レポート

世界市民会議「気候変動とエネルギー」実施レポート

2015.07.03

福田大展 / 日本科学未来館 科学コミュニケーター

 専門家ではない市民が世界中で同じ日に、地球規模の課題について話し合う「世界市民会議(World Wide Views)」。「気候変動とエネルギー」をテーマに世界の76カ国の97カ所で開かれ、約1万人の市民が参加した。日本大会ではどのような結果が出たのか。世界全体との結果と比べて違いはあったのか。議論に参加した人たちは何を感じたのか。この記事では、イベント当日の様子を詳細にレポートする。

COP21に向けて市民の意志を集約する

 世界市民会議は、地球規模の課題を扱う国際交渉に世界中の市民の意見を届けることを目的に、デンマーク技術委員会の呼びかけで始まった。世界各地でそれぞれ100人の市民が集って共通のテーマについて議論し、与えられた選択肢に投票して意見を表明する。1回目は「地球温暖化」をテーマに2009年に開かれ、2回目は2012年に「生物多様性」について話し合った。今回で3回目。日本大会は6月6日に東京都千代田区で開かれた。

※全体を主催するのは以下の4機関。Convention on Climate Change(UNFCCC)、The French National Commission for Public Debate(cndp)(フランス)、The Danish Board of Technology Foundation(DBT)(デンマーク)、Missions Publiques(フランス)。また、今回の日本の会議は、科学技術振興機構(JST)が主催し開催した。

 「京都議定書」を覚えているだろうか。1997年に決まった地球温暖化に対する国際的な取り組みのための国際条約で、世界が交わした初めての「約束」だった。日本は、2012年までに1990年比で6%の温室効果ガスを減らす目標を掲げ、何とか達成した。しかし、2013年以降は排出量を減らす国際条約はなく、取り締まる約束が白紙の状態が続いている。そこで、今年の年末にパリで開かれる「国連気候変動枠組条約の締約国会議(COP21)」において、何としても次の約束を定める「パリ合意」をまとめたいと国際社会は考えている。今回の世界市民会議はそんな社会背景の中で開かれた。

会議の概要や目的を紹介するプロジェクトマネージャー池辺 靖 氏(日本科学未来館)
写真.会議の概要や目的を紹介するプロジェクトマネージャー池辺 靖 氏(日本科学未来館)

世界共通フォーマットの会議スタイルとは

 世界市民会議のユニークな特徴は、「参加する100人がその国の縮図になっている」ということだ。つまり、日本の人口統計に合うように、性別や年齢、職業、学歴、都会に住んでいるか地方に住んでいるかなどの属性の比率で組み合わせた100人を選んでいるのだ。しかし、集まった100人が気候変動についての知識があまりなければ、深い議論はできない。そこで、気候変動についての客観的な科学データなどの、できるだけ中立を意識した情報提供資料が、会議の2週間ほど前に配られた。参加者たちは資料に目を通してから会場に足を運んだ。

※情報提供資料/「世界市民会議:気候変動とエネルギー」。ジャーナリストのGerard Wynnとデンマークの技術委員会が作成。世界共通の資料として開催地各国の言語に翻訳され配布された。

 会議当日、参加者たちは7人ずつ15個のグループに分かれて、丸いテーブルを囲んだ。今回の会議では、全体を5つのセッションに分けて、29個の設問について考えた。各セッションのテーマは、1.気候変動対策の重要性、2.気候変動対策の手段、3.国連交渉と各国の貢献、4.負担の分配と公平性、5.気候変動対策の約束合意と維持。それぞれ45〜50分ほど話し合った後、設問ごとに与えられた選択肢を選んで投票した。

 「竜巻などの異常気象が増えているように感じる」。「春と秋が短くなった気がする」。「花の咲く季節が昔と比べてずれてきた」。個人の体験を通して、気候変動を肌で感じている人もいる一方で、無関心な人もいる。いろんな価値観を持った人たちが、同じテーブルで顔を突き合わせて議論が始まった。

会場風景。100人の参加者が15のテーブルに分かれ、「気候変動への対処の方法」や「国際交渉と各国の責任」など、全5テーマに対し意見を交わした。
写真.会場風景。100人の参加者が15のテーブルに分かれ、「気候変動への対処の方法」や「国際交渉と各国の責任」など、全5テーマに対し意見を交わした。
各セッションの冒頭では、議論を深めるための情報提供映像が紹介された。
写真.各セッションの冒頭では、議論を深めるための情報提供映像が紹介された。
各テーブルでは、ファシリテーターがメンバーの意見をふせんで貼付し、一覧できる形にしていった。
写真.各テーブルでは、ファシリテーターがメンバーの意見をふせんで貼付し、一覧できる形にしていった。

