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海外レポート [シリーズ] 諸外国における製造業強化のための研究開発戦略 〈第5回〉英国(後編):高価値製造業へ研究開発推進 1/2

2015.11.25

津田憂子 氏 / 科学技術振興機構研究開発戦略センター海外動向ユニット

 この[シリーズ]では、諸外国の製造業強化のための研究開発戦略や政策をレポートする。第5回は、英国。英国では、強い製造業を復活させるため、大型資金を投入した研究開発プロジェクトが進められている。目指しているのは高価値製造業。人材育成と併せて、次世代の英国経済を担うのは製造業だとして政府がかじを切ったとも考えられる。前編につづく後編では、高価値製造業で重要な役割を担うカタパルト・センターとケンブリッジ・製造業研究所(IfM)について紹介する。

6.次世代製造業に関する研究開発の推進

 2011年度には、製造業における研究開発推進のための投資策が幾つか発表された。その中でも重要な政策を以下に紹介する。

(1) 高価値製造業カタパルト・センター

 カタパルト・プログラムとは、特定の技術分野において世界をリードする技術・イノベーションの拠点構築を目指したプログラムで、その拠点を産学連携の場として、企業や科学者、エンジニアが協力して最終段階に近い研究開発を行っている。最終的にはアイデアを新たな製品やサービスに転換することが期待されている。特定される分野は、英国が学術的かつ産業的に強みを有する技術か、あるいはそれら技術応用にフォーカスするものである。それにより、ビジネスや研究イノベーションのクリティカルマスを創出することが目指される。

 同プログラムの管理・運営は、「Innovate UK」 (2014年夏から用いられている通称、以前の名称は「技術戦略審議会」)によって行われている※1。プログラムに基づき研究開発拠点となるセンターの設立が行われ、その最初の事例として高価値製造業(High Value Manufacturing)のカタパルト・センターが11年10月に開所した。13年までに7分野のカタパルト・センターが設置され稼働を開始した。その後、15年春には精密医療、エネルギーシステムの2分野のカタパルト・センターが新たに設置され、15年夏には医療技術分野のカタパルト・センターの新設が発表された。現在は10分野のセンターが存在することになる。(下図)

カタパルト・センターの所在地
図.カタパルト・センターの所在地

※1 Innovate UKは、日本の新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)に相当する機関である。

 高価値製造業カタパルト・センターには、6年間で1.4億ポンドを超える政府投資が予定されている。既存の7つの製造関連の研究・技術センター(先進成型、先進製造、プロセスイノベーション、製造技術、複合材料、原子力先進製造、ウォーリック製造グループ)を統合し、個々の企業や大学だけでは投資できないような最新の研究設備を整備することを目指している。それにより、多様な製造業(医薬品・バイオテクノロジー、食物・飲料、ヘルスケア、航空機、自動車、エネルギー、化学、電子等)を幅広く支援し、研究成果の迅速な商業化が図られる。

 例えば、ウォーリック大学の研究所であるウォーリック製造グループ は、ウォーリック大学大学院工学研究科を中心に、医学研究科、コンピュータサイエンス研究科等が参画して1980年に設立された研究センターで、予算の半分以上が産業界からの出資で賄われている。同センターの主たる活動は、大学に集積する高度な技術・知識を産業界に移転することにある。

 2014年12月にBIS(Department for Business, Innovation and Skills/ビジネス・イノベーション・技能省)から発表された科学・イノベーション新戦略「成長計画: 科学とイノベーション」※2では、高価値製造業カタパルト・センターに対して、今後5年間(2016-21年)で6,100万ポンドの追加支援を約束するとともに、次世代の技術製品を開発する「国立製剤センター(National Formulation Centre)」を新設するため、2,800万ポンドの追加投資を行うことも明らかにした。

※2 Our plan for growth: science and innovation

 2015年2月にBISから発表された行動計画「英国製造業サプライチェーンの強化」 には、11年からの5年間で高価値製造業カタパルト・センターを通じて製造業分野に2.8億ポンド強の政府投資がなされ、この1年間に、1,500を超える民間セクターが1,000以上のプロジェクトを同センターにおいて協働で行ってきた旨指摘されている。

 こうして、高価値製造業分野のカタパルト・センターの運営を最初に開始したこと、また現在、同センターを通じて多くの製造業関連プロジェクトが実施されていることから、経済の成長を目指す英国政府の製造業への期待が大きいことがうかがえる。製造業は、前編で言及した人材育成とあわせて、次世代の英国経済を担う重要分野の1つと言えるだろう。

(2) Innovate UKの取り組み

 Innovate UKは、イノベーションを通じた成長の期待が高い主要優先15分野の1つに高価値製造業を含めており、また、高価値製造業、デジタル経済、宇宙応用、資源効率性を4能力領域(competence areas)として設定している。とりわけ高価値製造業に関しては、技術(の成果)を市場に結び付け、製造業の高価値要素に焦点を当てることで、英国の産業界と世界の競争相手との差別化を図ることを目指している。

