レポート

研究開発戦略ローンチアウトー第83回「革新的デジタルツイン技術によるものづくりの生産性革命」

2018.01.15

大平竜也 氏 / 科学技術振興機構 研究開発戦略センター 環境・エネルギーユニット

大平竜也 氏(佐藤勝昭氏による似顔絵)
大平竜也 氏
(佐藤勝昭氏による似顔絵)

 「デジタルツイン」は、ものづくりのデジタル化技術として近年注目されています。デジタルデータを基に物理的な製品をサイバー空間上で仮想的に複製する技術概念であると同時に、仮想世界であらゆる想定が可能な革新的シミュレーション技術です。開発・設計・製造・保守など製品・サービスのバリューチェーン全体を通じて高い付加価値が提供されます。本分野(環境・エネルギー分野)では、デジタルツインで用いる複合現象モデルの開発、検証が今後ますます重要になりますが、これを支える製造、材料、構造・強度、機械、燃焼、伝熱、流体、振動、化学、電気などのものづくりの基盤技術が、現在、産学で脆弱化してきています。

 日本のイノベーション競争力を中長期的に維持強化し、Society5.0(超スマート社会)の新たなものづくりシステムや低炭素エネルギー未来社会を実現していくためには、世界を凌駕するデジタルツイン技術やそれを支える先進設計・製造基盤技術の確立に加え、未来社会に対応する新しい視点での上記基盤技術の研究や開発、それらを支える施策が必要です。

図 デジタルツインと先進設計・製造基盤技術
図 デジタルツインと先進設計・製造基盤技術

産学のものづくり基盤の現状と課題

 日本が、今後も、ものづくり国家として他国には真似のできない信頼性の高い製品・サービスづくりの強みを継続していくためには、設計・製造基盤技術の深耕と伝承が欠かせません。しかしながら、大学では、ものづくりを支える先進設計・製造基盤技術を担う工学系専門人材の減少が深刻化しています。また、基盤技術分野の研究力も中国などに比べ弱化してきています。

 産業界でも、日本の製品、要素技術の性能品質は総じて世界有数ですが、ビジネスモデルが弱く、プラットフォーム戦略による優位性の確保などができておりません。ものづくり産業の設計・製造現場で用いられる解析技術に関しては、個別の要素解析技術で世界レベルの分野がある一方、システム化や統合化は国際的に後塵を拝し、モデリング、シミュレーションの基礎となる物理・化学現象の把握・理解、評価方法の開発・標準化、評価データの蓄積が立ち後れています。全体解析技術[ソフトウェア、モデル構成式、検証データ取得]では欧米に大幅なリードを許しています。このため、環境・エネルギー機器や輸送機器・サービスの開発・製造・保守に際して、品質、納期、コスト面で産業競争力が発揮できておりません。ものづくり産業を支える工学系分野の研究基盤弱体化の懸念が強まっており、産業界ならびにアカデミアが直面する上記問題の解決には産学官が連携して取り組む必要があります。

ものづくり基盤技術に関する世界の取り組み

 一方、世界を見ると、近年、デジタルツインやそれを支える先進設計・製造基盤技術において、時代の変化に対応した新しい視点での設計・製造・加工技術などのイノベーションが要求されています。ドイツでは、Industrie4.0に代表されるように、シミュレーション基盤技術などのイノベーション振興施策が実施されております。EUは、Horizon2020の下、2016年から「Smart Cyber Physical Systems」として、製造の自動化に向けたサイバーフィジカルシステム(CPS)技術への取り組みに投資してきております。英国では高付加価値製造カタパルトが既に始まっており、2017年3月には、デジタルカタパルトとイノベートUKが、中小企業に対し、The Digital Engineering and Test Centreとの共同研究によるデジタルツインを活用した先進製造技術テーマの公募を開始しました。