会議後の投票に表れた日本と世界の意識の違い

 世界全体と日本大会の結果に差がある設問に注目して、一部の結果を見てみよう。まずは「誰が第一義的に気候変動に立ち向かう責任を持つべきか」という問い。「市民やNPO/NGO」と考えているのは、世界全体では47.7%で、日本大会では25%だった。また「各国政府」と考えているのは、世界全体では31.9%で、日本大会では58%だった。この結果より、日本では「市民」よりも「国」が行動すべきだと考えている傾向にあると分かる。気候変動が「自分の問題」になっておらず、自分の生活とはあまり関係がないという思いが強いのかもしれない。

 また、新たな化石燃料の探査について、世界全体の45%が「あらゆる化石燃料の探査を中止すべき」と答えたのに対し、日本大会では29%にとどまった。一方「探査を続けるべき」と答えたのは世界全体で23%で、日本では39%だった。この結果からは、日本は世界に比べて化石燃料の探査を容認している傾向にあることが分かる。「今の世の中は昔に比べたら夢のようで便利すぎる。我慢も必要だ」。60代の参加者が議論の中でそう切り出すと、20代の参加者がこう返した。「生まれたときにはすでに便利な世の中だった。今の生活レベルに疑問は抱かない」。大量の化石燃料に依存した上で今の便利な生活が成り立っているが、簡単にはこの便利な生活から抜け出せないと感じているのかもしれない。

 さらに大きく違ったのが、世界全体の66%は気候変動対策を「生活の質を高めるもの」と考えているが、日本大会では60%が「生活の質を脅かすもの」と捉えているという結果だ。なぜこのような違いが現れたのだろうか。はっきりとした理由は分からないが、気候変動の対策について後ろ向きに考えていることがうかがえる。

※投票結果の世界と日本の違いは世界市民会議「気候変動とエネルギー」日本事務局(JST)のウェブサイト以下で閲覧できる。

感想で寄せられた対話の場の重要性

 参加者たちは半日に及ぶ議論を終えて、何を感じたのだろうか。一番多かったのは「関心を持ち知ろうとすることが大切」という声だ。現状を知れば、気候変動にどれほど危機感を持つべきことなのか、自分で判断できる。また、問題を知ることは、やがて行動する意思につながるかもしれない。会議後のアンケートでは「問題について知らなければ、考えることや議論ができない。意見を言うことが大切だと感じました」という記述が見られた。

 また「価値観の変化」を重要視する声も目立った。「経済成長が第一という時代を卒業するときが来たと思う」。「物があふれて便利になった中で、環境破壊について見直す必要があると思った」。「欲のぶつかり合いでは最良の答えは見つからない。妥協と我慢をしないと前に進めない」。アンケートの自由記述では、いつまでも経済成長を追い求める価値観への疑問が投げかけられた。

長時間に及ぶ会議の合間には、リフレッシュのためのヨガタイムを挟む工夫も。
写真.長時間に及ぶ会議の合間には、リフレッシュのためのヨガタイムを挟む工夫も。
最後のセッションでは「わたしたちの意見」を各自で記述し、紹介し合った。
写真.最後のセッションでは「わたしたちの意見」を各自で記述し、紹介し合った。
ある参加者の意見より。
写真.ある参加者の意見より。

 参加者たちは午前10時から午後6時まで、日中の大半を議論に費やした。しかし、参加者の表情は疲れて沈んでいくというよりも、時間が経つにつれて徐々に緊張がほぐれ、議論が活発になったグループが多かったように思う。実施後のアンケートには、「さまざまな意見や考え方を知ってから決めることが大切。市民がもっと関わっていくべきだ」、「いろんな背景を持つ人が集まると多様な意見を提示でき、新たな気づきが発見できる」、「たくさんの人々が話し合えば世界が変わるかも。今まで国任せでごめんなさい」などの感想が寄せられた。

 今回の会議の結果は、年末にパリで開かれるCOP21を取り仕切る国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の事務局に、さっそく伝えられた。また、日本大会の結果は、外務省、経産省、環境省などに伝えられる予定で、COP21へ出席する政府代表団へ市民の声が届くだろう。政治家や政策決定者、専門家という閉ざされたコミュニティーではなく、市民に開かれた対話の場が、さらに増えることを願っている。

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