レポート

研究開発戦略ローンチアウトー第78回「社会システムデザインへの取り組み」

2017.02.09

坂内 悟 氏 / 科学技術振興機構 研究開発戦略センター システム・情報科学技術ユニット

坂内 悟 氏
坂内 悟 氏

 システム・情報科学技術ユニットは、人工知能の新たな姿を探る「知のコンピューティング」や次世代のIoTである「REALITY 2.0」といったコンセプトを打ち出し、新たな研究開発活動の立ち上げを提案しています。今春発行予定の研究開発の俯瞰報告書2017版「システム・情報科学技術編」では、社会システムデザインに必要な研究開発領域を戦略的な研究開発と位置づけて、新たな俯瞰区分として独立させる予定です。社会システムとは、社会生活に必要な機能をシステムとして捉えたものという位置づけで、例えば、教育システム、医療システム、交通システムなどを指します。俯瞰報告書において、社会システムデザインには、複雑化する社会システムの安定的な挙動のための設計、構成、監視、運用、制御、可視化、模擬および適切な制度設計などの研究開発領域があります。

1.システムとは何か

 システムエンジニアのための国際的な専門組織INCOSE(The International Council on Systems Engineering)では、「システムとは、定義された目的を成し遂げるための、相互に作用する要素(element)を組み合わせたものである。これにはハードウェア、ソフトウェア、ファームウェア、人、情報、技術、設備、サービスおよび他の支援要素を含む。」と定義されています。私は、もともと情報システム構築のSE(System Engineer)だったこともあり、「システム」と聞くと、コンピュータを使った情報システムというイメージをまず思い浮かべますが、システムは情報システムだけを指すものではありません。さまざまな要素が組み合わされて目的の機能を提供するものがシステムです。

2.複雑化するシステム

 ネットワーク化が進み、さまざまなシステムが接続されるようになってきています。単独で機能するシステムが複数組み合わされてシステムとして機能することもあります。これを、SoS(System of Systems)と呼んでいます。銀行システムを連携する仕組みを構築し、統合して機能させるものもSoSです。これにより、異なる銀行のATMやコンビニのATMが利用できるようになり利便性が向上しています。その一方で、東日本大震災の義援金振込みが集中した際はATMが利用停止となるなど、多くの利用者に影響が出ています。

 最近では、CPS(Cyber-Physical System)やIoT(Internet of Things)により、物理的な物や人も含まれるシステムの構築が可能となってきています。今後、技術の高度化と社会への普及が進展することで、サイバー世界と物理世界が一体となった世界が生まれ、さらにシステムの複雑化が進んでいくものと思います。その一方で、株式取引システムのように複雑化したシステムでは、株価が瞬間的に暴落を起こすフラッシュクラッシュという現象も起きています。電子取引プログラムの不具合ではなく、高速な取引が連鎖的に起こり発生したのではないかといわれており、根本的な対策はできていません。

 利便性が向上する一方で、システムの構成要素の種類や数が多くなり、想像を超えた大きな事故が起きています。大きな事故が起こるリスクが内包されたまま、機能しているような状況となっているかもしれません。現在の社会システムは、増築を繰り返して大きくなった建築物のように、構成要素の追加・変更により、複雑につながり大きくなっている状況といえます。小さなミスが大きな事故を起こさない、あるいは事故の範囲が広がらないように、また、人の行なう範囲と機械が行なう範囲が変わっていくことに対しても多くの人が戸惑うことなく利便性を享受できるように、社会システムを見直す必要があると思います。

3.望まれる便利な機能を安全・安心に利用するために

 危険を回避し、望まれる便利な機能を安全・安心に利用するためには、異常発生時にも一定レベルの機能が継続するような仕組みを取り入れて、制度設計を含めた社会システムの再構築を行う必要があります。そのためには、社会システムの安定した運用が可能となる共通的な基盤のための技術開発に加えて、社会の構造や構成要素の相互作用などを理解することや、分析・評価のモデルとデザインの方法論についても研究が必要となります。

 システム・情報科学技術をはじめとする科学技術の成果を、豊かで安全・安心な社会生活につなげるためには、新たな技術の研究開発だけでなく、その成果の恩恵を安全・安心に利用できる社会システムとする必要があり、社会システムデザインに焦点を当てた取り組みを進めたいと考えています。

4.今後の取り組み

 今後、社会システムデザインについて、研究開発の課題、制度上の課題を明らかにするために、「教育システム」「医療システム」「価値媒体システム」など、具体的な社会システムを事例として、評価するケーススタディの実施を検討中です。ケーススタディでは、研究者、システム・制度設計者や、設計・運用に知見のある専門家などを招聘し、議論を行う予定です。その結果を取りまとめ、研究開発の課題および制度上の課題等研究開発以外の課題も合わせて明らかにしたいと思います。

 参考文献

  • ハーバート・A.サイモン『システムの科学』(第3版)稲葉元吉、吉原英樹訳 パーソナルメディア社 1999(331p)
  • ウィリアム・H・タビドウ『つながりすぎた世界』酒井泰介訳、ダイヤモンド社、2012(270p)
  • DEOS研究開発センター「D-Case適用事例1 2011年の大手銀行の障害」DEOS (2017-02-06)

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