と周辺離島へ拡大した。さらに奄美群島にも侵入し、与論島、沖永良部島、徳之島では蔓延に近い状況となっている。26年4月までに、奄美以南の鹿児島県内のトラップで確認された個体数は千匹以上に達した。
不妊化されたミバエは沖縄本島北部離島で一定の密度抑圧効果を示し始めているが、那覇の「ハエ工場」だけでは奄美群島まで十分に対応する余力がない。国は奄美大島の旧施設改修の予算を獲得したが、現地で本格的に不妊虫を増産できるのは早くても2027年以降と見込まれている。それまでの間、鹿児島県は十分な武器を持たないまま、まん延を食い止めなければならない。
日本の農業全体に火の粉が飛ぶ恐れも
問題は、セグロウリミバエだけではない。全国の港や空港では、植物防疫官が24時間体制で外来害虫の侵入監視を続けている。しかし現実には、日本のどこで新たな特殊害虫が見つかってもおかしくない状況が続いている。侵入ルートは複数ある。ミカンコミバエのように飛翔力の高い種は、偏西風に乗って南西諸島や九州へ飛来する。近年は九州以南で、ほぼ毎年のようにミカンコミバエの発生が確認されている。その都度、現場では懸命な駆逐作業が続けられ、定着を許していない。
またゾウムシ類では、人の移動や持ち込みによる発生も繰り返されてきた。アリモドキゾウムシは、種子島を含む鹿児島県、高知県、静岡県などで見つかってきた。イモゾウムシも鹿児島県で見つかった事例がある。だが、そのたびに現場の懸命な初動防除で根絶されてきた。寄主植物であるヒルガオ科の植物を侵入地域から、すべて駆除するという徹底的な初動防除を行ったのである。
だが、沖縄本島から奄美群島にまで分布を広げたセグロウリミバエはすでに初動防除に失敗している。そしていま南西諸島では封じ込めにも苦労している。だからこそ怖い。九州以北で絶対に発生しないとは、もはや言えないのだ。もし、この緊急事態を知らない誰かが、沖縄旅行の帰りにゴーヤーを1個持ち帰ったとする。その中にセグロウリミバエが潜んでいたらどうなるか。
これは遠い南の島の害虫問題では済まない。日本の農業全体に火の粉が飛ぶ危険性がある。たった1個の果実が、何十年もかけて築いてきた防疫の努力を崩すかもしれない。だからこそ、沖縄から野菜や果物を安易に持ち出してはならない。この危機を、いま国民全体が知っておく必要がある。
関連リンク
- 植物防疫所「セグロウリミバエの緊急防除について」
- 沖縄県「セグロウリミバエのまん延防止対策」
