レポート

研究開発戦略ローンチアウトー第58回「ドイツ製造業高度化プロジェクト「インダストリー4.0」」

2014.07.25

澤田朋子 氏 / 科学技術振興機構 研究開発戦略センター 海外動向ユニット

澤田 朋子(科学技術振興機構 研究開発戦略センター 海外動向ユニット)

注目される製造業再活性化の動き

 ドイツは、世界3位の輸出国(2012年1兆970億ユーロ:ジェトロ資料より)で、うち機械、自動車、化学製品が6割を占める。しかし、1980年代以降、コスト削減圧力から中国やメキシコに工場を進出させた結果、産業の空洞化が言われるようになった。昨今、こうしたアジアや南米諸国が技術力をつけてきており、ドイツの危機感は強い。また、石油、天然ガスといった天然資源を持たないドイツでは、再生可能エネルギー研究開発を促進する一方で、省資源化、エネルギー消費効率化に真剣に取り組んでいる。さらに日本と同様、急激に進む高齢化で将来の労働人口が減少することは避けて通れない事実となっており、国際競争力維持のためにも新たなコンセプトの下で次世代の稼ぎ頭を生む努力がなされている。

産官学労の連携体制

 2006年に発表されたドイツ初の科学技術イノベーション戦略、「ハイテク戦略」は2010年に更新され、現在「ハイテク戦略2020」として実施されている。同戦略の中で政府は、社会的な課題を解決するための10のアクションプラン(政策)を提示した。そのうちの一つが、製造業の再活性化政策である「インダストリー4.0」という位置づけである。他の9つのプランと比べて、「インダストリー4.0」は、ドイツの主産業に関わること、喫緊の課題を包含することなどから、政策としての優先度が高いとドイツ国内では認識されている。産業界、アカデミア、政府、労働組合が力を合わせ、日本や欧米の先進国、BRICSなど新興工業地域に先んじて製造業再生のイニシアティブを握ろうと一丸となっている。

 ドイツ政府の助言機関である経済学術連合(Forschungsunion)主導で2011年末に組織されたのが、「インダストリー4.0 プラットフォーム」である。ここには政府側からは、教育研究省、経済エネルギー省と内務省、産業界からは各企業のほか、3つの業界団体(ドイツ機械工業連盟、ドイツ IT・通信・ニューメディア産業連合会、ドイツ電気・電子工業連盟)、学術界からは大学、大学外研究機関、アカデミーが参加している。同プラットフォームは2013年に実施勧告、2014年には各技術分野の開発テーマを俯瞰した白書を出している。

 「インダストリー4.0」政策の推進を支えているのが、フラウンホーファー応用研究促進協会(FhG)とドイツの労働組合である。前者はソフトウエア、センサー、ネットワーク、集積回路、オートメーションなど多岐にわたる分野の研究で、大学や企業と連携し、研究主体か橋渡しの機関として大きな役割を果たしている。また、「インダストリー4.0」の技術は、工場のオートメーション化によって将来、雇用の減少につながるような研究開発である。にもかかわらず、このプロジェクトの成功で工場がドイツにとどまり、むしろ単純労働から人間が解放されて、質の高い労働内容に変容させるために労働経済、組織を発展させる可能性を労働組合が共に目指すという姿勢を示している。労組がこのイニシアティブに賛同している意義は大変大きい。産官学に労組が加わり、まさに一つのチームとなっている様子が見て取れる。

「インダストリー4.0」のビジョン

 教育研究省が2012年に出した「インダストリー4.0」に関する計画書(Zukunftsbild ? Industrie 4.0)には、2025年までに米国、中国を抜いて輸出世界1位になるという目標が明記されている。

 「インダストリー4.0」では、自ら考えるスマート工場の実現を目指している。ここでは、 全ての製品は製造に必要なデータを備え、 製造工程の全ての機械がネットワークにつながり自立的に動作し、 生産の状況に応じて機械、プロセスが適宜最適化される。資源やエネルギーの無駄の少ない工場で、小ロットでも低コストの生産を可能にすることが期待されるのが未来のスマート工場である。

日本への示唆

 ドイツだけでなく、米国でも先進製造イニシアティブ(Additive Manufacturing Initiatives)が推進されている。英国をはじめとする先進諸国で同様の取り組みが始まり、日本でも製造業強化の検討がなされている。現時点で以下の2点を留意したい。1点目は、国内の学術、技術の粋を結集することである。産業界のイニシアティブで組織された「インダストリー4.0」プラットフォームではあるが、実際の研究、開発には大学、研究機関も重要なプレーヤーとして参加している。そして2点目は、明快で戦略的な目標設定とスピード感である。「世界の工場の標準を握る」ために一刻も早く基準を自分たちで作るという意思表示をして、既存の技術を新たなコンセプトでつなぎ、最適化するのが「インダストリー4.0」である。日本の高い技術開発力を生かして、産学官が協力する枠組みを早急に整備し、国際標準に対する戦略を作ることが急がれる。

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