 Innovate UKの「高価値製造業プログラムのアクションプラン(2014-15年)」※3では、Innovate UKにおける高価値製造全体に対する2014年度予算で7,200万ポンドの措置が予定されている。内訳は、前述の高価値製造業のカタパルト・プログラムに3,000万ポンド、他の研究会議と共同で取り組んでいる産業バイオテクノロジー・カタリスト(Industrial Biotechnology Catalyst)プログラムに1,500万ポンド、産業界や研究コミュニティが共同でR&Dプロジェクトに従事するのを支援する共同研究開発(Collaborative R&D)プログラムに2,300万ポンド等である。

※3 High value manufacturing:See how we can help your business to innovate and grow in 2014-15

 Innovate UKが目指す持続可能な高価値製造業のモデルとは、前編で取り上げたフォーサイト・プロジェクトや後述するケンブリッジ大学・製造業研究所(IfM)の製造業に対する捉え方と同様、単なる「ものづくり」から「プロセス」や「サービス」を含むバリューチェーン全体を想定し得るものである。(下図)

図.持続可能な高価値製造業モデル

(3) ケンブリッジ・製造業研究所(IfM)

 ケンブリッジ大学工学部内に1998年に設立された製造業研究所(Institute for Manufacturing: IfM) は、年間600-700万ポンドの予算規模を持ち、約230名のスタッフと研究員、および100名程度の学生が在籍している。財源は主として、以下の3種類から成り立っている。

  • ケンブリッジ大学から配賦される運営費(教育)
  • 公的ファンディング機関(主として工学・物理科学研究会議(EPSRC))からの競争的資金
  • 産業界との連携(マッチングファンド)

 上記以外の財源としては、企業へのコンサルティングサービスからの収入も挙げられる。IfMのコンセプトは、[1]研究と教育の統合的な推進を図り、[2]産業界との密なコミュニケーション・連携をとり、[3]経営、科学技術・政策の知見を融合して、産業界のさまざまな課題解決に貢献し、政府の製造業政策への提言を行うことである。実際、IfM所長のマイク・グレゴリー教授は、Innovate UKの高価値製造業戦略やフォーサイト・プロジェクト「製造業の将来」の策定に有識者の一人として参画してきた。

 IfMの活動は、研究、教育、サービスの3つに大別される。(下図)研究に関しては、IfMが抽出した11の技術開発テーマ(Design Management, Industrial Photonics等)に基づく研究開発や政策研究等が実施されている。このようにIfMでは、技術開発、政策研究、教育システムの研究等、製造業に関する多様なアプローチをアンダー・ワン・ルーフで実施している。

図.IfMの活動領域

 IfM下にある科学技術イノベーション政策センター(CSTI) は、製造業政策や科学技術政策に基づき、フォーカスすべき業界に関する提言をポリシー・メーカーに行うことを主たる目的としている。CSTIでは恒常的に、技術、製造システム、産業界の構造の特性に関する分析、また、個々の技術の即応能力、技術移転、産業界の変化等に関する分析も行っている。研究テーマをより具体的に見てみると、技術戦略、製造業戦略、産業政策、中間施設、国レベル/地方レベルの成長、といった項目がある。

7.おわりに

 英国の製造業は、19世紀半ばからの第二次産業革命以降、技術教育の遅れ等の理由により、その技術力は衰退し、降下の一途をたどった。しかし現在、産業によっては競争力を維持しているものや、回復しているものもある。例えば、医薬品産業、自動車産業、航空機産業、軍需産業等、GDPに対する付加価値が高いハイテク産業において、英国は存在感を示している。本章で見てきたように、リーマンショック後、英国政府は製造業を長期的な経済回復のチャンスとして捉え、成長戦略に活用しようという試みを本格的に開始した。その一環として、海外に生産拠点を移してしまった製造業の国内回帰といった動きも出始めている。

 世界的潮流をみると、現在は、製造技術のデジタル化によって第三の産業革命が進みつつあるとの指摘もあり、製造業は、3Dプリンタ等を用いた付加製造技術による開発・試作・製造プロセスの革新の可能性も含め、よりスマートでフレキシブルなものづくりに移行していくことが予測される。英国においても、将来の製造業を支える重要技術として、ICT、センサー、モノのインターネット(IoT)、付加製造技術、クラウド・コンピューティング等が認識されており、製造における生産拠点や製品・サービスのあり方、顧客との関係について、グローバルなトレンドも見据えながら、英国政府は製造業に係る政策を立案し実施していこうとしている。

 しかし現実には、英国では輸入超による貿易収支赤字が続き、経常収支も依然として赤字のままである。製造業が英国の長期的な経済成長を支えるに足る産業となるためには、製造業分野に対する政府投資の増加、国内の拠点整備に加えて、グローバルな舞台における英国製造業の競争力や影響力を高めるため付加価値のある製品をどのように作り上げ、そのネットワークをどう構築するのかという点についても検討する必要があり、道のりはまだ遠いように思われる。加えて、英国には製造業を軽視する伝統的な考えからなかなか抜けきらない側面もある。政府や大学が主導するさまざまな政策や取り組みが実を結び、実際に製造業時代の再到来となるのかどうかについては、今後注視していく必要があるだろう。

*トップページ及び記事一覧ページの図版の出典:カタパルト・センターHP「CATAPULT」。
The source of the graphic work ‘CATAPULT We work with Innovate UK’ on our top page and article list page : HP「CATAPULT」

「産学官連携ジャーナル」の記事を一部改変

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