 米国では、先進製造パートナーシップ(AMP: Advanced Manufacturing Partnership)で、2011年から先進製造のためのデータ基盤を整備してきました。また、米国科学財団(NSF)が、2008年以来、計約300億円をサイバーフィジカルシステム(CPS)技術に対して投資してきています。ERC(Engineering Research Centers)プログラムでは、大学と産業界の連携プロジェクトを、基礎科学の知見獲得からの基盤技術に基づいてデジタルツインの社会実装まで着実に実施しています。さらに、ゼネラル・エレクトリック(GE)などの一部企業で、デジタルツイン技術の導入事例がいくつか出てきています。

Society5.0に資するデジタルツインとそれを支える先進設計・製造基盤技術開発の推進へ

 製造業以外も含めた産業全体のデジタル化は確実に進行しており、世界でデジタルツインへの先駆的取り組みが始まっております。今後、デジタルツインの普及によりバリューチェーン全体のプロセスは大きく変貌すると考えられます。冒頭でも述べたように、本分野では、デジタルツインの根幹となる複合現象モデルの開発、検証がますます重要になっておりますが、モデリングの基礎となる物理・化学現象の把握・理解が不十分な研究領域は多々あります。これら未解明現象の把握・理解に基づいた基礎科学からの多様な基盤技術統合化による複合現象モデルの開発、評価方法の開発・標準化、評価データの蓄積が喫緊の課題となっています。

 日本のイノベーション競争力を中長期的に維持強化し、Society5.0の新たなものづくりシステムや低炭素エネルギー未来社会を実現するためには、世界を凌駕するデジタルツイン技術やそれを支える先進設計・製造基盤技術の確立に加え、未来社会に対応する新しい視点での上記基盤技術の研究や開発、それらを支える施策が重要です。

革新的デジタルツイン技術確立の提案へ

 デジタルツイン構築に必要な取り組みは多岐にわたります。上記のように、複合現象モデルの開発、検証が今後ますます重要になるため、当センターでは、以下の3つの方向性を重視した革新的デジタルツイン技術確立の提案を検討しています。

  1. 多様な基盤技術統合化による、基礎的原理解明からの複合現象モデルの開発・検証、及び、モデル計算効率化の技術開発、構築モデルの評価方法の開発・標準化
  2. (1)に資する基礎科学研究からの知識基盤構築[物理・化学現象の把握・理解、基盤となる構成方程式の確立、評価データ取得、蓄積等]
  3. (2)を活用した人材育成[ものづくり産業を支える工学系の基礎的原理を理解した人材や、科学的合理性に基づくものづくりができる人材の育成等]

 革新的デジタルツイン技術を産学官共同で開発、確立し、研究開発成果が社会実装されれば、日本発の次世代ものづくりの共通基盤となるシステムが構築されます。製造業のバリューチェーン全体を通じて、製品・サービスの効率向上、故障予知などの品質向上、開発期間の短縮、開発コスト・保守コスト低減等がなされることにより、ものづくり現場の生産性が劇的に向上し、ものづくり産業の生産性革命に貢献できます。さらに、今後の国際市場獲得やCO2削減にも貢献できると考えます。また、未解明現象に対し、基礎的原理解明からデジタルツインモデルを構築することで、日本の産業界やアカデミアのエンジニアリングにおける物理・化学現象の把握・理解が進みます。多様な基盤技術統合化による、基礎的原理解明からの複合現象モデルの開発・検証を通して、現象解明からの新しい視点でのものづくりの基盤技術構築も図れます。

 2017年度内には、上記に関する戦略プロポーザルをまとめて公開したいと考えていますので、ご意見・ご助言等いただけると幸いです。

参考資料等

  • デジタルツインを支える先進設計・製造基盤技術に関する日本の現状・課題は、「俯瞰ワークショップ報告書 エネルギー基盤技術(工学)」(CRDS-FY2017-WR-04、2017年9月発行)で述べています。
  • 「革新的デジタルツイン 〜デジタルツインを支える先進設計・製造基盤技術〜」については、ワークショップ報告書および戦略プロポーザルを作成中で、下記にて公開する予定です。

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